第11話 関ヶ原決戦

空想時代小説


 6月7日。大坂夏の陣から1ケ月がたち、関ヶ原にまたもや東西の軍勢が向かい合った。

 豊臣方の思惑と違ったことが2つあった。1つ目は関ヶ原の東方にある南宮山が松平忠直勢に占拠されていた。前の関ヶ原で毛利勢が陣取っていたところだ。ここを占拠されたことで、徳川勢は関ヶ原に進軍できたのである。

 2つ目は、肝心の秀頼がまだ出陣していない。本陣の玉城には大野治長が入っている。秀頼を大坂から出したくないようだ。おそらく家康から淀君へ内々の使者が遣わされ、秀頼出陣の妨害をしているようだ。

 そこで政宗は重長を大坂城に向かわせた。

「首に縄をくくりつけても秀頼公を連れてこい」

 という命を重長は受けたが、一人では心もとないので、信繁に助力を頼んだ。信繁は陣を離れることをしぶったが、秀頼出陣の重要性は認識している。

 2人はわずかな供とともに、大坂へ馬をとばした。信繁がきたということで、秀頼はすぐに会ってくれた。

「秀頼公、すぐに関ヶ原にご出陣願いたい。今すぐにでも火ぶたがきられそうなのでござる」

「うむ、わかっておる。しかし・・・」

 そこで、母親淀君が出てきた。

「止めたのは私です。秀頼が出なくても徳川は風前の灯火。内部で離反者が増えていると聞く」

 重長がその話に反応した。

「それは阿茶の局の話でござるか?」

 重長は家康の使いとして、内々に阿茶の局が大坂に来ていたという情報を得ていた。淀君は、言葉を濁している。

「では、どの武将が離反するのでござるか?」

 と重長が重ねて聞くと、

「それは松平忠輝」

 苦しまぎれに政宗の婿の名をあげた。

「忠輝殿は、政宗公の娘婿で今蟄居中でござる。関ヶ原にはまいっておりませぬ」

「それと井伊直孝」

「徳川四天王でござるぞ。関ヶ原では先陣に立っておる。南宮山にいる松平忠直が離反するなら話もわかるが、一番離反しそうもない井伊直孝の名を出すとは、阿茶の局の話はまやかしでござる」

 そう言い切った重長に淀君は言い返すことができなかった。

 その日のうちに、秀頼勢5000が大坂城を出陣した。信繁の長男大助も秀頼側近として付き添っている。阿茶の局の情報は、この大助の情報だったのだ。さすが真田の者。信繁が淀君を問い詰めたのでは、大助の心証が悪くなるので、あえて重長が問い詰め役を請け負ったのだ。

 近江八幡まで来た時、関ヶ原で戦いが始まったという知らせが届いた。6月10日のことである。

「始まったか! あと1日遅れてくれれば間に合ったのに・・・」


 関ヶ原では前哨戦が始まっていた。

 まずは大砲戦である。徳川の本陣近くから新式大砲が放たれ、政宗の陣に撃ち込まれた。政宗は砲撃に対し、塹壕や盾で身を守るように指示をしていた。そして発砲位置を特定し、そこに新式大砲で集中砲火をあびせた。しばらくすると、弾薬庫に砲弾が当たり、誘爆をさそった。偶然のように思われるが、最前線には政宗勢の忍び集団が伏せており、着弾位置を旗で誘導していた。それを遠眼鏡で見ていた将が砲兵隊に指示を出していたのである。南蛮渡来の品物と戦法を取り入れるのは新しもの好きの政宗の真骨頂だ。

 大砲戦がおさまると弓隊の攻撃だ。一度に1000本以上の矢が飛んでくる。政宗勢には防備の盾がある。ひとつの盾で2人が隠れることができる。遠くから飛んでくる矢には友好的だ。政宗勢は無駄な矢は使わない。

