Karte1:うちの専属採集者になってもらえますか
第6話 風邪薬
前略
師匠、お元気ですか?
私がこの村に来て早いもので3か月が過ぎようとしています。正直、薬局の経営はまだ軌道に乗ったとは言えませんが、とにかく元気にやっています。
実は先月、店員を雇うことになりました。名前はエド。私と同じ年の男の子で村長さんのお孫さんです。私がこの村に来てからずっとお手伝いをしてくれていたのですが、この度正式に雇うことにしました。あ、お給金はちゃんと払っているのでご安心ください。本当は採集者の方とも知り合いになりたいのですが、それはまだ難しそうです。
もうすぐ夏ですね。季節の変わり目は体調を崩しやすいですよね。無理して体を壊さぬようご自愛ください。
「『――それではまた。ソフィア・ローレン』っと。うーん。師匠に手紙なんか書いたことないから疲れた~」
便箋の最後に署名を入れたところで私は一息つく。机の傍らに置いた封筒の宛名はもちろん王都にいる師匠だ。そういえば、この村には郵便扱い所がないけど、どうやって差し出すんだろう。
「ねぇ、エド。手紙ってどうやって出すの?」
「雑貨屋のバートさんに預けると良いぞ」
「バートさんに?」
「ああ。郵便扱い所のあるセント・ジョーズ・ワートまで仕入れついでに持って行ってくれる。たしか明日行くとか言ってな」
「じゃあ、お茶したらバートさんのお店まで行ってくるよ」
「その前に! いい加減店に顔出せ! いつまで俺に店番させるんだよ」
あ、エドが怒った。仕方ないか。だって今日はまだ店主である私が
「いま行くからちょっと待ってて」
「早くしろよ」
「もう、お店の方はエドに任せているんだから別に良いでしょ」
「そういう問題じゃないだろ。って、なんで戻るんだよ」
「だって“顔”は出したから。私はこっちで調薬してるから。ちょうど傷薬の在庫が少なくなってたんだよね。それじゃ、店番よろしくね」
エドにニコッと笑い掛けて調薬室へ戻る私。そのまま部屋の奥にある薬草棚の前で行き、傷薬に必要な薬草を見繕います。
私たちが暮らすリンデンバウム王国には医療を司る職業が二つあります。一つは外科的処置を担う医師。主に骨折や外傷の手当を行う創傷処置のスペシャリスト。彼らの治療スキルは目を見張るものがある一方で治療費もそれだけ高額になるのが欠点。
そしてもう一つ。治療費が比較的安く、庶民の味方となっているのが私たち薬師です。医師との違いは自ら調合した薬で病気を治すこと。いわば内科的処置が専門。王都のような大都市に診療所を構えることが多い医師とは違い、薬師が営む薬局は地方にも多いのが特徴。大きな怪我の処置は専門外と言うのが薬師の弱点だけど、庶民に馴染みがあるのは私たち薬師の方であることは言うまでもありません。
「みんなちょっとしたことでも来てくれるのはうれしいけど、私が来るまでどうしてたんだろう」
師匠に唆されて? エルダー村に薬局を構えることになって3カ月。村の人もみんな優しくて良い人ばかりだし、薬草も質の良いものが自生しているので環境面で不満はない。ただ、田舎町であるがゆえに“お客さん”が少ないのです。こればかりは解決しようがありません。
「頭数が少ないとやっぱり経営的には厳しいよね。師匠の店みたいに薬用品のような日常使いできるなにかを……」
「――ソフィー!」
「でもそれだとバートさんのお店と競合しちゃうし――」
「ソフィー!」
「は、はいっ」
エドが呼ぶ声に思わず背筋をピンと伸ばしてしまう。
「な、なに? 患者さん?」
「そうだ。バートさんとこの娘さんが風邪ひいたんだと」
「わかった。こっちに来てもらって」
私は患者さんに診察室も兼ねた調薬室へ入ってもらうように指示を出し、机に広げていた調薬道具を隅へと追いやった。
「こんにちは。忙しかったかしら?」
部屋に入ってきたのはバートさんの奥さん、リゼさんと娘のモカちゃん。リゼさんとはバートさんのお店で何度か会ったことがあるけど、モカちゃんと実際に会うのは初めてだよね。
