第26話 ドットマジェスティ その4 駿河覚醒!!
兄のシンヤが前後を司るなら、妹のヨルヨは上下。
この敵の中で最も強いのは、ヨルヨであった。
落下の衝撃が駿河の呼吸を妨げる。
痛い。吐き気がする。
外部のダメージと、シェイクされた内臓のダメージが駿河の脳に危険信号を連発する。
「くふふ、やっちゃいなさい」
指示された部下の男たちが、炎や水、雷、光弾を一斉に発射した。
彼らはこのためにいるのだ。
ヨルヨのスキルによって動きを封じられた駿河に、遠距離から集中攻撃をするために。
すべての攻撃をモロに受け、駿河はピクリともせず、完全に停止した。
「なによ、有名な配信者だから期待してみれば、ぜーんぜん弱いじゃない。こんなんでチャンネル登録者数120万なら、私もやってみようかしら。一晩で追い抜いちゃうんじゃない? くふふふ」
「……」
「あんた、黒猫黒子のオマケ以下ね。くふふふふ」
「……」
「くふふ、素直にさあ、『お姉さんのために仲間にしてください』ってお願いしたらさあ、こんな目に遭わずに済んだのに。バカね〜。くふふふふ」
辛うじて、ヨルヨの煽りは駿河に届いていた。
薄れゆく意識のなかで、駿河は思う。
自分は最低だ。
友を巻き込んで、敵一人倒すことすらできない。
黒子のオマケであることは、自分でも薄々気づいていた。
どんなときでも、なんとかできてしまう彼女に比べたら、自分はただ刀を振るうのが上手いだけ。
なにかあっても、黒子ならどうにかしてくれると、勝手に頼っていた。
今回だってそうだ。
しかも、黒子の方から着いてくるように仕向けて。
それが、この様。
姉の情報を得るどころか、無事に帰還することさえできない。
こんなの、姉に顔向けできない。
「ダメよね」
「はあ?」
「せめて、責任だけは、取らないと」
「なに言っちゃってんの? あんた」
自分はどうなってもいい。
だから黒子だけは、はじめての友達だけは、守らないと。
黒子ならどうにかしてくれるじゃない。
私がどうにかするんだ。
瞬間、駿河の心臓がドクンと強く脈打った。
全身に力が沸いてくる。
直感でわかる。
スキルのレベルが、上がった。
「ヨルヨ、だったかしら」
「な、なによ」
「あんまり、図に乗るんじゃないわよ」
渾身の力を振り絞り、駿河は立ち上がった。
刀を握り、両腕をクロスさせる。
次の一撃で決めるつもりなのだ。
「ふん、学習能力がないわね!!」
駿河の肉体が浮いた。
足が地面についていない以上、踏み込んで切り裂くことなど不可能。
さらに、
「そのまま地面に叩きつけてやるわ!! 10倍の重力でね!!」
体が重くなり、高速で落ち始めようとした、その瞬間、
「いまっ!!」
ヨルヨの懐に、駿河が瞬間移動したのだ。
「え」
相手の攻撃に合わせて身体能力が向上し、敵の弱点が見えるようになる。
それがこれまでの見切りスキルB。
回避率が高くなるが、所詮は自ら動いて避けるしかない。
だが見切りスキルAになれば、そんな動作すらいらない。
どんなデバフをかけられていようと、縛られていようと、問答無用で敵の真近くに瞬間移動できるのだ。
そして、
「楽にはしないわ。その身勝手な精神を叩き直してあげる」
見切りスキルによって駿河は、ヨルヨが服の下に隠していた宝石の位置を正確に見極めた。
精神汚染から守るための、あの白い魔力石、ディディクリスタルである。
「やっぱり、あなたも持っていたわね」
「やめ!!」
駿河が2本の刀を振るう。
峰打ちでもない。しかし殺しもしない。
双剣スキルAAAになったいまの駿河は、『切りたいものだけ』を切れるのだ。
刀はヨルヨの肉体を通り抜け、宝石のみを切り裂いた。
「な、なにしてくれて……あ、や、な、なに?」
周囲を見渡してなにか呟いている。
見えてはいけないものが見えているようだ。
「やめて!! な、なんで『豚』がこんなにいるのよ!! 誰が呼んだのよ!!」
そんなもの、ここには一匹たりとも存在しない。
ヨルヨの瞳にのみ映っているのだ。
唐突に、ヨルヨが四つん這いになった。
「あ、足が!! 嫌だ!! 豚になってく!!」
実際にはなってはいない。
「私は豚じゃない!! 豚じゃ……」
やがて、ヨルヨの瞳は虚ろになり、
「フゴ!! フゴフゴ!!」
まるで豚のように鳴きだした。
これがこのダンジョンによる精神汚染。
幻覚によって脳を洗脳し、人としての心を奪うのだ。
「ブヒーーッッ!!」
ヨルヨの股から水分がこぼれだした。
躾けられていない豚は、したいときに排泄するのだ。
「フゴ、フゴフゴ」
お腹が空いたようで、地面に鼻をつけて臭いを嗅ぎはじめた。
完全に、豚人間である。
散々イキっていた女の無様な姿。
部下の男たちも、ドン引きしながら笑いを堪えていた。
「なに笑ってんのよ」
駿河が纏う殺気が増す。
「次はあんた達よ、三下」
部下たちが冷や汗をかく。
目の前にいる女、決して余裕があるわけではない。
満身創痍。残りギリギリの体力を限界まで引き出して、どうにか立っているにすぎないはず。
それでも、彼らごときでは駿河には勝てないのだ。
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日輪シンヤの『引力と
効果範囲は5m。さらに死角からの攻撃には対応できない弱点がある。
それでも余りある圧倒的なパワー。
彼の冒険者ランクは、アオコ以上のSSSである。
「さあ、どうする黒猫黒子」
一歩近づいてくる。
まずい。スキル効果範囲に入るわけにはいかない。
「フレイムガン!!」
「ん?」
お馴染みの武器で牽制を図るが、すべて弾かれてしまう。
だが構わない。しょせんはただの牽制。
真の狙いは別にある。
フレイムガンを連射しながら、煙玉を取り出した。
催涙効果のある煙を散布するアイテムである。
投げて、弾かれこそしたが、問題ない。
玉は破裂し、煙があたりに充満する。
煙だろうと弾けるのかもしれない。
しかし、視界は封じた。
「なっ……」
「よし!!」
ガスマスクとスコープを装着する。
サーモグラフィの機能で相手の位置がわかるのだ。
「まだまだ」
リュックから出した小型のドローンと、小瓶に入った極小の牙、さらにフレイムガンを融合させる。
凶悪な毒を持つ、ダンジョンモンスターの牙だ。
これを装填した、毒弾と放火能力を持つドローンを生産したのである!!
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