Day.4 忙しい日でも、作り置きで美味しい食事

day.1

PM6:00

最寄駅の改札を抜けると、果穂の後ろ姿を見つけた。

「果穂」

「あっ、隼人くん!お疲れ様」

コロナの流行をきっかけに完全に在宅勤務になった隼人だったが、今週は珍しく4日間本社への出勤がある。

「スーパー寄る?」

「ううん、特に買うものもないし平気」

勤務地は違うが、同じ時間帯に最寄り駅に着く果穂と待ち合わせをした。手を繋ぎ駅から一緒に自宅を目指す。

9月になって一気に秋めいた。

今年の夏は非常に暑かったが、終わるのもあっという間だった気がする。最低気温も下がり、夜になると風が心地いい。

蝉の鳴き声もいつの間にか聞こえなくなっている。

駅から15分ほど歩き、自宅に辿り着いた。

家に入り、手洗いうがいを済ませて早々に隼人はキッチンに向かう。エプロンを装着すると冷蔵庫からフリーザーバッグを2つ取り出す。

1つ目は、ただ千切りにしたキャベツ。

沸騰した湯にそれを入れ、顆粒の出汁の素を少し。キャベツが柔らかくなってきた辺りで味噌を投入し、生卵を2つ落とし入れた。

2つ目は一口大に切った鶏もも肉とたまねぎを、すり下ろしのにんにくとバター、ポン酢で混ぜ合わせたものだ。フライパンに薄く油を敷きジップロックの中身をそのまま投入し炒める。鶏肉に火が通ったら完成だ。

あとは冷蔵庫にあったトマトをスライスし、オリーブオイルと岩塩を振りかけるだけ。

「出来るよー」

「早っ!」

「ごはん盛ってくれる?」

「了解」

朝炊いておいた白米を果穂が茶碗に盛ってる間に、キャベツと卵の味噌汁と、鶏肉と玉ねぎのガーリックバターポン酢、スライストマトをテーブルに運んだ。

夕食の準備が全て終わり、2人が席に着く。

「「いただきます」」

一気に炒めただけの炒め物は、冷凍庫で寝かせていたお陰か肉にしっかりと味が染みている。玉ねぎのシャキシャキとした食感が残っていて美味しい。

「美味しい。隼人くんも出勤だったのに、やってもらっちゃってごめんね」

「ううん、大丈夫。今日はトマト切っただけだから」

「そうとは思えないくらいちゃんとしたメニュー。本当、助かります!」

「果穂は体が資本なんだから、ちゃんと食べないとね」

果穂は保険屋の営業で、暑い日も寒い日も一日中外回りに励んでいる。

以前は毎年恒例行事のように夏バテをしていたが、隼人と結婚し、隼人の手料理を食べるようになってからは一度もしていない。

「隼人くんのお陰で今年も何とか夏を越せそうです」

「それは良かったです」

キンキンに冷えたスライストマトが、体に篭っている熱を冷やしてくれる。トマトにはオリーブオイルと塩だけ、というシンプルな味付けが2人の好みだ。

「でもさ、夏でもやっぱりお味噌汁は飲みたくなるよね」

「あると落ち着くよね」

キャベツと卵の味噌汁は、和食にも洋食にもあうので、よく食卓に登場する。卵をあまりかき混ぜず、形が残る状態のまま煮込むのがポイントだ。

キャベツは千切りにしてフリーザーバッグに入れておくと、いろんな料理に使えるから良い。

「隼人くん、お風呂さっき沸かしておいたから先入ってきて」

「え?いいの?」

「うん。洗い物やっとく」

「サンキュ」

料理が全て無くなり、少し食休みを挟んでから隼人は湯船に浸かった。

最近は暑くてシャワーだけで済ませていたが、これからもっと頻繁に入ろう、と隼人は肩まで湯に浸かり目を閉じて考えた。

風呂も味噌汁と一緒だ。暑いと距離を置かれがちな存在だが、やはりあると良い。


day.2

PM6:00

[早く着いたから駅前のコンビニにいるね!]