 井伊勢の槍隊がじわじわと前進してくる。そこに盾で守られている弓隊の出番だ。政宗勢の弓隊は適確に敵の槍隊を仕留めていく。その日はそれで終わった。井伊勢は、退いていったが、政宗勢は無駄に追わなかった。釣り野伏せの戦法をおそれたからだ。


 2日目、夜襲をおそれて政宗勢は寝不足に陥っていた。そこに重長が戻ってきた。

「秀頼公が玉城に入城」

 との報告に、政宗勢に歓声があがった。寝不足もふっとんだ感があった。

「殿、いよいよ攻める番でござる。各将に伝令を出し、かねてよりの策で徳川をせん滅いたそう」

「よし、すぐに各将に伝令を走らせよ。成実、出陣準備だ」

「よっしゃー!」

 手ぐすねひいて待っていた成実は、意気盛んに返事をした。成実は、早速騎馬隊1000の先頭に立った。そして、ゆっくりと馬脚をすすめた。めざすは徳川の先陣。そこには槍隊が防御線をしいている。成実隊は、そこで左右に分かれた。すると、槍隊の脇から敵の騎馬隊がやってきた。井伊直孝自ら率いている。槍隊も前進してくる。成実隊は敵と何度か対峙してから、馬首を返した。

「退け!」

 の大声で、成実隊は陣に戻り始めた。井伊隊は追いかけてきた。そこに、新式大砲の弾が飛んできた。敵の先陣は乱れた。そして両脇から前田勢と毛利勢が攻め込んでくる。一刻(ひととき・2時間)ほどで、井伊勢は陣地に引き揚げていった。その日はそれで終わった。先の関ヶ原の戦いでは、半日で終わったことをだれもが覚えており、深追いはしなかった。

 

 3日目。徳川勢は守りを固めている。南宮山ふもとの家康の本陣には大将旗がたなびいている。今日こそ決戦でそこまで行くと政宗は心に決めていた。

 まずは砲兵隊を前進させ、徳川勢の陣に大砲を撃ち込んだ。弾数に限りがあるので、半刻(はんとき・1時間)ほどで砲撃は終了。そこに徳川勢の矢が飛んでくる。砲兵隊は盾で防ぎながら後退する。そして、前田勢・政宗勢・毛利勢の槍隊が前進。徳川勢の槍隊との叩き合いが始まる。どちらも長槍で、突くことよりも上からたたく戦法だ。そこに鉄砲隊が脇から鉄砲を撃ち込む。徳川の槍隊は半数が倒れた。そこに騎馬隊が攻め込む。乱戦が始まった。

 徳川勢も必死になって戦っている。戦闘は小康状態になっている。そこに新手がやってきた。それも予想外の南側の伊勢街道からだ。敵か味方か? どちらの勢力も疑心暗鬼でいる。それは赤備えの一団だった。井伊隊か真田隊か? どっちだ!

 背中に六文銭の旗がはばたいている。その数2000。徳川勢の左脇が崩れている。松尾山を越えた真田信繁が上杉の騎馬隊と合流してやってきたのだ。豊臣勢ががぜん優勢となった。しかし、敵もさる者。南宮山から松平忠直勢が降りてきて、またもや乱戦となった。とうとう家康の本陣まではたどりつけなかった。その日はそれで終わった。


 4日目。静かな朝を迎えた。何か空気がさわやかに感じる。そこに物見が戻ってきた。

「殿、徳川勢は引き揚げ、もぬけの殻でござる」

「退いたか。重長、どこへ逃げたと思う?」

「おそらく大垣城では?」

「わしもそう思う」

 そこに伝令がやってきて、秀頼公が召集をかけたとのこと。政宗は成実に留守を託し、重長とともに玉城へ向かった。

 玉城は急造の城にもかかわらず、山城の特性を生かし、曲輪に囲まれ、鉄壁の守りの城となっていた。ただ水場をたたれたら籠城は難しい。そこが急造の城の所以であろう。

 評定は信繁の話から始まった。

「今回の関ヶ原の戦いは、わが方の勝利となった。それも皆の奮闘と秀頼公のご出馬により、意気盛んとなったことが所以である」

「わしも遠くから見ていて、頼もしく思ったぞ。だが、徳川が無くなったわけではない。家康もまだ生きておる。家康を葬るか、降参させるまで、この戦は続ける。そこまでついてきてくれるか」