「ごめんなさいね。調薬中だったんでしょ」
「あ、これですか。簡単な薬だったので大丈夫ですよ。どうぞお座りください」
机の上にあった作りかけの薬を気に掛けるリゼさんを手近な椅子に座らせ、モカちゃんはお母さんの膝の上に乗ってもらう。もう一つ椅子を買わないといけないかな。
「モカちゃんが風邪ですか」
「ええ。一昨日から熱が出ているの。普段からひきやすいから様子を見ていたのだけど、熱が下がらなくて」
「なるほど。モカちゃんは初めての受診ですよね。カルテも作っておきますね」
机に備え付けの引き出しからカルテ用紙を取り出し、名前や初診日など必要事項を記入していく。併せてモカちゃんに既往歴がないかリゼさんに確認も怠らない。
「風邪をひきやすい以外に何か病気にかかったことはありますか?」
「特には無いわ」
「既往症は無しですね。今日は熱以外に症状はありますか」
「咳が少しと食欲もないみたい」
「咳と食欲減退ですね。少しモカちゃんとお話しさせてくださいね」
聞いた症状をカルテに書き込むとモカちゃんと視線を合わせ、どの症状が一番つらいか尋ねた。一番つらいのは本人。それは子供も変わらない。いくら母親から状態を聞いても最後は本人に聞くのが一番だと師匠から教わった。
「モカちゃん、お熱や咳以外に変なところあるかな?」
「のどがいたい」
「喉かぁ。ちょっとお口をあ~んって開けてくれるかな。うん。えらいね~あぁ、うん」
少しだけど腫れてるな。風邪ひきやすいって言ったし、今回はちょっと拗らせた感じかな。
「ありがと。もう大丈夫だよ。リゼさん、心配いりません。風邪です」
「そうなの? 良かった」
「喉が少し腫れているようなので、もしかしたら普段よりちょっと拗らせてしまったのかもしれませんね」
「そう。それなら安静にしていれば治るかしら」
「はい。熱も高くないので。念のため、喉の腫れを抑える薬に咳止めの効果を付与したものをお出ししますね。準備ができたらお呼びしますから待合室でお待ちください」
「おねえちゃん、おくすりにがい?」
「うーん。ちょっと苦いかな。リゼさん、モカちゃんに蜂蜜アレルギーはありますか?」
「ないわよ。蜂蜜も使うの?」
「はい。苦みを抑える添加剤として少し。モカちゃん、蜂蜜も入れるから頑張って飲もうね?」
「うんっ。はちみつすきー」
「さ、お薬できるの待ってましょう。ソフィーちゃん、ありがとうね」
「薬師ですから。準備ができたらお呼びしますね」
娘がただの風邪だとわかり安堵の表情を見せるリゼさんと少し元気になったように見えるモカちゃん。二人が待合室へ移ったところで調薬開始。別に調薬の工程を見せたくない訳じゃないけど見られてると調子狂っちゃうんだよな。
「さてと、今回は子供用だから――」
風邪薬には大きく分けて2種類。薬草を煮出して作るシロップ剤と薬草を粉末にして作る散剤。今回は飲みやすいシロップ剤、子供用に甘味料を添加したものを調薬しよう。
「材料は“ミナミヒイログサ”一つまみに“ヤジリソウ”が一つまみ……」
本当は天秤で計った方が良いけど解毒薬や麻酔薬のように精密薬でなければ目分量で問題ない。それに薬にはすべてレシピがあるけど、飲む人の体質や症状で薬草の量は変わる。経験と勘が頼りになるやり方だけど、師匠の下で修業をしてきた私なら新米でもその辺のさじ加減は問題ない。
「解熱効果は必要ないから“クロガネソウ”の代わりに“ブラッドマリー”を……この位かな」
用意した薬草は煮出し袋に入れて水と一緒に鍋で煮込む。煮込む時間はお湯が湧いて5分。薬草を煮出して作った薬液は冷めないうちに蜂蜜を混ぜてよくかき混ぜる。蜂蜜を入れることで薬草が持つ苦みが抑えられて子供でも飲みやすくなり、蜂蜜自体にも殺菌作用があるのです。
「今回は特別。少し多めに入れてあげるね」
