第67話 約束

 「これで手続きは終了ですね」

 「はい。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」

 「いえ。私の方こそ急なお話を快く引き受けて頂き感謝しています」

 「貴女の今後に幸多からんことをお祈りします。それではこれで」

 契約書を手に立ち上がるルイスさんに合わせて私も立ち上がり、会釈を交わして診察室を出て行く彼を見送る私。玄関まで見送るのが礼儀だけどそれはエドに任せ、少しだけ一人になる時間を作りました。これで全部終わり。あとは明日、王都を出る前に協会に寄ってここの鍵を渡すだけ。

 (いろいろあったな……)

 ほとんどの物を処分して殺伐とした空間になった“元”診察室。その奥に続くのは調薬室と二階へ繋がる階段。

 (ここに来たばかりの頃は階段に座って師匠の仕事見てたよね)

 あの頃は自分が薬師になるとは思ってなかった。いつからかな。師匠みたいな薬師になりたいって思うようになったのは。患者さんを診て、一人一人に合わせて薬を作る姿が格好良くて。そんな師匠に憧れて――

 「――あはは。また泣いちゃってるよ」

 まだ流せるだけの涙が残ってたんだ。もう泣けない、泣かないと思っていたのに静かに頬を流れる涙に笑ってしまう。

 「ソフィー?」

 背後から聞こえた声に振り返る私。エドにこんな情けない顔何度も見せたくないけど、見られちゃったら仕方ないよね。

 「そんなジロジロ見ないでよ」

 「うるせぇ。ちょっとこっち来い」

 「なによ……って⁉」

 近寄る私をギュッと抱きしめるエドに恥ずかしさより怒りに近いなにかが強くなる私は声のトーンが低くなる。

 「なによ」

 「強がるな」

 「え?」

 「おまえ、まだ泣いてねぇだろ」

 「泣いたわよ」

 「嘘つけ。ルークさんが死んだことで泣いてねぇだろ」

 「っ⁉」

 なんで気付いてるのよ。必死に堪えていたのにどうしてそんなこと言うのよ。

 「変なとこで意地張るなよ」

 「余計なお世話よ」

 「見なかったことにしてやるから、最後くらい思い切り泣けよ」

 「……アリサさんには内緒だからね」

 「言う訳ねぇだろ」

 「……死んじゃったよ……師匠が死んじゃったよ!」

 ずっと堪えていたものが一気に溢れ出し、エドの胸を借りて思い切り泣く私はこれまで誰にもぶつける事が出来なかった感情を爆発させました。

 「薬師なのに! 私薬師なのに何も出来なかった!」

 私は師匠に助けられた。薬師になる夢も叶えられた。素敵な人たちにもたくさん出会えた。それなのに私は、私は――!

 「――なんでっ、なんで死んじゃっちゃのよ! やっと親孝行できると思ったのに! これからいっぱい親孝行したかったのにっ」

 「いまからでも出来るだろ」

 「出来ないよ!」

 「ルークさんの分まで生きろよ。生きて、国一番の薬師になれよ。それが一番の親孝行だろ」

 「国一番の薬師……」

 「ソフィーなら大丈夫だ。俺が保証する。だからいまは思い切り泣けよ」

 「エド――うん。ねぇ?」

 「なんだよ」

 「エドはずっと傍にいてくれるよね」

 「約束する。だからいまルークさんの事だけ想えよ」

 「うん」

 優しく抱きしめてくれるエドをギュッと抱きしめ返し、私は声を上げて、涙で顔がぐちゃぐちゃになるのも気にせず泣きました。

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