第25話 商談

 「もう! 誰よ。お昼には着くって言ったの」

 「おまえが寝坊するからだろ!」

 「起こしてくれれば良いでしょ」

 「寝坊は認めるんだな」

 「う、うるさいわね!」

 セント・ジョーズ・ワートの城門を抜けたところで言い争いを始める私たち。原因は到着が大幅に遅れたこと。まぁ、私が寝坊したのが悪いんだけど、起こしてくれないエドも悪いよね。

 「起きなかったら起こしてくれても良いでしょ」

 「何のためにテント分けたと思ってんだよ」

 「私は気にしないよ?」

 「少しは気にしろ。それでどうするんだ」

 「なにを?」

 「宿だよ」

 エドが宿の心配をするのも当然。既に日は沈み、いつもなら夕食を済ませている時間です。王都のように街燈はないけど、建ち並ぶ建物から漏れる明かりで時間を勘違いしそうになります。乗ってきた馬は城門で預けることが出来たけど、もう少し遅かったら預けることも出来なかったかもしれません。

 「馬は何とかなったけどさ、この時間から宿探すのは厳しんじゃないか」

 「それは問題ないよ」

 「当てがあるのかよ?」

 「ハンスさんの診療所に泊めてもらうことになってるの。だから宿の心配はいらないよ」

 「なんだよ。それならそうと言えよ。野宿になるかと思ったじゃねぇか」

 「野宿嫌い?」

 「あー、もういい。さっさとハンスさんとこ行くぞ。何処だよ」

 「はいはい。案内するからついてきて」

 まったく。エドってほんと心配性だよね。私だって一応、成人してるんだし自分の身くらい自分で守るよ。

 「けど、そういうとこがエドらしいよね」

 「なんか言ったか?」

 「別に。この通りを真っすぐ行ったところ。もうすぐ着くよ」

 ハンスさんの診療所はこの先、街の中心へ向かう通りとの交差点の角にあります。たしか帽子屋さんの隣だったはず。

 「あった」

 「着いたのか」

 「ほらあそこ。あの角にあるのがそうだよ。良かった。明かり点けてくれてる」

 診療時間はとっくに終わってるはず。ハンスさん、診療所の明かりを灯したまま私たちの到着を待ってくれていたんだ。

 「なんだか申し訳ないね」

 「誰かさんが寝坊しなきゃとっくに着いてたんだけどな」

 「わ、悪かったわね」

 「お、素直に謝った」

 前言撤回しようかな。薬局に戻ったら思いっきり働いてもらうから覚悟しておいてね?

 そんな身勝手な復習計画を企てていると診療所の前に到着。私は《診察終了》の札が掲げられたドアをノックしました。明かりは点いてるし、訪ねることは手紙で事前に知らせているから大丈夫なはず。

 「ごめん下さい。薬師のソフィアです」


 ――ちょっと待ってくれ。いま開けるよ。


 「良かった。ハンスさんいるよ」

 「いなきゃ困るだろ」

 「それもそっか」

 ドア越しに聞こえた声に安堵する私たちはハンスさんが扉を開けてくれるのを待待ちました。

 ハンスさんが出てきたのはそれからすぐのこと。挨拶もそこそこに中へ招き入れられた私たちは待合室を抜けた先にある診察室へ通されました。あの時は気に留めなかったけど建物の造りはウチと似ています。違うのは診察室と処置室が分かれているところかな。

 「すみません。夜遅くに来てしまって」

 「エルダーからなんだから仕方ないさ。ところで彼は――」

 「あ、エドと言います。ソフィーの薬局で店員してます」

 「なんだ店員か。てっきりパートナーかと思ったよ」

 「パートナーだって。良かったね」

 「なんで俺に言うんだよ」

 「嬉しくないの?」

 「だってなぁ……?」

 「なんでそんな顔する――あ」

 いけない。いつもの感じで噛みついてしまった私だったけど、そんな私をハンスさんは楽しそうに見つめていました。

 「君たちは仲が良いようだね。見ているこっちまで楽しくなるよ」

 「別にそんなんじゃないですよ。ウチの“店主”がお子様なだけです」

 「ちょっと! どこがお子様よっ」

 「どこがって全体的に?」

 「い、いつかアリサさんみたいになるから良いのっ」

 「二人とも、喧嘩はそのくらいにしなさい」

 「「すみません」」

 「今日は遅いし……と言いたいところだけど、手紙の件について話しても良いかな」

 「そ、そうでした」

 すっかり忘れてた。ハンスさんところまで来たのは仕事の話があるからなんだった。

 「手紙で頂いた件ですが、ウチと提携したいというのは本当ですか」

 「ああ。真面目に検討したいと思ってるよ。君もその為に来てくれたんじゃないのかい?」

 「提携するかはお話を伺って決めたいと思います。今日はその為に伺いました」

 「なるほど。考えなしに組むつもりはないってことか」

 「一応、私も経営者なので」

 先ほどまでのほんわかとした雰囲気とは違い、私とハンスさんの間にピリピリとした空気が漂います。私にとっては初めての本格的な商談。バートさんと薬用品の商談をした時とは比べ物にならないほど緊張しているのが分かります。