果穂からのLINEを見て、最寄りの駅に到着した隼人もコンビニに向かう。

在宅ワークになってすっかり忘れていたが、通勤や帰宅ラッシュの電車ほど体力を奪われるものはない。

格闘ゲームのような体力ゲージがもし目に見えているとしたら、今の隼人は限りなく0に近く点滅している状態だ。この電車に毎日乗って仕事や学校に通っている人を心底尊敬する。

コンビニに着くと、新作のアイスを物色している果穂を見つけた。

「お疲れ」

「あっ、隼人くんおかえり!」

「なんかいいのあった?」

「今、紫芋とモンブランで迷ってるところ。かぼちゃプリンはゲット済み」

「じゃ2つ買って半分こしようか」

「そうしよう!」

今晩のデザートを確保し、コンビニを出た。エコバックと反対の手を繋ぎ自宅を目指す。

自宅に到着し、隼人は手洗いうがいを済ませるとすぐに夕食の支度に取り掛かった。

今日も大助かりの作り置きシリーズだ。冷蔵庫からフリーザーバッグを2つと、もやしを1袋取り出す。

まずはもやしの袋を開けて水で軽く洗い、そのまま電子レンジへ。

500wで2分間温めて、ごま油と鶏がらスープの素を入れ再び2分間温める。

熱々の袋をミトンをはめた手で持ち、袋に入ったまま菜箸でかき混ぜ、味が馴染んだら皿へ盛る。

飾り付けに白胡麻をふりかけて、たったこれだけでレンチンもやしナムルの完成だ。

次はフライパンに胡麻油を敷き、フリーザーバッグの中身を炒めるだけ。ざく切りにカットした白菜と豚バラと塩昆布には軽く酒を混ぜた状態でフリーザーバッグに入れてある。

味付けは塩昆布の塩味が効いているからそれだけでOK。白菜の芯の部分にしっかりと火が通ったら完成だ。

最後に、もう1つのフリーザーバッグからカットしてあるニラを取り出した。

片手鍋にニラを入れ、絹豆腐を手で大きめにちぎって入れる。そこに豆乳を入れて、鶏がらスープの素とラー油を一周回す。

ニラが柔らかくなってきたらスープの完成。

「よしっ、出来た。果穂ー!ごはんよそってー」

「了解ー!」

風呂掃除をしていた果穂が小走りでやってくる。

「今日も15分くらいで全部作っちゃうの隼人くんさすがすぎる!」

「ちなみに今日は包丁使ってません」

「マジ!?」

テーブルに全て料理を並べ、2人で席に着く。

「「いただきます」」

「スープ、もっと辛くしたかったらラー油足して」

「ううん、隼人くんこれ味付け絶妙だよ」

果穂が豆乳スープを飲みながら目を丸くする。

「炒め物も美味しい。やっぱこの組み合わせ間違いないよね」

「どんなにてきとうに作っても絶対美味しくなるよね」

塩昆布は食材としても調味料としても本当に万能だ。炒め物に入れると、昆布の風味が非常に良いアクセントになる。

「もやしナムルも美味しいね。シンプルなのにごはんめっちゃ進んじゃう」

「果穂、デザートもあるからね」

白米を口に運び続ける果穂を見て思ず隼人が呟く。

「そうだ…お腹とっとかないと…」

「今日お風呂一緒に入る?」

「えっ!?」

「一緒に入っちゃった方が時間短縮だよ。2人でアイスも食べれるし」

「隼人くんったら…」

わざとらしく照れる果穂を見て、隼人が笑う。

そんなくだらないやりとりをしながら、あっという間に完食してしまった。

「はぁー、今日もどれも美味しかった。隼人くんありがとう」

「いえいえ」

「「ご馳走様でした」」

そして食器を片付け、2人で風呂に入った。


day.3

出勤3日目にしてハプニングが発生した。

職場のパソコンが突然フリーズし、一時間程パソコンと格闘したせいで帰宅時間が大幅に遅れてしまった。

いつも果穂と同じ時間帯に駅に着いていたのだが、今日ばかりはさすがに間に合わない。

[果穂、今日先に帰ってて!ちょっと遅くなります]

すぐにLINEを送った。

[了解!私ご飯作ってようか?…作れるかな?]

果穂から返事が来て、今日用意していた作り置きのメニューを思い出す。

[果穂でもできると思う!]

