参甲小百合子の必殺スキル<メテオ・参式改弐>発動! 周囲一帯を更地にするほどの破壊力だそうです……ん? それって俺もヤバくね……?

「勇魚! 大丈夫か!?」


「能見くん……ありがとう。私は平気だよ……」


 命に別状はなさそうで一応一安心。が、赤黒いオーラの奔流をまともに受けた彼女の身体は傷だらけだった。

 背後では師炉極がメスガキ悪魔に一方的に攻め立てられていた。


 どうする? どうしたらいい? つか、どうにかできるのか?

 勇魚を一発でぶっ飛ばして、今なお師炉極を一方的に攻め立てる化け物相手に俺ができることってあるのか?


 ただ一つ思いついたのは『逃げの一手』のみ。


 師炉極もここは任せろと言ってたし、逃げるのがベストだと思う。しかし逃げるということは師炉夫妻を見捨てるということだ。パーティリーダーの指示が絶対とは言え、メンバーを見捨てて逃げるのは躊躇われて仕方がない。しかも勇魚のご両親をだ。この腕の中にある勇魚の心中を思うとやっぱり積極的に逃げる気にはなれない。でもこの状況を考えれば逃げるべきなんだよなぁ……あぁ、くそっ、ジレンマだ……!


「能見くんは逃げて……ここは私たちでなんとかするから……」


 そんな俺の心を察したように勇魚が言う。未だ苦戦を強いられている父を助けるべく俺の腕から逃れるように立ち上がるも、


「あっ……」


 よろめいて這いつくばってしまった。平気だとか口では言ってたけど、やっぱりダメージが残っているんだ。そりゃそうだ、あれだけふっ飛ばされて無事なわけがない。あれで無事なのはバイキンマンぐらいなもんだ。バイキンマンって凄いよな、毎週山の向こうまでぶっ飛ばされるのに、次の週はちゃんと何事もなかったかのように番組の収録に参加してるんだから。バイキンのくせにタフなやつ。見習いたいものだ。


「勇魚、ここは一旦撤退しよう。君の父親、師炉極も俺にそう指示した」


 俺は勇魚を抱きかかえて言った。


「でも……それじゃ、父が……」


 腕の中でもがく力はあまりにも弱々しく、悲壮感に満ちた顔はあまりにも痛々しい。かわいくてかわいそうな勇魚はマジ天使。傷ついた天使ほど庇護欲をそそるものもなかなかない。勇魚は俺が命に代えても守っちゃる! そんな気持ちにさせられる。だからこそ、ここは勇魚にとってつらい決断をくださなければならない。


「パーティリーダーの指示は絶対、それがダンジョンの鉄則だ。それに敵は、あの英雄師炉極が苦戦するほどの相手だ。俺たちがどうにかできるレベルじゃないし、下手な加勢はむしろ足手まといにもなる。俺たちがパーティのためにすべきことは、今すぐこの場から逃げ去ることなんだ」


 釈迦に説法だが、勇魚は小さく頷いてくれた。不安そうに伏せられたまつ毛が憐れっぽくて、俺はとても見てられなかった。しかし俺にはどうしてやることもできない。俺にできることは勇魚を抱えてこの場からすぐに逃げることだけだ。


「よし、じゃあしっかりつかまって。ちょっと飛ばすよ」


「あ、能見くん……!」


 急に目を見開き、切羽詰まった声を出す勇魚。


「ん……?」


 その視線の先を追うと、参甲小百合子が呪杖を高く掲げたところだった。


「<メテオ・参式改弐>……!!!」


 詠唱。スキルが発動ちあがる。師炉極とメスガキ悪魔がやり合っている頭上高くに青白く輝く魔法陣が浮かび上がった。突如、魔法陣からゴオオオオオォォォ……と耳を塞ぎたくなるくらいの物凄い大音響が轟き、巨大な岩の塊が姿を現した。


「あれはお母様の最強スキル<メテオ>……!」


「めてお……?」


 聞いたことのないスキルだ。


「<メテオ>は敵の頭上に巨大隕石を落とす超威力超範囲の必殺最終兵器スキル。周囲は敵の死骸どころかぺんぺん草一本残らないクレーターと化す……」


 勇魚はなぜか俯いてしまった。必殺スキルならこの状況から逆転できるの何故にWHY? 超威力超範囲……あ……嫌な予感がする……。


「あの、それって、範囲はどのくらいでしょうか?」


「小さくて半径数百メートル……大きくて半径一キロを超えるとされてるの……」


 俯いたまま勇魚が言った。


 着弾地点と思われる師炉極とメスガキ悪魔のいる地点から俺たちは約五十メートルほどの距離にいる。バリバリ攻撃範囲内に入っちゃってる。文字通りアルマゲドンてわけだ……アイドワナクローズマイアイズ死にたくねぇ!! 読者の中にブルース・ウィリスはおられませんか! っているわけねぇか!


「ハッ! 俺に気を取られたのが運の尽きだアホガキ! 小百合子ちゃんの<メテオ>からはもう逃れられん! フハハハッ! 知ってるか? 太古に地上の覇者だった恐竜は隕石で絶滅したんだぜ? 恐竜の気持ちを身をもって味わうんだな! アーッハッハッハッハッハ!」


「あハッ! 人間、なかなか楽しませてくれるじゃない! アタシちょっと感動~~~!!!!」


 師炉極とメスガキ悪魔のやり取りが背後から聞こえてきた。その頭上には赤熱した巨大隕石がものすごいスピードで迫る。あの、師炉極さん? 俺らもヤバいんですけど、それについてはどう思われます?


