第24話 ドットマジェスティ その2 日輪兄妹

 少女の提案に駿河は目を細めた。


「正気なの? 仲間になれって? あなた達みたいな犯罪集団に」


「犯罪? あ〜、お兄様の兵士が勝手にやってることでしょ」


「勝手にって……部下を躾けるのもリーダーの役目よ」


「なに? お兄様をバカにするの?」


 どうしてそうなるのか。

 この小娘、だいぶ視野の狭い子供であるらしい。


「お兄様をバカにするやつは、許さない」


 少女の桃色のサイドテールがふわりと浮かんだ。

 なにかのスキルだろうか。まだ全貌はわからない。

 苛立つ駿河に代わって、黒子が問う。


「私、黒猫黒子と言うものですけど、あなたは?」


日輪にちりんヨルヨ。これでもあなたと同じ15歳よ」


「簡単に教えてくれるんですね」


「別に。私は怒られるようなことなーんにもしてないし。仮に何かあってもお父様がもみ消してくれるもの。くふふ」


「お父様……ですか……」


 以前、下劣兄弟はドットマジェスティのボスは犯罪をもみ消せると告げていた。

 おそらく、ヨルヨの兄がボスだとして、父は兄妹に甘い何かしらの権力者なのだろう。


 息子の不祥事を隠そうとする親は、珍しくもない。

 かなり度が過ぎているようだが。


「先ほど『兵士』と言っていましたけど、なにかと戦っているんですか?」


「そう、そこよ。私が言いたいのは。お兄様は優秀な兵士を集めているの」


「何故です?」


「とある凶悪犯を探し出して殺すためよ。ドットマジェスティの下っ端ども何かよりも最低最悪な、サイコ野郎よ。……松平駿河」


 ヨルヨが駿河をギロリと睨んだ。


「あなたのお姉さんとも関係しているかもしれない」


「ど、どういうこと?」


「さあね。お兄様にはそう伝えろって指示されただけだから。まあなんであれ、私たちとあんたは協力関係になれるってこと。で、どうするの? 仲間になるの?」


 根本的に、ヨルヨの話には根拠がない。

 凶悪犯だの兵士だの、突拍子もなさすぎる。

 この嘘を信じ込ませて、仲間にする算段か。


 情報を提供する代わりに犯罪に手を貸せ、とでも命令するのか。


「私は……」


「す、駿河さん、もしかして信じるんですか?」


「い、いえ。でも……」


 仮に本当だったとしたら。

 凶悪犯とやらが姉の失踪と関係していたら。

 姉、松平小牧には『不死のスキル』がある。ダンジョン外でも発動する稀有なスキル。


 絶対に亡くなったりはしていない。

 必ずどこかで生きている。

 その居場所を、例の凶悪犯が知っているのだとしたら。


「よし、駿河さん、あの子を引っ捕らえましょう」


「へ?」


「ボスと直接話すにはそれしかないです。正直、この子は話にならないです。実際にボスに会って、交渉して、その上で判断しましょう」


 人質作戦。

 可愛い顔してなんてことを提案するのだと駿河が驚いていると、


『いつまでもウダウダと、お前に任せたのが誤りだったな、ヨルヨ』


 フロアに男性の声が響いた。

 瞬間、ヨルヨの表情から余裕が消える。


「ま、待ってお兄様!! こんな説得、私ひとりで充分よ!!」


『もういい。強硬手段に出る』


 途端、


「うわああ!!」


 太郎の体が浮かび、引き寄せられるようにフロアの奥にある通路へ連れ去られてしまった。


「鎌瀬くん!!」


 とっさに黒子が追いかける。

 駿河も走り出したが、


「あんたはダメよ」


 ヨルヨに阻まれてしまった。


「どきなさい!!」


「あんたはここで、私がボコボコにするわ。くふふ」


「できると思っているの?」


「やるわ。これ以上お兄様に失望されたくないもの。あんたを倒して、交渉の材料にする」


「材料?」


「お兄様の真の目的は、黒猫黒子を仲間にすることだもの。あんたを人質に、黒猫黒子を脅す。あんたはしょせんオマケ。くふふ」


 駿河の拳に力が入る。

 自分を倒して、人質にするだと? 向こうも人質作戦に打って出たわけか。

 それよりも、オマケ扱いされたことに腹が立つ。


 確かに黒子は強い。

 けれど、単純な戦闘力なら自分の方が上。


 だいたい、


「黒子に何かしてみなさい。絶対に許さないわ」


 友達を犯罪集団に入れてたまるか!!


「くふふ」


 瞬間、駿河の背を鋭い悪寒が走った。


「こわ〜い。じゃあここで、徹底的にボコボコにしないとね♡」


 ヨルヨが言い終わると同時、フロアの壁際に十数人の男性が現れた。

 いったい、いつからそこに?


 おそらくは初めから。

 なんらかのスキルの力で、透明になっていたのかもしれない。


「ちっ!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 黒子が進んだ先に太郎はいた。

 地面にぐったりと横たわっていた。


 まさか、と最悪の予想をしながらも、黒子はすぐに駆け寄ることができなかった。


 彼の傍に、白ずくめの男が立っているのだ。


 白い服、白い髪、白い肌。


 黒子を睨む瞳孔だけが、禍々しく黒光りしている。


「鎌瀬くんになにをしたんですか」


「慌てるな。殺しちゃいない」


 歳は20代前半くらいか。

 おそらくこいつが、ヨルヨの兄。

 ドットマジェスティのボス。


「ずいぶんあっさり、素顔を晒すんですね。実は隠しカメラで配信してるって言ったら、どうします?」


「ふっ、そんなことは不可能であることは、お前自身がよく理解しているだろう」


 黒子が苦笑する。


 このフロアの壁一面にいくつも埋め込まれた白い宝石。

 ダンジョンの特性である精神汚染を防ぐための特殊な魔力石『ディディクリスタル』である。


 その最も異質な点は、次元を歪める力があること。

 一個程度では何も起きなくても、こう何個も集まれば、次元を歪め、障壁のようなものを発生させることができる。


「電波を完全に遮断しているんですね」


「そう。つまり、救助隊を呼ぶことすらできない。……さて、自己紹介が遅れたな。俺は日輪シンヤ。聞いていると思うが黒猫黒子、俺の新たな戦力となれ」

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