そして、調理方法を1から順に記載したLINEを送った。


帰宅してキッチンに入った果穂は、スマホを壁に立てかけ、隼人から送られてくるLINEの通りに調理を進めた。

[①フリーザーバッグの中に入ってる鶏肉を、魚焼きグリルに入れて弱火で5分]

「フリーザーバッグ、フリーザーバッグ…これか」

言われた通りフリーザーバッグから中身を取り出すと、黄土色の何かに漬けられた鶏肉が出てきた。少しスパイシーでツンとした香りがする。

魚焼きグリルに並べ弱火にかけると、キッチンタイマーを5分にセットした。

[②その間にミニトマトを半分にカット、レタスを数枚ちぎる]

普段料理をしない果穂でもトマトをカットするくらいは出来る。野菜室からトマトとレタスを取り出し、言われた通りにカットした。

[③鶏肉をひっくり返してまた5分]

ちょうどキッチンタイマーが鳴り、グリルを開けるとこんがり表面が焼けた鶏肉が香ばしい香りを放っている。

「これは、タンドリーチキンだな…!」

カレーの香りが非常に食欲をそそる。

鶏肉をひっくり返して再びキッチンタイマーを5分セットした。

[④パントリーに粉末のクラムチャウダーがあるからお湯を沸かしてそれを入れる]

粉末のクラムチャウダーをマグカップに入れて、やかんでお湯を沸かし、少し湯気が立ち始めた頃玄関からガチャと音がした。

「ただいまー!果穂、大丈夫?」

「隼人くんおかえりー!今のところ大丈夫!」

「変わろうか?」

「ううん、私やっておくから隼人くんゆっくりしてて」

「ありがと」

キッチンからタイマーの音がした。グリルを開けると裏面もしっかり焼けている。

隼人はすぐそこにいるのだが、LINEの画面を見て

次の工程を確認した。

ごはんをカレー皿に盛り、こんがり焼けたタンドリーチキンと半分に切ったトマト、適当にちぎったレタスを並べる。

「おお、お洒落ー」

カフェで出るようなワンプレートのタンドリーチキンが完成だ。湯を沸かしただけだがクラムチャウダースープも一緒にテーブルに持っていく。

「お、これこれ!こういう風に作りたかったんだよ」

まず見た目は合格をもらえて安心。

「「いただきます」」

隼人がタンドリーチキンを一口齧った。

「うん、美味い!」

「良かったー。せっかく隼人くんが仕込んでくれたもの台無しにしちゃったらどうしようって不安だったから…」

安心して、果穂もタンドリーチキンを口に運んだ。

カレーの味が中までしっかり染みている。皮のパリッとした食感と身のジューシーさが際立っていて非常に美味しい。

「美味しい!これカレー屋さんで食べるタンドリーチキンの味だ!いつから漬け込んでたの?」

「5日前くらいかな?漬け込むっていうか…冷凍庫で放置してただけなんだけどね」

「中までしっかり味が染みてて美味しい!これカレー粉と何?」

「カレー粉とヨーグルト!あとは塩、ハチミツ、ニンニク、生姜、クミンだね」

果穂がフリーザーバッグから鶏肉を出した時に感じた爽やかな香りの正体はヨーグルトだった。

作ってあるものを、言われた通りに作っただけただが、美味い美味いと食べてくれる隼人を見ていると、気持ちが満たされる。

「私何もしてないけどさ、美味しいって言ってもらえるのって嬉しいね」

「そうだよ。いつも美味しって言ってくれてありがとね」

「こちらこそ、美味しい料理をありがとう」

たまに逆の立場になってみるのも良い。

温かい気持ちに包まれながら食事の時間を過ごした。


day.4

AM10:00

[今日月見バーガー食べない?]

会議が終わり、職場で携帯を覗くと果穂からLINEが来ていた。

[OK]

すぐに返事をして、携帯をポケットにしまった。


PM6:30

仕事終わりに駅前のファストフード店で待ち合わせし、月見バーガーを購入した。近くのコンビニでビールも買い、自宅の近くの公園のベンチに腰掛けた。

満月ではないが明るい月が空に登り始めている。本当に日が暮れるのが早くなった。

月見バーガーを食べながらビールとポテトを楽しむ。

たまに食べるジャンクフードの美味しさは何者にも変え難い。

明日からまた隼人は在宅勤務になる。

たった4日間だったが、駅で待ち合わせをして果穂と一緒に帰ったり、こうやって仕事帰りに一緒に寄り道するのも、付き合い始めた頃のような気持ちになることが出来て幸せだった。

「美味しかったー」

「じゃ、帰ろうか」

手を繋いで自宅を目指す。

さっきよりも高い位置に登った月が、2人を眺めていた。




To be continued


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