第2話 別のガールもミーツ

「ただいまー」


 仕事を終えて、黒子はタワーマンション20階にある自分の家に帰ってきた。


 ゲーミングチェアに腰掛けて、帰りに買ってきたサンドイッチ片手にパソコンの電源を入れる。


 黒猫黒子は一人暮らしである。

 学校は通信制の高校に通っていて、家ではもっぱら、


「あれ〜、まだユーロ安定してるな〜」


 FXと株取引に興じていた。

 高校に毎日通うより、一人で生きる方が何倍も学びを得られる、というのが彼女の持論である。


 サンドイッチを完食し、ジュースで喉を潤していると、スマホが鳴った。


 どうやら幼馴染からの電話のようだ。


「もしもし、千彩都? どうしたの?」


『いま家?』


「ん」


『黒子、あんたもついに配信者デビューするときが来たね』


「へ? なんで?」


『ネットじゃあんたの話題で持ちきりだよ。AAAクラスのスライムを、意外な方法で倒した謎の少女!! って』


「えー、でもなんでみんな知ってるんだろう。配信なんかしてないのに」


『あんたが助けた女の子いるでしょ。あいつ有名配信者なんだよ。その子の配信に黒子が現れたわけ』


「……なるほろ」


『ちょうどいいじゃん、デビューしちゃいなよ。黒子可愛いんだしさ、絶対人気出るって!!』


「ありがと。でもしないよ。興味ない」


『人に注目されるの、苦手だもんね』


「わかってるなら言わないでよ」


 コミュ症というわけではないのだが、人に期待されたりジロジロ見られるのが苦手なのであった。

 ちなみに友達は千彩都のみである。


『でもさあ、商売やってるならさー』


「いーの。デリバリーは運動不足解消のための副業。細々とやってくから。ていうか人気になって注文増えても人手が足りないって。……千彩都が手伝ってくれるなら、話は別だけど?」


『いやでーす。ダンジョンは観る専なんで』


「もう」


 マウスを操作し、ブックマークから黒猫黒子デリバリーサービスのホームページを開く。


 商品一覧ページをクリックし、在庫状況を確認してみる。

 ポーションなどの回復アイテムに始まり、魔力石やら戦闘アイテムやら、ここにあるのはすべて黒子のスキルで生産したものだ。


 普段は、黒子が生み出した『なんでも収納できる金庫』に保管されている。


『てか驚きだったんだけど、黒子ってアイテム生産スキルレベルAAAなんだね。いつ熟練度上げてたの? 基本引きこもりなのに』


「うーん。努力と才能? なんてね」


『AAAだと何ができるの?』


「魔法陣も呪文もなし、成功率98%、未知のアイテム同士でも、何系のアイテムが生産されるか予測できる、くらいかな? もうすぐSになりそうなんだけど、Sなら何ができるのかはわかんないや。前例がなくて」


『AAAでその程度なんだ。もしかして、ハズレスキル?』


「あはは、辛辣〜」


『……』


「あれ? もしもし?」


 千彩都は急に黙り込んだかと思うと、声色を暗くして、呟くように喋りだした。


『ねえ、最近ご両親に会ってる?』


「……会ってないよ。会う気もない。なんで?」


『いや、ごめん。なんかふと思い出しちゃって』


 黒子の両親は刑務所にいる。

 10年近く前のことだ。

 詐欺と連続殺人の容疑者として逮捕され、父は死刑を、母は無期懲役を宣告された。


 クズとクズの間に生まれた自分もクズなのか。


 おそらく、黒子にアイテム生産スキルの才があったのは、親へのコンプレックスが反映されているのだろう。


 否定したいのだ。価値の低いもの同士をかけ合わせても、価値が低いものしか生まれないという理を。


『で、黒子の配信者デビューの件なんだけど……』


「え!! まだその話するの!?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 黒子が千彩都と楽しく通話しているころ。


「黒猫黒子のデリバリーサービス」


 薄暗い部屋の中で、アポカリプスの魔女がパソコンのモニターを睨みつけていた。

 壁際に設置されているアクアリウムの淡い照明が、色鮮やかな水草や小魚を照らしている。


 アポカリプスの魔女は自慢の紺色の髪をかきあげ、黒子のホームページを睨みつけながら、あのときのことを思い出す。

 たしかに予想外の展開に驚きこそしたが、所詮はアイテム生産スキル。

 一対一で戦えば、双剣スキルAAと見切りスキルBを持つ自分のほうが強いはずだ。


 少し戦いの知識があるだけの、非戦闘スキル持ち。

 差し詰め、ダンジョン攻略ができなくてアイテムデリバリーなんぞに逃げた軟弱者、というところか。


「デリバリー……。ふん、変わったやつもいるもんね。ま、もう二度と会うことはないでしょう」


 アポ魔女、本名『松平駿河まつだいら するが』は自身の配信のアーカイブを開くと、コメント欄をスクロールしはじめた。


 自分を称賛する数々の文字。

 駿河にとっては無価値に等しい応援。


「お姉ちゃん、いないか……」


 切なげに目を細め、駿河はパソコンの電源を落とした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方その頃。

 同じく駿河の配信アーカイブを食い入るように見つめている少女がいた。

 赤いメッシュが入った黒い髪。

 大きな丸メガネ。

 ダボダボのジャージ。


 彼女の名は、蔵前ルルナ。


「くろ……ねこ……」


 部屋の隅を占領するゴミ袋には、つい先日まで推していたアイドルのグッズが詰め込まれていた。

 突然の結婚発表で大炎上を起こし、引退した元アイドル。

 ルルナの赤いメッシュは、彼女に合わせたものである。


「かわいい」


 この日、ルルナは、


「めちゃめちゃ可愛い!!」


 新たなる推しを発見したのだった。





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※あとがき


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