第13話 女優


 宇多方について語ろう。


 昨年、電撃的に引退したトップ女優がいた。不倫妊娠説という噂もあったが、結局、理由は不明のまま、表舞台から姿を消した。


 彼女は実は、宇多方出身である。デビューとともに東京に移り住んだのだが、実家は今も宇多方にある。


 極秘情報だが、引退の理由は病気にあった。難病というより、奇病だろう。女優の身体に人間の顔が浮かび上がったのだ。


 いわゆる、「人面疽じんめんそ」である。通常、人間の腹や膝などに現れるらしいが、女優に現れたのは左手の甲だった。


 現れた顔は、男性だった。貧相な顔つきをしており、まったく見覚えがない。気味が悪かったし、人面疽の口臭はひどかった。


 女優は誰にも話せなかったし、医師に相談することもできなかったようだ。


 人面疽の男は夜行性だった。夜更けになると、女優の派手な暮らしや乱れた男性関係に小言を繰り返した。反論すると、甲高い声でわめかれた。女優は不愉快に思ったし、苛立たしくて仕方がない。


 とても人前に出られる状態ではない。仕事をすべてキャンセルして、故郷に帰ることにした。


 ところが不思議なことに起こった。宇多方に着いたとたん、人面疽は消失し、左手の甲はきれいな状態に戻っていたのだ。


 母親に相談すると、すぐに人面疽の男の正体が判明した。女優が幼い頃に亡くなった、父方の曽祖父そうそふだったのだ。正確を期すならば、二〇代の曽祖父である。


 なぜ、あの世から曾孫ひまごの身体に蘇ってきたのだろうか?

 かわいい曾孫を心配したのか? 派手な芸能界を嫌ったのか?

 曽祖父の真意は不明である。そして、あの世に還ったわけではなかった。


 女優が宇多方にいるときには正常なのに、宇多方を一歩出たとたん、左手の甲に現れるのだ。これでは人前に出られない。女優として働くのは不可能である。


 こうして、女優は引退を決意したのである。








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