ゴブリンに転生するはずだった俺が、ムリゲークリアしたら勇者に転生出来るワンチャン物語

ミルシティ

始まりのクズ

 飲料水オンリー潜伏生活、三週間目。意識が遠退いていくのを実感する──

 

 俺の名は葛谷遼。二十五歳、大学中退を経て無職。そして、哀しき童貞だ。

 そんなしがない男が風呂無し、トイレ無し、四畳半のゴミ部屋で、瀕死の状態に陥っている。  

 なぜこうなったのか……。

 思い返してみれば、自分に激甘なだらしない性格の上に、親からの仕送りをギャンブル、酒、ゲームへの課金、配信者への過剰な投げ銭で全て溶かし、大学を一年で中退。

 その悪行がバレて、親から勘当され、仕方なく働けど、怠慢な素行でバイトは全てクビ。

 そして、挙げ句の果てに──

「葛谷さぁ~ん、居るんでしょお? わかってるよー! 借りたモノはちゃんと返しましょうよ~」

 闇金に手を出し、取り立ての追い込みから身を隠す為に部屋から一歩も出られず、真夏なのに布団を被って息を潜める始末。

「返せないならさぁ、お仕事紹介してあげるから出ておいで~」

 玄関越しの取り立て屋は優しい口調で促してくるが、彼らに見つかった時点で拉致されてマグロ漁船へ直行、強制労働は免れない。

 餓死寸前、更に追い討ちをかけるかのように虫歯が激痛。

 全部ひっくるめて自業自得ということだ。

「水だけで……一ヶ月はイケると……思ったんだけど」

 俺は布団の中で呟く。

 まさか、自分の人生が餓死で終わりとは、小学生の頃は想像もしていなかった。

 情けないが、仮に生き延びたとしても、こんなド底辺から這い上がるだけの知力もなければ、体力も気力も、そしてなによりも金がない。

 ならばいっそのこと、このまま人生を終える事も考えようによってはアリだろう。

 に……しても歯が痛い……。

 本当に、本当に情けない人生だったと改めて思う。

 せめて、一度ぐらい人の役に立つ事をしておけばよかった。人から必要とされる人間でありたかった。

 それと、一回でいいから女の子とエッチ、いいや、せめて、キスだけでもしてみたかった。それだけが唯一の心残りだ。


 もしも、こんなクズな俺でも、異世界転生とやらが出来るのならば、チートなイケメン勇者……女の子にモテモテの勇者になりたい。


 あぁ……。


 意識がどんどん遠退いてゆく…………。


 転生出来るのならば………………。


 俺は……カッコいい……勇者に……………………。



「────はっ!」

 意識が消えかけたと思った瞬間、俺は突然目覚めた。

 見知らぬ天井がうっすらと目に映る。

 そして、柔らかな感触が背中に伝わる。それは家のせんべい布団とは明らかに違う感触だ。

 周囲を見渡すと、医療機器と思われる機械が設置してあるのが見えた。

 ここは、病院……?

 そう思いながら、眼球だけを素早く動かして情報を収集する。

 視界にナース服を着た女性が入ってきた。

「滝本さん! 聞こえますか? 先生、滝本さんが目を覚ましました!」

 滝本……? 誰? 俺は葛谷ですけど?

 看護師があわただしく対処している最中、俺の意識は再び遠退き始めた。

 ……まさか。俺は、助かったのか? 消えかける意識の中で考える。

 でも、俺には治療費も入院費も、払う金なんて……ない…………。


「───はうあぁぁっ!」

 再び目覚めた。

 身体をゆっくりと起こし、周囲を見渡す。やはり此処は病院の個室らしい。

 確か個室はかなり高額だったはず。何日入院していたのか定かではないが、俺は一円足りとも金は持っていない。

 請求されるであろう高額治療費が脳裏にちらつき、言いようのない恐怖と不安に苛まれていると、トイレに行きたくなってきた。

 俺は立ち上がり、スリッパを履いて個室に併設されているトイレまで歩いた。


 その道中、壁に設置されているカレンダーで今日の日付を確認すると、七月十日だという事が判明した。

 なんと、布団の中で意識を失ってから三日も経過している。

 驚愕しながら洗面台に備え付けられているドレッサーを横切ったその時、そこはかとない違和感に気付いた。

「──えっ? 何?」

 ドレッサーの鏡に一瞬、女の子の姿が映ったのだ。

 慌てて振り返り、恐る恐る「ど……どちら様ですか?」と話しかけたが、そこにいたはずの女の子の姿は無い。

 看護師……? いや、でも俺と一緒の病衣着てたし……ってことは、この個室で不慮の死を遂げた女の地縛霊……? 

 様々な可能性を頭の中に駆け巡らせたが、ラチがあかない。

 俺は意を決して、女の子が映った鏡を確認する事にした。

「よ……よし。い……いくぞ」

 呼吸を整え、勢いをつけて鏡の前に立つと、当然映し出されるはずの俺の姿はそこに無かった。 代わりにそこにいたのは、とびっきりカワイイ女の子だった。

 え? えええぇぇぇぇぇぇ──?

 などという叫び声は実際は出してはいないが、出したいくらいに驚いた。

 しかし、それと同時に意外と冷静沈着に落ち着いている俺は、鏡の中の女の子をまじまじと見つめた。

 なになに? くっそカワイイんすけど。え? これは誰? 俺? 俺なの?

 試しに鏡を見ながら手を上げてみたり、首を降ったりしてみると、女の子も同じ動きをする。 

 色々と思考を巡らせた結果、ある考えに到達した。

 これは、かの有名な『入れ替わり』という現象ではないだろうか? 

 もしもそうならば、何はともあれ、身体検査だ。

 俺は女の子に関する情報を収集するため、頭からつま先まで確認する作業に入った。

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