第96話 要らない子

 翌朝。外が晴れることはありませんでしたが風は止み、降り続いた雪も収まっていました。ですが、過ぎ去った嵐は両親の命も連れ去って行きました。

 二人の異変に気付いたのはお昼近くになってからだったと思います。最初は寝ているだけだと思っていた私でしたが、咳き込む音が聞こえないことに二人の様子を覗うと既に身体は氷のようになっていました。

 幼いながらも異変を察知した私はすぐに大人の人を呼びに行きました。

 「おかあさんたちがつめたいの!」

 小さな私の訴えに隣の家に住む人が様子を見てくれました。ですが母の身体に触れるや否や首を横に振りました。

 「ソフィア。君のお母さんとお父さんは天に召されたよ」

 「てん?」

 「可哀そうに。君はこれから一人で生きて行かなければならない」

 彼は一通りのお悔やみを告げると家から出て行きました。当時の私には理解が難しかったと思います。それでも両親が死んだということは理解できましたし、彼の本心は『面倒なことになった』と思っていたに違いないでしょう。

 誰かが亡くなっても関心はない。いえ、貧しい中で「明日は我が身かもしれない」そんな恐怖心があったのでしょう。あの村はそういうところです。

 「ソフィア。残念だったね」

 村長さんをはじめ、村の人たちが家にやってきたのはその日の午後でした。彼らも私に言葉を掛けてくれますがそれはただ社交的な言葉を述べただけ。表情に悲しさは微塵もありませんでした。それだけこの村の住人には心の余裕がないのです。

 「二人は村の墓地に埋めよう」

 シーツに包まれただけの遺体は村長さんの号令で家から運び出され、村の奥にある墓地へ向かいます。私は村長さんに手を握られ、その行列の最後尾を歩きますが両親を亡くしたという実感はありませんでした。言葉では理解できても思考が追い付かないと言うのが正解かもしれません。

 村の墓地に到着するとすぐに二人を地面に安置し、形式的な葬儀と同時進行で埋葬用の穴が掘られました。棺のない遺体をただ埋めるだけなので深さは必要なく、1メートル満たない深さに掘られた穴。とにかく簡素に済ませようとするのは無駄な体力を使うまいと言う、この村特有の知恵みたいなもの。その日食べる物にも困るこの村では死者への弔いすら余計な労力と思われているのです。

 「それじゃ、ソフィア。お父さんたちにお別れを言いなさい」

 葬儀も終わり、全ての準備が整ったところで村長さんが私に声を掛けました。いまはもうなんと言ったのか覚えてません。けれどようやく頭が現実を受け入れ始めたことはいまでもはっきりと覚えています。これから一人で生きていくんだ。両親を亡くした悲しさよりも先にそのことが頭を過りました。


 ――どうするんだ。この子。


 両親の埋葬が進む中でそんな声が耳に入ります。村にとって孤児はただのお荷物。誰も引き取りたがりません。雰囲気でそれを察しました。だからこそ親の死を悲しむよりも生きることに執着したのかもしれません。


 ――もうすぐ雪解けだ。そうなれば外へ売りに行ける。


 そっか。私、売られるんだ。

 この国で人身売買は非合法とされています。見つかれば処罰されますが、その裏で取引が行われていることを知ったのは薬師になってから。当時は合法かどうかなど知る由もありませんでしたが、私は誰かの「商品」になるんだと幼いながらに思いました。

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