第51話 私の救世主

 

 ――ウチに薬師になにしてんだよっ!


 怒鳴るような声と同時でした。私に迫っていた男性が鈍い音と共に横へ飛ばされ、床に倒れ込みました。男性はあまりの衝撃で気を失ったのかビクともしません。

 (……助かった?)

一瞬の出来事に脳が追い付かない私。すぐに状況を飲み込めませんでしたが怒りに満ちたエドの顔が視界に入り、ようやく彼が男性を殴り飛ばしたのだと理解しました。

 「エド!」

 「ソフィー! 怪我してないか⁉」

 「エ、エド……っ!」

 「ああもう! 泣くな。もう大丈夫だから。な? てめぇ! ウチの薬師に手を出そうなんて良い度胸してんな!」

 「ダメ! これ以上はダメ!」

 気を失い、倒れ込んだままの男性の胸ぐらを掴み拳を上げるエドを慌てて止める私。おかしな光景かもしれないけど、これ以上は過剰防衛になってしまう。

 「私は大丈夫だから。ね? これ以上はエドが犯罪者になっちゃう」

 「構わねぇよ!」

 「エド!」

 「ソフィーを泣かせたんだ。きっちり落とし前付けさせてやる」

 「だからダメだって!」

 いまにも殴り掛かろうとするエドの腕を掴んでそれを阻止する私は必死でした。こうなるともう誰が被害者なのか分からない。

 「少し落ち着こう。ね? 私は大丈夫だから」

 「こら離せっ」

 「離さない! いまのエドは頭に血が上ってるだけ。少し冷静になろ?」

 「俺は冷静だっ。おまえをこんな目に遭わせたんだ。黙ってられるか!」

 「全然冷静じゃないよ! お願いだから少し落ち着いてっ」

 また涙が出てきた。こんな泣きじゃくった顔は見せたくない。俯く私だけどこの涙はエドに対する感情の表れ。まさかエドがここまで冷静さ失うなんて思わなかったよ。

 「……お願いだからいつものエドに戻ってよ」

 「ソフィー?」

 「いまのエドはエドじゃないよ……嫌だよ」

 「――まったくだ。エド、気持ちはわかるが冷静になれ。深呼吸すると良いぞ」

 「はい……アリサさん?」

 「え?」

 俯いていた私は顔を上げ、聞きなれた声に振り返るエドと同じ方向――玄関ドアの方を見ました。開いた扉の傍には件の薬局に向かったはずのアリサさんが腰に手を当て、呆れ顔で私たちを見ているではありませんか。

 「エド、ソフィー殿を見ろ。おまえが我を失うから泣いているじゃないか。まったく、ソフィー殿を守ると決めたのなら少しは大人になれ」

 「すみません――って、なんでいるんですか」

 「道中で薬師は何処だと人に尋ねられたんだ。向こうを勧める訳にはいかんからソフィー殿を紹介したんだが、引き返して正解だったようだな」

 「もしかしてアリサさんに声を掛けたのってそこに転がってる?」

 「ああ。おまえが殴り倒したやつだ――ソフィー殿」

 「は、はいっ――アリサさん?」

 急に名前を呼ばれて思わず背筋を伸ばしてしまう私だけど、アリサさんはそんな私をギュッと抱きしめてくれました。

 「アタシのせいで怖い思いをさせてしまったな。こんなに泣いてしまって。本当に悪かった」

 「もう大丈夫ですよ。エドが助けに来てくれましたし。エド、少しは落ち着いた?」

 「あ? ああ。その、悪かった。怖い思いさせたな」

 「私の為なんでしょ? ならもう良いよ。ありがと」

 「それはそうと、アリサさん?」

 「なんだ?」

 「話を聞いてると、俺がコイツを殴った時にはいたみたいですけど、助けようと思わなかったんですか?」

 「え?」

 「そうですよ。自分だけ安全な場所から様子見なんてひどくないですか」

 「い、いや。ほら。アタシも女だし、足手纏いになるだろ?」

 「「へぇー」」

 「あ、危なくなったら加勢するつもりだったんだぞ」

 「そうですか」

 エドがジト目でアリサさんを見てる。助けに来たのにやり過ぎだって怒られてふて腐れてるのかな。

 「エド?」

 「なんだよ」

 「助けてくれてありがと。私ね『エド助けて』って心の中で叫んだの。そしたらエドが来てくれた。本当に嬉しかったよ」

 「な、なんだよ急に」

 「あ、ふて腐れたかと思ったら今度は照れてる~」

 「うるせぇ。それよりコイツどうするんだよ」

 よほど居心地が悪いのかバツの悪そうな顔のエドは傍らで気絶したままの男性に目をやります。このままにしておくことは出来ないし、こういう時はやっぱり村長さんに意見を求めるべきだよね。ただ、その前に身体は拘束させてもらうかな。

 「アリサさんは倉庫から手頃なロープを持って来てください。エドは村長さんにこの人をどうするか聞いてきてくれる?」

 「わかった。アリサさん、二人だけで大丈夫ですか?」

 「そうだな。拘束さえすれば問題ないと思うが――エド、村長殿のところへはアタシが行く。ソフィー殿と一緒にいてやれ」

 「わかりました。ソフィー、ロープは倉庫にあるやつで良いんだよな?」

 「う、うん。お願いね。アリサさん?」

 「なんだ?」

 「もしかして気を使ってくれてます?」

 倉庫へ向かうエドに聞こえないように小さな声で尋ねる私に「なんのことだ?」と知らぬ振りをするアリサさん。

 「アタシはただ、エドの方が用心棒に適してると思っただけだ」

 「もう。アリサさんも素直じゃないですね。でも、ありがとうございます」

 「まったく。それだけ軽口叩けるのなら心配する必要は無そうだな」

 「はい。エドがちゃんと助けてくれたので。そういえば、さっきエドに『私を守ると決めたなら』とか言ってましたね。どういう意味です?」

 「そ、村長殿のところへ行ってくる。ソフィー殿、エドがいるとはいえその男には気を付けるのだぞ」

 「は、はい。村長さんの方はお願いしますね」

 あれ? なんかはぐらかされた気がする。まぁ、村長さんに用事があるのは間違いから別に良いのだけど。それにしても私を襲った(と言うことにしておこうかな)男性は気絶したまま。さすがにこのままは問題だから、ロープでグルグル巻きにしたら気付け薬を使おうかな。


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