第7話 ミツキバキルスネーク
診察室のベッドに寝かされていたのは初めて見る女性でした。年齢は20代前半かな。恰好からおそらく旅人であろう彼女の傍にはエドともう一人、連れと思われる女性が一人。
「嚙まれたのはこの人ですか」
「ああ。名前はリズだ」
「リズさんですね。それであなたは?」
「アタシはアリサ。リズの連れだ」
「噛まれた蛇の種類は分かりますか」
「ミツキバキルスネークだ。上顎に1本と下顎に2本牙があった」
「それ本当ですか!」
まずい。ミツキバキルスネークの毒は強くて回りが早い。どれだけ早く解毒剤を投与できるかが勝負だけど、リズさんは容態を見る限り噛まれて数時間とかではなさそう。
「噛まれてどの位経ちますか」
「み、3日くらいだ」
「3日⁉ なんでそんなに放置したのっ」
3日なんてあり得ない。状態から噛まれて時間は経っていると思ったけど、それだけ長期間放置してたら普通ならもう死んでます。息をしているだけで奇跡と言える状態です。
「ミツキバキルスネークは毒蛇の中でも最強なんですっ。なんで3日も放置したの!」
「ア、アタシだって好きでほったらかした訳じゃない!」
「とにかくすぐに処置をします。エド! あなたは出て行って」
「お、おう。わかった」
「それから今日はもう診察室使えないから外の看板下げてきて」
「おい、それって……」
「いいから早くしなさいっ」
怒鳴る私に一瞬ビクつくエドだけどすぐに表の看板を下げに診察室を出ていく。その様子を見るとちゃんと言いたいことを察してくれたみたいだね。
「それで――」
エドが診察室から出て行ったところでアリサさんに再度リズさんを噛んだ蛇の種類を確認する。ミツキバキルスネークじゃなければまだ助かる可能性はあるんです。
「本当にミツキバキルスネークなんですね」
「そうだ。傷口を見ての通りだ」
「確かに奴の噛み傷ですね」
リズさんの右足にできた咬傷はきれいな正三角形をなしています。間違いなくミツキバキルスネークの噛み傷です。傷口の周囲はどす黒く変色し、脈もかなり弱い。正直、助かる見込みはほとんどないけど、だからと言って見捨てるわけにはいかない。やれることはやらなきゃ!
「まず蛇毒全般に有効な解毒剤を投与して容体を安定させます。そのあと――」
「――その必要はない」
「わかりました……え、いまなんて――」
「誤魔化さなくて良い。助からないのだろ?」
「そ、それは……」
「アタシたちは採集者なんだ。旅をしながら珍しい薬草を採って、各地の薬師に卸している。多少の知識はあるつもりだ」
「アリサさん……」
そっか。覚悟のうえでうちに来たんだ。そうだよね。よく考えればこの辺りで薬局があるはこの村だけ。診せたくても出来なかったんだ。
「すみません。先ほどは王都の基準で言ってしまいました」
「気にするな。それで、リズは助からないのだな」
「……わかりません。でもまだ息はあります。だからまだ――」
「その必要はない」
「でも――」
「多少知識があると言ってもアタシは素人だ。そんなアタシでもリズの容体が芳しくないのは分かる。それに薬師殿がそう判断するのであればそうなのだろう? なら無駄に薬を使う必要はない」
「アリサさん……」
アリサさんの目には涙が浮かんでいる。ベッドに横たわるリズさんは意識こそないけどまだ息をしている。アリサさんも本当はこんな決断は下したくないはずです。
「薬師殿、一つだけ頼みがある」
「なんですか?」
「少し、リズと二人にしてくれ」
「わかりました。隣の待合室にいますのでなにかあったら呼んでください」
リズさんと二人になりたいというアリサさんを残し、私は無力感の襲われたまま診察室を出る。待合室にはエドがいて、彼もどこか表情は暗かった。
「看板、下げた?」
「ああ。下げた」
「夜まで持たないと思う」
「そっか」
「なんでそんな素っ気ないのよ」
「言ってただろ『今日は診察室使えない』って。それってその可能性だがあったからだろ」
「やっぱり分かってたんだ」
「一応、薬局の店員だからな。ちょっと村長爺ちゃんとこ行ってくる。共同墓地が使えるか聞いてくる」
「うん。ごめんね。今日はこのまま上がって良いよ」
「そうさせてもらう。あんまり抱え込むなよ」
気を使わせているのかな。エドは私の肩をそっと叩くと店を出て行きました。
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