第8話 黒子、妖精さんを生み出す?

 変身スキル。

 しかも特定のモンスターになれるとは、よほどの熟練者。


 とはいえ、スライムであれば……。


 黒子はフレイムガンと魔力石を融合させ、炎系の魔力石を生産した。

 また水蒸気爆発で倒すつもりなのだ。


「てい!!」


 全力で投球するが、呆気なく回避されてしまう。

 それもそうである。相手は巨大で鈍重なスライムではない、人型のスライムなのだ。

 素早くて当然なのである。


「ははは!! その手は食わねえよ!! お前がそれで巨大スライム倒したのは、ネットじゃ有名だからなあ!!」


 広場は跳躍して一気に距離を詰めると、腕を鞭のように振るって黒子を叩いた。


「きゃっ!!」


 コメント欄が盛り上がる。


・やれえええ!!!!


・興奮してきた


・骨折って


・パンツ下ろしました


「ほーら、もっと苦悶の表情を視聴者に見せてやれよ」


「くっ!!」


 駿河が構える。

 さすがの黒子も勝てないか。


 スライムである以上、駿河でもっても分が悪いが、あの手のタイプは根本的に本来のモンスターより魔力量が少ない。


 いつか回復できなくなるはず。

 切って切って切りまくれば、勝てる。


 駿河が広場に接近しようとしたとき、黒子が首を横に振った。

 手を出すな、という意味なのか。


「二度と喋れないようにして、目も潰して、そこまでやったら帰してやるよ」


「中々強いですね」


「当たり前だろ? Aランク冒険者なんだからよ」


「そ、そうですか……。まあ、私が勝つんですけど」


「は?」


 黒子は全速力で駆け出すと、愛用の電動キックボードに乗り込んだ。

 逃げるのか。広場も駿河も視聴者もそう直感したが、違う。

 黒子は、気に食わないやつを背に逃げるような女ではない!!


 リュックからモデルガンと黄色い魔力石を取り出し、融合させる。

 銃口を向けてトリガーを引くなり、電気を帯びた弾が広場に迫った。


 電撃属性の銃を生産したのだ。


「ちっ、電撃魔法か」


 黒子は電動キックボードでフロアを走り回りながら、電撃弾を連射する。

 対して、広場は回避に専念しながら、対抗策を練っていた。


 スライムになった現在、電撃魔法は弱点である。

 しかし当たらなければ無意味。仮に直撃しても、多少の痛みに耐えればいいだけ。

 肝心なのは、あの銃から電撃弾を発射するための魔力が切れた瞬間。


 そう、無限に撃てる代物じゃないはず。


 などと推察していると、黒子が爆速で広場へ迫った。


「なに!!」


 突っ込んでくる気か。

 間一髪回避するも、黒子は急旋回してもう一度突撃し、広場に激突した。

 衝撃によって、広場の下半身が吹っ飛んだ。


「くっ、すぐに回復を」


「させませんよ」


 キックボードから降りた黒子が、ゆっくりと広場の下半身へ歩み寄る。


「ふん、電撃弾を当てるつもりか? 舐めんな。これまで俺に電撃魔法を使ってきたやつはたくさんいた。痛みなんか慣れてんだよ」


 どんな理由か知らないが、分離した下半身を攻撃するのは悪手。

 いまのうちに新しく下半身を再生させ、隙をついてぶっ叩いてやる。


「ほらどうした、やれよ。多少苦戦したほうが視聴者も熱中してくれるからなあ」


「へー、それはそれは」


 話半分に聞き流しながら、黒子はリュックから掃除機を取り出した。

 先日、家電量販店で購入したものである。


「な、なんでそんなものまで!?」


「あぁ、私のリュックは『何でも入る』ように作ったので。……さて、これとさっきこっそり回収しておいた、炎属性の魔力石を」


 キックボードで走り回っていた際に拾っていたのだ。


「くっつけて」


 掃除機がオレンジ色に染まる。


「はい。これで、吸い込んだものを即燃やす便利な掃除機ができました」


「はあ?」


「即燃えるってことは、すぐ蒸発できるってことなんですよ」


「ま、まさか……」


「ちなみに最新式なので充電タイプなんですけど」


 さらに電撃銃と融合させて、


「はい、充電マックスです。吸引力もハンパないですよ」


 ニコリと微笑んだ。


「まずは下半身を……」


「や、やめ!!」


「スイッチオン!!」


 広場のスライム状の下半身が、あっという間に吸い込まれてしまった。

 残すは……。


「さてさて」


「や、やめろ、こっちに来るな……」


 匍匐前進で逃げ出そうとするも、当然追いつかれてしまう。

 回復が間に合わない!!


