魔法少女メモリーズ

白雪工房

第1話 黄泉路ストーカー

 黄泉路よみじ紅葉もみじは魔法少女である。それも国家公認の。

世の中、国家公認と付くものなんてそれこそ山のようにあるが魔法少女、そのメルヘンな響きに国家公認という堅苦しいというか重たい情報を良くも乗っけてくれたものだな。

と、その単語を初めて聞いた紅葉は思ったものである。

 ところで魔法少女といえば皆さんもアニメやら漫画やらでご存知のことだとは思うが、その魔法少女こそが紅葉の正体である。いや違うか、表に露出する方が魔法少女としての紅葉なのだから、魔法少女の正体こそ紅葉とかいう冴えない女子大生(21)と言うべきか。

ともかく彼女、黄泉路紅葉こそが魔法少女トロイメライダークの変身前の姿に間違いない。

これだけは確かなことだ。なんて名前だとか、そんな勢いで付けたような名前で活動するのは私なんだぞと当初は思ったけれど、今では慣れたものだった。

……別に、慣れようとして慣れた訳で無かったけど。


「そっち逃げたぞ!」

とシャイニングが叫んだ。

紅葉が建物の縁から地上を覗いて見れば、蛙のような姿の怪人が廃ビルに逃げ込もうとしているところだった。

立て籠られると厄介だ。

紅葉は、「仕方ないなぁ」なんて思いながら己の分身たちを出撃させた。

ぽこぽこと、彼女の影から現れた彼女そっくりの分身達がその蛙の怪人に向けてわーわー叫びながら殺到してタコ殴りにしていく。

 彼女の能力は分身能力だ。分身、といってもモニター付きのラジコンを動かしている感覚に近く、何となく指示をして動かしている感じだ。実体があって、触れもするのだけど、以前やられる寸前の分身の、体の断面が黒だったからたぶん中身まで再現されてはいないのだろう。

最もそんなところまでリアルだったら自分の内臓を見てしまうような事になりかねないので、ある意味幸いだったとも思う。誰だってそんな物は見たくないはずだ。

 と、ここで何やら爆音が響いたので下を見遣ると、無数の分身に混じってシャイニングが乱闘に参加しに行ったようである。さっきの爆音は、彼女が勢い良く地面に落下した音らしかった。

あの子は中身が若いのか(魔法少女同士はそれぞれの中身を知らされない、個人情報保護を優先した結果だろうか)、妙に血気盛んなところがある。

しかし、元気なのはいいな、羨ましいと、まだ全然現役のはずの紅葉は呟いた。

ばつんと大きな音がして、全身が抉れた。


「ちょっ!えっ…はぁあ?なに今の聞いてないんですけどっ」

黄泉路紅葉は狭いアパートのワンルームで悪態を吐いた。

すごい慌てた。呼吸が荒くなった。何せメインの分身に設定していた一体が突然やられたのだ。

視界もモニターしていたからお陰様で結構なスリル、ホラーを味わえた。ぶっちゃけトラウマになるかと思った。でも、魔法少女として仕事がどうなったかはしっかり見届けるべきだろう。

つまり、さっきの現場に戻るべきだ。

そうは思ったが、なかなかやる気が起きなかった。

気が乗らない。当然だ、誰だって自分が死んだ場所なんかに行きたいとは思わないだろう。

最も、自分が死んだ場所に行くなんて、一般人なら一生体験しないイベントだろうが。

そして、心の天秤がぐらぐらしたまま十分くらい経過して。

どうやら紅葉が戦場にいないことに気づいたらしい研究所から電話がかかってきた。

「うへぇ」

流石にしっかり戦場で役立っていたことを証明できなければ給料は貰えない。

電話を切った後、嫌々紅葉は別の分身をメインに据えてモニタリングを再開させる。

「ひゃあっ⁉」

そして叫んでしまう。

決して自分のやられ方に驚いた訳じゃない。さっき述べた通り分身はあまりスプラッタな見た目にならないので、驚くとしても精々蝋人形に対してするような驚き方だ。

じゃあ、何に驚いたのかと言うとシャイニングの姿だった。

 血塗れだった。本来黄色とオレンジの明るい色であるはずのコスチュームは真っ赤に染まっていて、同じく血塗れの白い棍棒のようなもの(以前聞いたところによると彼女の骨らしい、聞かなければ良かったと後で後悔した)を両手に握っている。その後ろには上半身の欠落した分身体、分身体のすぐ側には頭のない蛇のようなものの死体が落ちていた(目視で大体10メートルくらいあった)。

