第86話 薬師の仕事だから

 火の勢いが収まってきたのは翌朝のことです。一晩中無風状態だったのが幸いしたのか近くの森に飛び火することなく、鎮火状態となったのは昼過ぎ。残り火が燻る状態ではありましたがようやく建物内へ立ち入れるまでになりました。

 「ソフィーちゃんはそこにいな。まだ火が残ってるし柱が崩れ落ちないとも限らねぇ」

 行方不明となっている夫婦の捜索に加わろうとしますが危ないからと止められ、私は捜索を村の人たちにお願いすることになりました。

 (……酷く燃えちゃったね)

 昨夜から燃え続けた家の屋根は焼け落ち、黒く炭化した柱と焼け残った一部の壁だけが残っています。この様子だと夫婦の生存は絶望的です。おそらく私に出来るのは死亡診断書を書くことくらいになりそうです。


 ――いたぞ!


 男の人たちが焼け跡に踏み入って数分。誰かがそう叫んだと同時に「ソフィーちゃんは来るな」という声が聞こえました。

 「酷すぎる。いくら薬師でもソフィーちゃんには見せられねぇ」

 廃墟と化した家屋のある一点に集まった男性陣の中には目を背ける人や手で口を覆う人もいます。つまりそういうことです。

 (――行かなきゃ)

 私は大きく息を吸うと意を決して数メートル先の焼け跡に向け歩き始めました。一緒にいたエドもそれに続きますが私は彼に付いてこない方が良いと警告しました。本来なら私がエドに言われる立場なのかもしれませんが私は薬師です。薬師ならどんな状態であっても遺体を診なければなりません。

 「エドはそこにいて」

 「け、けどさ……」

 「いいから。そこにいて」

 少しだけ語気を強めた私になにかを感じてくれたのかエドは「わかった」と私一人で遺体を診ることを許してくれました。

 「ソフィーちゃん。ほんとに良いのか」

 「はい。これも薬師の仕事ですから」

 「そうかい……こっちだ」

 「これは……」

 酷い。村の人たちに囲まれた二人分の遺体はヒトの形こそ保っているもの性別すら分からないほど損傷しています。状況からこの家に住む夫婦であることは間違いなさそうです。

 (……焼死体ってこんなに酷いんだ)

 黒く焼け焦げ、鼻を突くような臭いが残っている焼死体に顔をそむけたくなります。薬師と言う仕事をしていなければとっくにこの場を離れていると思います。

 「ソフィーちゃん、大丈夫か」

 「は、はい。この家に住んでいたのは二人だけですか」

 「そうだ。この二人で間違いなさそうだな」

 「そうですね。死亡診断書は『焼死』で作成します」

 ここまで損傷が酷いと死因を究明するまでもありません。私は後のことをその場にいる人たちに任せて薬局へ戻ることにします。遺体の状態が確認できた以上、油断すれば吐き気を催すこの場に留まりたくありません。

 「それでは私はこれで。診断書は出来上がったら村長さんにお渡ししますね」

 最後に亡骸となった夫婦に祈りを捧げ、廃墟と化した家屋を抜け出して近くで見守っていたエドのもとに駆け寄りました。

 「大丈夫か」

 「うん。平気」

 「嘘つけ。大丈夫なやつはそんな顔しねぇよ」

 「……うるさい」

 黙って胸貸しなさいよ。あんな酷い死体は二度と見たくない。目に焼き付き離れない遺体のことを忘れようとしているのか涙が止まりません。そんな私を優しく受け止めてくれるエドは私を抱きしめてくれるのでした。


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