風邪用のシロップ剤に使う蜂蜜は薬匙1杯ほどだけど、今回はその倍の量を入れて甘みを感じやすくしよう。苦い薬は誰だって嫌だからね。
蜂蜜を加えてかき混ぜること数分。シロップの温度が人肌程度まで下がったら完成。あとは薬瓶に小分けすれば調薬終了です。
「これでよしっ。うん。上出来だね」
シロップを入れた瓶にコルク栓をしたら待合室で薬を待つリゼさん親子を呼びました。。
「お待たせしました。本日のお薬です。喉の炎症を抑えるシロップに咳止めの効果を付与しました。今日を含め3日分、3本お出ししますので帰ったら早速飲ませてください」
「ありがとう。助かるわ」
「もし、熱が高くなったり咳が酷くなるなど症状が悪化したら夜中でも構いません。すぐに来てください」
「わかったわ」
「それから、症状が改善されてもお薬は全部飲ませてくださいね」
「わかったわ。ありがとう」
「それではこれがお出しするお薬と今日の診療明細です。お会計は待合室の方でお願いします」
「ありがとう。助かったわ」
「モカちゃん、お母さんの言うこと聞いて早く良くなってね」
「うん。おねえちゃん、ありがと」
「それじゃ、お大事に」
薬を受け取り待合室へ戻る二人を見送ったところで私は片付けもそこそこにモカちゃんのカルテの清書を始めます。
「えっと、主訴症状は発熱と咳および食欲減退。客観的症状として咽頭に若干の腫れ。診断名は『ただの風邪』……はダメだよね。診断名――『かぜ症候群』っと」
処方薬は子供用シロップ剤を3日分。材料は――
「ソフィー、リゼさんがお礼言っといてくれってさ」
「ありがと。でも別に大したことしてないよ」
「あと、薬代に驚いてたぞ」
「えっ、やっぱり高すぎたかなぁ」
「逆だ。思っていたより安かったって。診察費込みで270メロだろ?」
「まぁ、王都の4割くらいで設定してるからね――よしっ。カルテも完成……あぁっ!」
「どうした?」
「リゼさんに手紙預ければ良かった」
「そんなことか」
「そんなことじゃないよ。はぁ、あとで行ってこよ」
少々落胆気味の私は書き上げたカルテを書棚に収めるとエドに自室に行くと告げ、診察室の奥にある住居スペースに移動します。部屋でちょっと休憩しよ。
「なにかあったら呼んでね」
「さっきは気付かなかったくせに」
「今月のお給金、10メロ減額ね」
「なんでだよっ。つか10って微妙だなっ」
「雇い主に歯向かったバツだよ。10ってのは私のやさしさ」
「正論を言っただけだぞ。つか歯向かったって使い方違うから」
「さらにマイナスね」
「おいっ」
「それじゃ店番よろしくね」
エドがさらになにか言おうとするけどそれを無視して住居スペースへ消えていく私。これだけ見れば私が悪い雇い主に見えるけど、決して悪徳経営者とかではありません。エドが同い年だから出来る冗談ってやつです。彼が年上だったり、私より年下ならもっと丁寧に接しています。
それに部屋で休憩とか言ったけど、実際は調薬スキルを上げるために勉強をしているんです。エドもそれを知っているから口では文句を言っても素直に店番をしてくれている。それなりに頼りにしてるんだよ?
「ま、面と向かって本人に言うなんて恥ずかしくて出来ないけどね」
さすがに師匠が相手の時とは違って本音を言うのはまだ恥ずかしいけど、同じ薬局で働く仲間としていつかは本音を言える関係になりたいと思う今日この頃。私はそんなこと思いながら薬局の一番奥に構えた自室に入ろうとするが直前でエドが私を呼ぶ声が聞こえました。
「今度はなにー?」
「急いで来いっ。蛇毒の急患だ!」
「蛇毒っ⁉ わかった。診察室に入れて!」
風邪の次は蛇毒の中毒か。なんだか今日は忙しくなりそう。サボる暇はなさそうだね。
「でも、風邪と違ってこっちは急がないとねっ」
私は診察室までの短い距離を全速力で駆け抜けました。
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