「大丈夫かダーク。ほんとに一瞬死んだかと思ったぞ」

「だ、大丈夫です」

心配されなくとも、本体を戦場に向かわせるなんて無謀なことはしない。

そう言おうとしたが、仲間であるはずのシャイニングの姿が妙に威圧的に見えて、それ以上言葉を紡げなくなってしまう。

それでは、まるで相方にだけリスクを背負わせているような言い方じゃないか、という深層心理が働いた結果かも知れなかったが。

日よった紅葉はとりあえず、現状の戦況について聞くことにした。

「そ、それで…敵は倒せたんでしょうか?」

「あぁ、うん。どっちも倒した。できれば自分を吹き飛ばすようなことはしたくなかったんだが、まぁ敵が強かったから仕方ないな」

自分を吹き飛ばす、その言葉にあまり突っ込まないようにして紅葉、改め魔法少女トロイメライダークは最終確認をした。

「生き残りはいませんでしたか?あと、生死確認はしっかりしましたか?」

「おう大丈夫、細かいなぁダークは」

そのとき、シャイニングの携帯、そしてアパートにいる紅葉の携帯が振動してメール受信をお知らせした。一旦分身とのリンクを切った紅葉が確認すると、


蛙型怪人 1

蛇型怪人 1

計2体の駆除を確認しました。

報酬は後ほど入金されます。


と書かれている。

「よし」

と呟いて、紅葉は変身を解除した。

それから思い出したようにまた変身した。


 黄泉路紅葉が変身する魔法少女は、ゴスロリ風の忍者のような見た目をしている。

ゴシックロリータ特有の黒を基調にした生地に、レースやフリルを大量に付けた和服のようなデザインで、何故か大きく開いた胸元には、薄紫の宝石が嵌っている。

そして、どういう忍者のイメージから引っ張ってきたのか網タイツである。

正直かなり恥ずかしい。

変身時は顔や体格が完全に変わっているのがまぁ、救いと言えば救いだ。

おそらく研究所が開発したコスチュームなのだろうけど、もう少しいいデザインは無かったのだろうか。いや、キャラクターとしては良いデザインなのかもしれないがそういうことでなく。

着ても恥ずかしくない衣装じゃ駄目だったのか、という意味だ。

最近広告で見るゲームとコラボしているとかいう話も聞くから、そういった、商業的な意味合いも兼ねているのだろうがせめてもう少し…。

なんて思うようなコスチュームだが、それ以外は良い。というか、顔が良い。

二重で、睫毛が長くて、少々吊り目気味の目はぱっちりで。

勿論それ以外のパーツも綺麗に整っている。

プロポーションも完璧だ。

もう少し胸があったって良いんじゃないかとも思うが、魔法少女というのはそもそもそんなものだろう。

ともかくまごうことなき美少女だ。

乱雑に散らかった紅葉の部屋で変身しても、そこだけ輝いてみえるくらいの。

そして紅葉が今変身した理由もその容姿だった。

「さてさて、どんな服にしよっかなぁ」と紅葉はクローゼットを漁る。

そして、何着か気に入った組み合わせを探して、選んだその内一つを分身に着せて向かわせた。どこへ?そりゃ勿論お目当ての少年のところだ。


 話は変わるが、黄泉路紅葉はストーカーである。元々はとあるネットアイドルの追っかけをやっていたのだが、ある日を境に本人の素性にも興味を持ち、調べていく内にストーカーになった。

様々な手段を駆使して得られた彼の住所のなるべく近くに住み、なるべく同じものを食べ、なるべく同じものを買って、しかし極力本人とは接触しないように過ごしてきたが、魔法少女に変身できるようなったことで彼女のたがが少しだけ外れた。元々結構危ういところまで手を出していたから大差は無かったけど、それでももう少し大胆になったのだ。

