第21話 手紙


「対峙したのは偶然だ。アレが君たちの大きな妨げになっていたとは知らずに、我々はただ生き延びる為に討った。それを言わずにいたのはこちらなのだから」


 クラウスは私を柔らかい目で見ている。

 それにピンときたのはダリルだ。


 ごほんと空咳がひとつ、ルーカスの背後から聞こえる。音源に視線をやると、ダリルは赤銅色の瞳で探るようにこちらを見ていた。声を発する事はないが、私の様子を伺う。その目力の強さが何を聞きたいのか雄弁に語っている。


 段々顔に血が集まり始めたのを感じた。

 クラウスは満足気に紅茶をひとくち。ミーナは何も言わずにこにことポットを持ち、クラウスのカップにお代わりを促した。

 もうズバッと聞いて欲しいくらい居心地が悪いが、この場では私かルーカスが言うまで決定的なことを口にしないのが暗黙のルールというかお作法なのだろう。

 きょとんとしたルーカス。

 私はぽそぽそと、照れながらダリルの視線を肯定した。


「今日は、その件で国にお手紙を出したくてきたんです……ええと、はい。婚約したい人が出来たと」


 来賓室の空気が一気に花色に変わる。

 国へ連絡すると聞いて、ダリルの視線から険が取れた。

 ルーカスは幼くも見える表情で目を丸くしている。


「そう、なのですか……フローラさん、おめでとうございます」


 言いながら、噛み砕くようにゆっくりと笑うルーカス。


「そっかあ」


 ポツリと追いかけてこぼすその声が、やけに力の抜けたものに感じて、伏し目がちになってしまっていた視線を戻した。


 ルーカスは、気の抜けたような。まるで親が子の旅立ちを見送るときのような、眉が下がった優しい笑みを浮かべている。

 いつもの飄々とした、他人を慮らない人特有の軽い笑顔ではない。短くとも濃い付き合いの中で、初めて見る表情だった。


「ダリルさん、婚約式の準備に司祭が要ります。シャルルさんにその旨指示を出してきてもらえますか。手紙を送る馬の用意もお願いします」

「かしこまりました」


 ダリルが部屋を退出していく。

 ルーカスは王宮に出す婚約伺いの手紙を、魔法では無く馬を使った正規のルートで提出することを暗に勧めているようだ。

 私はゆっくりと一つ頷いた。


 私は事前に預かっていたクラウスの手紙を含めて、数枚の封筒をテーブルに並べる。

 壁に控えるミーナと、ルーカス、クラウスと私。

 先ほどのダリルのリアクションから、彼も国の監視のひとつなのだろう。これまでの付き合いであたりはついていたけれど、国に知られないよう個人間でやり取りする手紙を送るなら今がチャンスだった。

 ルーカスもそれをわかっていているのだろう。

 袖口からスクロールや護符を取り出している。

 クラウスはただそれを黙って見つめていた。


「整いましたよ」


 ルーカスがコーヒーテーブルいっぱいに魔法陣を並べている。

 私は手紙それぞれの行き先を告げると、いつものように魔力を充填した魔石を魔法陣一つにつき一つずつ置いた。


 ルーカスやミーナは慣れていて平然としているが、隣から強い視線を感じた。私はクラウスに魔石を一つ手渡しし、クラウスの手紙が中央に据えられた魔法陣に宛先を口にしながら置くよう指示する。


「……こんなに沢山の魔力を、この短期間で集めたのか?」


 クラウスの手に渡った魔石が、一瞬光を放つ。真っ白な花びらが散るように。彼はそれに目を見張って注視していた。

 やや照れ臭い私は苦笑する。

 魔石に込められた私の魔力が、クラウスに対する私の感情に呼応するのだろう。動画配信サイトの広告か何かで、この乙女ゲームでも似たような場面があった。

 命の危機を乗り越えるためにお互いを助け合ったり、手を繋いだり。愛だの恋だの、そういった感情に対する演出がいちいち大きい仕様になっているのを思い出す。

 私は咳払いをひとつして、クラウスとルーカスに説明した。


「天気が悪いので、魔石いしに守護の誓文を刻みました。手紙の送付に役立つでしょうか」

「もちろんです。いつもありがとうございます。閣下、覆いの魔術と本人しか開けられないまじないは陣に組み込んでありますので安心してください。では早速始めさせていただきますね」


 ヴゥンと機械が立ち上がるような音と共に、ルーカスの藍色の魔力が巡り出す。

 魔法陣に光が満ちると、私の白い魔力を纏った手紙がこの場所からの距離に合わせて、近い順にフッと飛ぶように消えていった。

 終わりは私の王太子妃宛の手紙と、クラウスの書いた手紙。私も王太子妃に使った一番高い便箋が使われているあたり、祖国で位の高い人にあてられたものなのだろう。


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