 くそっ、どうすりゃいいんだ!?

 ああもう、しかし父も父なら母も母だな!? 愛娘のいるすぐ至近距離に隕石なんか落とすなよな! アルマゲドンとかディープインパクトとか観なかったのかな!? 観てたら軽々しく隕石落としちゃダメってわかりそうなもんだけどな! おかげでこのままじゃ俺と勇魚が死ぬゥ……! 一応逃げてみる? 俺一人ならなんとかなるか? いや、勇魚を見捨てるわけにはいかない! でも、二人だとどうだ? 勇魚は怪我してるから動けないぞ……あぁ、ホントマジでどうしたらいいんだよ……。 


 一人テンパってるそのとき、


「私を置いて早く逃げて! 能見くん一人ならマッチョボディ全力スプリントで逃げ切れるはず! だから、早く……!」


 腕の中で勇魚が叫んだ。その声で、俺の中で急に覚悟が決まった。


 俺は脱兎のごとく走り出した。もちろん勇魚を腕に抱いたまま。


「能見くん!? なんで――」


「勇魚、しっかり掴まってろよ。全力疾走だ!」


 筋肉という筋肉をフル稼働して全身全霊命懸けの全力遁走! 俺は足から土煙を上げ、地上の戦闘機と化し、空気の壁に抗いつつ一目散に逃げる。


 勇魚、君の言葉は不思議だ。俺に絶対的な勇気をくれる。それはきっと勇魚の言葉が往々にして正しいからだと思う。少なくともそう思わせるほど、君の言葉はなぜか俺にとって真実味がある。


 ただし一つだけ間違ってる。俺は究極のゴリムキ激ヤバガチデカマッチョメン。女の子一人連れてても余裕で逃げ切れる。そう筋肉が教えてくれている。


 つかさ、やっぱり一人じゃ逃げられないだろ? 女の子見捨てて一人で逃げるなんてダメっしょ? アルマゲドンでブルース・ウィリスがそんなことしたか? かっこいい男は隕石から逃げずに命をかけて地球のために戦っただろ?


 俺も男だ。しかもブルース・ウィリスよりマッチョだ。ブルース・ウィリスが逃げなかったのに、マッチョな俺が逃げてどうするよ! あ、俺の場合、隕石からは逃げるんだけどね!


 とにかく、俺は勇魚とともに逃げ延びて見せる! 筋トレ、それが人類の生み出した叡智の結晶ならば、俺と勇魚の二人くらい救ってみせろーッ!!!


 さっき落ちた崖をひとっ飛びで越えた、その直後、


 カッッッッ!!!!!


 ドッゴォォーーーーーーオオオオオンンンンン………………!!!!!


 背後から強烈な閃光と爆発。俺は爆風に備えて勇魚を俺のマッチョボディの中に包み込んだ。その瞬間、遅れてやってきた爆風に襲われ、俺のマッチョボディは空へと打ち上がった。


 フワーッ! とやってきた浮遊感。間違いない、俺は今空を飛んでいる。

 アイキャンフライ! マッチョ空を飛ぶ!

 なんだろう、アドレナリンが出まくってるのかな、危機的状況のはずなのにやけに楽しいな!


 かわいい女の子をこの太くたくましい丸太の腕で包み込みながら、次から次へと襲い来るピンチを切り抜けるなんてシチュエーション、よく考えずとも楽しくないわけがない!


 これだよこれ、俺が求めていたファンタジーはこれだよ! 姫を守る勇者、これこそファンタジーの王道でしょうが! 


 身体が落下し始めた。着地のタイミングを見定める。ミスれば死ぬ。俺だけじゃなく勇魚も死ぬ。だから絶対にミスるわけにはいかない。俺なら出来るはずだ。なんせマッチョなんだし、爆風を背に受けてもビクともしない鋼を越えたオリハルコンボディを持ってるんだ。できないわけがないよ。ドラゴンと戦ったときのあの要領だ。高さが全然違うが、この筋肉のバネなら問題ない。


 地面が迫る。俺はマッチョボディの強力な体幹を活かし、空中でネコのように身体を捻り、地面に向けて足を伸ばした。そして、着地。全身のバネを使って衝撃を吸収する。伸ばした足をグンッと縮め、全身を丸めた。全身をビリビリとした感触が駆け巡った。だが、それだけだった。痛みはほとんどない。骨の折れる嫌な音も聞こえてこなかった。


 我ながら完璧な着地じゃないか……おいおいおいおい! 本当にできちゃったよ! この筋肉マジで最強か!? やべー、達成感半端ねぇわ……!


 自然と笑みが溢れてしまう。ニヤニヤ笑いのマッチョメン。いや、わかってるよ? マッチョが一人で笑ってるのはキモいってわかるよ? 俺もいい加減高校生だもんね。その程度の客観性は持ってます。でもね、この笑いはわかってても止められない。そんだけ達成感と開放感が凄いんです。

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