「わ、悪かった、俺が悪かった!!」


 追い詰められた広場の姿に、コメント欄が加速する。


・だっさww


・天罰だな


・つまんね


・やれええ!!!!


 清々しいまでの手のひら返しに広場は絶望し、黒子もまた、不快感を覚える。


「安心してください。完全には吸い込みません。あなたみたいなスキルって、少しでも残っていれば、一応五体満足の姿で人間に戻れるんですよね? サイズは変わっちゃいますけど」


「いやだいやだいやだ」


「器に見合ったサイズになってくださいね!!」


「頼む!! なんでもする!! 謝るから!!」


「スイッチ……」


「やめてくれえええええ!!!!」


「オン!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 小指サイズになった広場を虫かごに入れた後、黒子は改めて鎌瀬太郎にポーションを飲ませた。


 がっくりうなだれる広場に、駿河が問う。


「正直に答えなさい、松平小牧を知ってる?」


 小指程度の大きさでは当然力も弱いため、虫かごの蓋を開けることすらできない。


「だ、誰だそりゃ……」


「川口市のダンジョンで行方不明になった私の姉よ。なにか知っているなら答えなさい」


「答えてやるから俺を助けてくれ」


「……」


 駿河は虫かごを持ち上げると、思いっきり振った。


「うぎゃあああああ!!!! 目が回るうううううう!!!!」


「答えなさい」


「知らねえよ!! ボスなら知ってるだろうがな!!」


「ボス? あなたがリーダーじゃないの?」


「こ、これ以上はマジで喋れないぜ。俺も命が惜しいからな」


「……そう」


「お、おい、俺はどうなるんだ!! ずっとこのサイズなのか!!」


「これからはこのダンジョンの妖精として生きていけばいいわ」


「そ、そんなあ……」


 それにしても、と駿河の視線が黒子へ移る。

 ダンジョンとは縁もゆかりもない、市販の商品ですらアイテム生産の素材にできるとは、つくづく恐ろしいスキルである。


 戦い方は無限に等しいであろう。


 ポーションを飲んだ太郎の体力が回復していく。


「あ、ありがとう」


「今回はおまけでもう一本、ポーションを追加しておきますね。……でも、一応ちゃんとお医者さんに診てもらってください。完全に怪我が治るわけではないので」


「……」


 太郎は目を凝らし、小さくなった広場や、気絶している彼の仲間たちを見やった。


 ーー俺とこの女たちじゃ、雲泥の差だな。


「では、受け取りのサインをお願いします」


「俺、自惚れていた。才能がないのに、それを認めないで、ロクに努力もできなくて……」


「えっと、あの、サインを……」


「決めたぜ」


「え?」


 太郎はガバっと起き上がると、黒子に頭を垂れた。


「俺を弟子にしてください!!」


「……え」


「一からやり直したいんです!!」


「い、いやあ、弟子とか取ってないんで」


「配達の手伝いとか!!」


「そ、そんなあ、いいですよお」


 苦笑で誤魔化してはいるものの、黒子は内心はかなりドライであった。


 ーーCランク冒険者なんか雇っても、配達途中でモンスターにやられちゃうよ。


 ごもっともである。


「じゃ、じゃあなにか他にお手伝いを!!」


「あぁ〜、いやぁ〜、ホントに大丈夫ですって、あはは」


「そこをなんとか!! 生まれ変わりたいんですっ!!」


「えっと、じゃあ、そうですね……と、とりあえず保留ってことで」


「はい!!」


 こうして、黒子に弟子(仮)が誕生したのだった。


 鎌瀬太郎には才能がない。


 しかし、運とやる気だけは……少しあるのだった。

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