というのも、そのアイドルは女性アイドルとして活動している男なのだが、もう一度間違いの無いよう繰り返すと、そのアイドルは女性アイドルとして活動している男なのだが、魔法少女の姿であれば彼に釣り合う人間になれるかもしれないと紅葉は思ったのだ。思ってしまったのだ。

 ただ、彼女の優柔不断な性格が災いし、或いはそのアイドルにとっては幸運し、今までは実行に至らなかった訳だがそれも今日で変わる。

極めて個人的で極めて大きな一歩を踏み出すのだ。まぁ、これは紅葉がいつも言っていることで、つまり明日からダイエットするとほぼ同意義でもある。

 突然だが、彼女は彼と完璧なお付き合いをするために様々な準備をしてきた。

(まだ話しかけたこともないが)それはもう綿密なデートプランを組んだし、彼に合わせるため様々な服を買ってクローゼットに入れておいたし、(相手は未成年だが)家族計画も準備万端で、肝心の彼のスケジュールも(本人に直接確かめた訳では無いけれど)できる限り完璧に把握していた。あとはあいつさえいなければ、そう考えるがそこは運だ。

仕方無い。ともかく紅葉はこの特に何とも無い日を世界で一番特別な記念日にしようと、結構な情熱を向けていた。


 一方、ストーカーされている側であるネットアイドルのシオン、本名でいうと大嵐おおあらし至音しおん、大嵐家の三男(だと本人は思っているが実は違う、まぁそれは今どうでもいいが)でもある彼はごく普通の中3として帰路についていた。

呑気にも、妙に上手い鼻歌なんぞを歌いながら歩いていた。

そこへ現れた黄泉路紅葉(分身体)。

用意できる限りの勝負服に着替えた彼女はそんな彼の後ろから電柱の影に隠れつつ付いていく。

振り向かれ対策も万全になるべくしゅっとした服を着てきた彼女は電柱をしゅばっと渡り歩くように、さながら忍者のように(彼女のコスチュームのことを考えると比喩にならないかもしれないが)少しずつ至音に接近していった。

その様子は例え、どんな美人であろうと傍目にはとても怪しいやつだ。

というか誰であろうと、その行動自体は限りなく怪しい。

しかし仕方の無いこと。

実際彼女はストーカーだし、だとすれば怪しく見えるのではなく怪しいのだ。

彼女としてはそんな立場に甘んじるのは酷く腹立たしいことだが、それでも実際事実は事実。

彼女にもそのくらいは弁えていた。たぶん。

だが、このもどかしい関係も今日で終わりだと。

そう呟いた分身の向こうの彼女が決意を固めた瞬間、

「おい手前てめぇ、もしかしてアタシの弟になにかする気じゃねぇだろうな?」

と屋根の上から声が届いた。


 ちっ、と舌打ちが響いた。マナーが悪い黄泉路紅葉さん(21)である。

分身ではなく本体の方だった。近くにあったペットボトルの麦茶を一口飲んで喉を潤してから、彼女は言った。

「もう見つかるとかまじツイてねぇ」

件のあいつだった。より具体的に言うならば彼女は大嵐おおあらし天上てんじょう、大嵐家の長女、身長190センチ超の長身から繰り出される攻撃はビルを破壊する、大嵐の格闘最強で有名な、といっても読者諸兄は知らないだろうけど、とにかくやばい奴なのだった。

 彼女は山猫のようにしなやかな手足を躍動させて紅葉の分身の前に降り立つ。

そして、その長身を魔法少女の低身長に合わせるように(最も、傍目にはガンをつけているようにしか見えないポーズで)屈んだ。

「手前ぇどっかで会ったな。アタシゃ顔の物覚えが悪いほうだがよ、お前は見たことある」

確か前にぶっ倒したやつだ、……ありゃあ何でだったっけ。

そう呟いた天上が首を捻る。

どうやら以前会ったことを覚えていないらしかった。

それを聞いた紅葉は、こいつ脳まで筋肉でできているのかと呆れたが、しかしチャンスだ。

天上が腕を組んだ隙を狙って、紅葉は天上の横を通り抜けようとする。

が、(分身には無いが)頭蓋が吹き飛ぶような錯覚と共にモニターが途切れた。


「あぁあああああっ!まじ最っ悪だぁああああああああああ!!!」

ほんと許さねぇ何だよあいつ、てか服に使った金はどうなるんだよくそがと愚痴愚痴言いながら、変身を解除した黄泉路紅葉は彼女のすぐ側にある薄っぺらな布団に寝転んだ。寝転んでじたばたした。