 普通に考えれば商談経験がない私よりもハンスさんの方が有利なはず。だけど私だって従業員がいるんだ。ウチが不利になるような取引は出来ません。

 「エド、悪いけど席外してくれる?」

 「大丈夫か」

 「大丈夫。心配ないよ」

 「エド君、わたしからもお願いするよ。これは経営者同士の話し合いだからね。先に2階の客室で先に休んでいると良い」

 「わかりました。ソフィー、何かあったら呼べよ」

 「うん。ありがと」

 「それじゃハンスさん。ベッドお借りします」

 「ああ。別にソフィアを取って食おうなんて思ってないから安心しなさい」

 「そんなことしたら俺が絶対許しませんよ」

 「ハハハ。君のところの店員は恐ろしいな」

 エドの言葉に苦笑いするハンスさん。ほんの一瞬だけ空気が軽くなったけどエドが診察室を出た途端、

 「それじゃ、本題に行こうか」

 ハンスさんの目が変わり、彼が見せる笑みに私も臨戦態勢に入ります。

 「私としてはハンスさんの提案に乗ろうと思っています」

 「そうか。それは良かった」

 「ただそれはウチに不利益が生じないと確信が持てた時だけです」

 「つまり、なぜ君と提携したいと思ったか理由が知りたいと?」

 「普通に考えれば輸送コストが掛からず、薬によっては即日納品も可能なセント・ジョーズ・ワートの薬師と組む方が都合は良いはずです」

 「そうだね。普通はそうするだろうね」

 「なぜウチを候補にしたんですか」

 「君の腕を見込んでのことだよ」

 ハンスさんの表情が柔らかくなった。その変化に私も警戒心を緩めそうになるけど、まだ緩めるわけにはいかないよね。

 「あの女性の――あれほどの怪我なら普通の薬師は処置せずに医師へ繋ぐだろう。だがそれでは命が危ない。君はそう判断して処置をしたのだろ?」

 「あの場で知識があるのは私だけでしたから。出来ることをしただけです」

 「だが結果としてその判断が彼女を救った。君が傷口の保護をしていなければ最悪の場合、感染症を引き起こして死亡していたかもしれない」

 「そうですね。私もそれを恐れていました」

 「新人の薬師でそこまで判断できる人間は滅多にいない。なにより――」

 「なんですか?」

 「こうして君はすぐに話に乗らずわたしを疑った。君はわたしが新人を陥れる悪者と思ったんじゃないのかい?」

 「それは――」

 ハンスさんの問い掛けに答えが出せない。確かに少しは疑ったけど、アリサさんの話を聞いていなければすぐに提携を結んでいたかもしれない。そんな私の心情を知ってか知らずかハンスさんは話を続けます。

 「自分の店を持った直後は何かと物入りが続く。そんな中でうまい話があれば飛びつく新米店主もいる。自分が騙されていると知らずにね」

 「私は違うと?」

 「わたしにはそう見えるよ。なぜなら君は“人を疑うこと”が出来ている」

 「だから提携したいと?」

 「その通り。君には薬師として、経営者としての素質がある。そう思ったから君の薬局から薬を仕入れたいと思ったんだ」

 せっかく知り合えた新人薬師を応援したい気持ちもあったと続けるハンスさん。ニコッと微笑む表情にようやく私も警戒心を解くことが出来ました。たぶん私と組みたい本当の理由はコレだ。うん。この人とならパートナー契約を結んでも大丈夫だ。

 「取引条件はどのくらいですか?」

 「もちろん適正価格で取引をしたいと思っている。こちらとしては薬局での価格に輸送費を上乗せした額が妥当だと思うのだが?」

 「そうですね。輸送費は――この位でどうですか?」

 「おいおい。それじゃ相場の半分もないよ。最低でもその倍は貰わないとフェアとは言えないよ」

 「良いんですか?」

 「適正価格って言っただろ。どうだい? これでも私がまだ“悪人”に見えるかい?」

 「悪人だなんて。すごく良い医師と出会えたなって感謝しています」

 「それは良かった。それじゃ?」

 「はい。提携しましょう!」

 私は笑顔で右手を差し出した。ハンスさんもそれに応えてくれるように右手を差し出し、私たちは力強く握手を交わしました。


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