午後の授業は<ダンジョン冒険> 2

 花神楽省吾はクラスで一番仲のいい友達だ。俺が引きこもっているときにもスマホにしょっちゅうメッセージをくれた。

 あ、ちなみにノーキンは俺のこと。ノーキン也、略してノーキン。決して脳味噌筋肉だからこんなあだ名がついたわけじゃない。こう見えて俺は思慮深いほうだ。あくまで自己申告だけど。


「正真正銘の能見琴也だよ、グラ」


 俺は彼のことを花神楽のを取ってグラと呼んでる。


「ほれ、証拠だ」


 俺は医者に書いてもらった本人証明証をグラの前でひらひらしてやった。


「いや、別に疑ってるわけじゃないんだけどさ、お前、一体何があったんだよ? 宇宙人に人体実験でもされたのか?」


「筋トレしてたらこうなった」


「ウソつけぇっ! たった二週間でそんなダイエットサプリの詐欺広告みたいなことになるわけないだろ!」


「ウソじゃねーよ! ちなみにサプリもやってねー!」


 断じてウソは言ってない。マジのマジの大マジだ。


「マジかよ……。筋トレだけで? それってさぁ、やっぱり<魔力無能症>、マンポテンツ(苦笑)のせいなの?」


「いや、それは……多分、関係ないと思うけど……」


 少なくとも医者はそんなこと言わなかったし、俺の知る限りマンポテンツ(笑)の症状に筋力増強効果があるなんて聞いたこともない。


「じゃ、純粋に筋トレの成果ってこと? アナボリックステロイドとかやったんか?」


「やるわけないだろ、そんな身体に悪そうなの」


「ナチュラルでそれか……お前、マジで凄いな。ちゅーか制服はどうしたんだよ?」


「この身体があんな窮屈な布切れに収まると思うか?」


「……なるほど、お前マジで本当に凄くてヤバいな」


 グラの反応は称賛半分、ドン引き半分ってところだ。ま、たしかに二週間前まではヒョロガリチビだったのが、今じゃビスケット・オリバだからな。他人事なら俺だってきっとドン引きしてる。


 しかし改めて筋トレの成果だけかと聞かれたらやっぱり疑問符が浮かぶ。たった一週間筋トレしただけで体重が三倍になったりするわけない。身長も四十センチ伸びてたし。

 グラが言うように、人体実験をされた可能性だって否定できないような気も……まさか世界を裏で支配する軍事企業に強化ナニカサレタのかな……うっ、ちょっと怖くなってきた。深く考えないようにしよ……。


「でも、なんで急に筋トレ? そんなキャラじゃなかっただろ?」


「マンポ(小笑)だからな、冒険者になるには<スキル>が使えない分を筋肉で補おうと思って」


「えっ!? お前、マンポテンツ(苦笑)なのに冒険者になるつもり!? 無茶を通り越して無謀じゃね!? つーか魔力無能症って冒険者になれないんじゃなかったっけ?」


「なれないかどうかはやってみないとわかんないだろ?」


「いや、そういうことじゃなくて、法律とかそういうので決まってなかったっけ?」


「だったら法律の方を変えてやるさ」


「いやいや、さすがに法律を変えるのは無理っしょ」


「無理かどうかはやってから考えるさ」


「なんかお前、急におっきくなったなぁ」


「ま、見ての通りさ」


「いや、中身がさ。なんつーか、器がでけぇとゆーか、大人びて見えるってゆーか」


「筋トレのせいかもな。グラもやったら? 筋トレ。体調も良くなるし、気分も爽やかになるし。ムッキムキになれるし。女の子にもモテモテになるかもしれないし」


「お前の場合はゴリゴリ過ぎてあんまモテなさそうだけどな。つか、筋トレっつってもたった一週間だろ? 短期間でそこまで劇的に変化するか? まぁ実際になってるんだけどさ。でもこうやって目の当たりにしてても、まだにわかには信じられないんだよなぁー」


「あえて信じろとは言わないよ。論より証拠、今目の前にある鋼の肉体が何よりの解答さ」


「うーん、凄まじすぎて逆に説得力無いパターンなんだよなぁ……」


 久しぶりの友人との会話が楽しくて時間が過ぎるのが早かった。


 一年C組御一行は学校の裏にあるダンジョン前に到着した。

 そこは先生や来客用の駐車場になっていて、ダンジョンはその隅っこにぽつんと寂しそうに存在している。


「はーい皆さん、では出席番号順にダンジョンに入ってくださ~い」


 石舟先生は高さ八十センチ、幅十五センチの天辺がピラミッドのようになっている直方体の横に立って言った。

 この漆黒のモノリス状の物体こそがダンジョンだ。

 こんなに小さくても中には広大な世界が広がっている。

 一体どういう原理なのか解明はされていない。これに関して超空間派と転送装置派の二大派閥が争っているが、未だ決着はついていない。


 前に並んでいたクラスメイトたちが次々とモノリスに触れ、ダンジョン内部へと入ってゆく。ほどなくして俺の番が来た。


 さぁ、いよいよだ。ワクワクとドキドキに胸が高鳴る。俺は<魔力不能症>だ。


 だが、物理を人並み以上に鍛えてきた。これが果たして通用するか……いや、きっと通用する!

 間違いなく通用する!

 だってこの筋肉だぜ?

 クラスメイトの誰よりもデカいどころか北斗の拳に登場したっておかしくない肉体だぜ?

 まずどんな相手でも指先一つでダウンできるはず!


 マンポテンツ(笑)でもスキルを持たない能無しでも、筋肉と物理攻撃力さえあれば絶対になんとかなる!

 少なくともゲームだとそうだった!

 ブレードアットデッドラインは神ゲーで海外レビューのメタスコアも80を超えてるから間違いないっしょ!

 ファミ通殿堂入りゲームに外れはないってばっちゃも言ってたし!


「うっしッ……!!!」


 ムキッと全身に気合を入れて、俺はおもむろにモノリスに触れた。キィィィン……と鈴の音のような音が聞こえたかと思うと、俺のマッチョボディはモノリスの中へと吸い込まれた。

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