 秀頼のその声に一同がうなずいた。そして信繁が話を続けた。

「そこで、一同の考えを聞きたい。徳川勢は大垣城に逃げ込んでいるようじゃが、いかがすべきか?」

「敵の勢力はどれほど?」

 毛利秀元が口火をきった。

「今、物見が向かっておるが、前日までの勢力が残っておるとすれば3万ほどかと」

「大垣城に3万は入らんぞ」

 と秀元が口をはさむ。信繁は、内心あきれながら話を続けた。

「もちろん、大垣城だけでなく、岐阜城にも分かれたのであろう。他の支城にも入っておろう」

「どちらにしても籠城する兵糧は足りぬな」

 秀元はわかりきったことを一人で納得している。その割には作戦遂行に有効な案はださない。戦評定をすると、必ずといっていいほど、こういう輩がいるのは信繁は大坂城で充分過ぎるくらい経験していた。そういう輩は半分無視するのが正解だと思っている。頭にきて、罵声をあびせては逆効果なのだ。ましてや、秀元は先の関ヶ原で南宮山に陣取ったものの吉川広家の口車に乗って動かなかった。自分の意志でどうこうできる将ではないのだ。まあ、勝手に動く将よりは使いやすいのだが・・。

 そこに政宗が口を開いた。

「物見の知らせで変わるかもしれぬが、重長の考えを聞いてもらえぬか?」

 関ヶ原決戦を予想した重長は、一同から一目おかれていた。一同は重長に注目した。

「徳川勢は兵糧不足を承知なので、籠城策はとらないと思われます。仮に大垣城を攻めるとしても、周りの城からの援軍で、取り囲まれるおそれがありまする。それよりは、野戦にもちこんだ方が得策でござる」

「そんな地があるのか?」

 と秀元が口をはさむ。

「大垣城の東方、墨俣の地でござる」

 その場にいた一同が目を見張った。あの秀吉が稲葉山城(岐阜城)攻めの際に造った一夜城の地だ。

「あそこは、ぬかるんだ地だぞ。野戦にはむかん。それに大垣城の脇を通らねばいけぬではないか」

 またまた秀元がケチをつける。そこは重長の想定内。

「大垣城の勢力は、我らが通り過ぎるとは思ってないはずじゃ。城から出てきたら反転して、そこで野戦に持ち込めます。信玄の浜松城素通りと同じ策でござる。墨俣はぬかるんだ地ですが、一夜城跡は、小高い丘でござる。そこを防ぐ敵は少ないと思われます。そこを大軍で攻め落とし、砲台を造り、馬防柵を張り巡らし、鉄砲隊を配置いたします。その後、我らの騎馬隊が敵を誘い出し、墨俣に誘導いたす。そこには長篠の合戦の様相が見られることでありましょう」

 一同が合戦の様子を思い浮かべているようだった。

「一同、どうであろうか?」

 信繁は、あたりを見回して反対意見がでないとみると、

「秀頼公、いかがでござるか?」

「うむ、今まで話を聞いていただけの大きな戦が目の前でくり広げられるとは見ものじゃな」

 秀頼の輝いた目は、まさに戦に出ていきそうな雰囲気をしていたが、

「上様、それはなりませぬ。上様は本陣で山の存在でなければなりませぬ。上様が刃をとる時は、我が方の負けですぞ」

 と側近の大野治長がクギをさした。淀君からさんざん言われていたのだろう。

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