前回もそうだった。

何故かあいつはタイミング悪くやってくるのだ。

あと少しでいけるんじゃないかってときに示し会わせたようにやってくる。

本当ならこのままリベンジと行きたかったが、あいつがいる限りそれも叶うまい。

こうなると今日はもう駄目だな、と判断した彼女は買い出しに行くことにした。

そろそろ冷蔵庫の中の食料だって尽きかけだったし、今日使う予定だった時間はそっちにまわすか、と思った。


 それから、少し家でゆっくりしてから出かけて、米と、野菜と、肉や魚の割引されたやつを買って、あとついでにビールを含む飲み物の類やスナック菓子を買って帰るか、と計画して。

重たいレジ袋を持ちながら、魔法少女ならこれも一瞬なのになぁと考えて(しかし魔法少女は有名なので下手に変身できない、本当ならさっきやったような能力の私的利用もあまりよろしくない)、まぁ流石に無理かと諦めた紅葉は大人しく帰ることにした。

 帰り道、外の記録的な暑さに、またも魔法少女の体の便利さを痛感した頃(魔法少女の体は常に完璧な状態に保たれる)。

黄泉路紅葉は、額を滑る汗をシャツの裾で拭い、自販機で何か冷たい飲み物を買おうと財布を取り出した。

のだが、肝心の財布を取り落としてしまう。

暑さで一瞬意識を奪われかけたのも理由のひとつだったろう。

ともかく、その結果発生する事態は当然の帰結としか言いようがなく。

開いた彼女の財布からじゃらじゃらと小銭が落ちた。

「あっ、あぁああ!」

やっちゃった、今日はなんてツイてないんだ。

そう思いながらもそれが声にならない彼女は、しゃがんで小銭を拾い集め始めた。

と、そんなとき。

「あの、大丈夫ですか?僕でよければ手伝いますよ」

どこからともなく。というか頭上から聞こえた声に、紅葉は反射的に顔を向けた。

すごく聞き覚えのある声だった。

つまりたった今、彼女の側で小銭を拾い始めた少年は、

「っ⁉」

彼女が愛してやまない大嵐至音その人であった。彼女の不幸メーターがマイナスに振り切れた。

ハッピーの目盛りが限界突破した。

でも何故?彼の帰り道はここじゃないのに。もしかしてあの後、何かあったのだろうか?

いやでも、それにしたって遅すぎないか?

もう、私が買い物に出てからかなりの時間が経っている。

いや、今はそんなことどうだっていい。

ただ。この時間、一分一秒を噛み締めよう。

そう彼女は思った。


 それで、なんとか全ての小銭を集めきって。

特に何事もなくお別れを言い、前後不覚のような状態でなんとか家に帰り着いた紅葉は。

一旦買ってきた物を置いて、ソファに座って。

それから五指で何か感じ取ろうとするように己の心臓を押さえた。

耐久年数平均八十年のその臓器はどっどっどっといつもより速い鼓動をキープしている。

その速ささえ愛おしいものであるかのように、彼女は己の腕を抱きしめて、ほうっと息を吐いた。

それから。

ぞくぞくっと背筋を駆け上がってきた恍惚を一旦鎮めたあと、至音が拾い集めた効果だけを財布から抜き出して眺めた。

小銭はきらきら輝いて見えた。

当然、日の光に当たって輝いてはいたけど、おそらくそれ以上に。

 紅葉は、それを何故か越してきたときから設置されていた神棚に飾り、今日から毎日拝もうと思った。


 後に、その神棚について詰問された紅葉が一切口を割らなかったことで大騒動が起きたが、それはまた別の話である。

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