政宗VS家康

飛鳥 竜二

第1話 誘い

空想時代小説


 慶長5年(1600)7月。家康率いる東軍の徳川軍が下野(しもつけ)小山で評定をしていたころ、政宗は上杉方の甘糟(あまかす)氏から奪い返した白石城にいた。そこに書状をもった上杉方の密使がやってきた。どう見ても草の者(忍び)である。手は後ろで縛られ、足かせがはめられ、自由に動けない。だが、草の者であるから油断はできない。

 政宗側近の片倉小十郎が取り調べを行っている。政宗は奥の部屋から見入っていた。

「お主、この書状の中身を存じておるか?」

 小十郎は重々しく問いただした。草の者は、キッと正面を向いて、

「中は存ぜぬ。ただ、直江(なおえ)の殿様からは、このわしが戻らねば、この話はのうなる。決死の覚悟で行って参れと申されたのじゃ」

 死ぬ覚悟の態度を見せた。

「そうか。この書状には直江殿がひそかに白石城に参り、政宗殿にお目通りしたいと書かれておる。直江殿は何を考えておるのじゃ?」

 しばし、沈黙が流れた。草の者は、言葉を選ぶようにして口を開いた。

「直江の殿様は、お主らのような狭い器量ではござらん。壮大なはかりごとをする方なのじゃ。この白石城とて、城主の甘糟氏を呼び出し、政宗殿に降参いたせと命じられておったのじゃ。お主らは、直江の殿様の手のひらで、もて遊ばれているだけじゃ」

 その言葉に、小十郎はじめその場にいた政宗側近の武将たちがいきりたち、今にも刀の柄に手をかけんばかりの勢いだった。そこに、政宗が声を発した。

「おもしろい奴じゃ。斬られる覚悟で、わしらを愚弄するとは肝の据わった奴じゃの。お主、名を申せ」

 政宗が奥から出てきたので、その場の武将たちが片膝をつき頭を下げた。

「太助と申す」

「出は会津か?」

「信州上田でござる」

「真田の出か?」

「昌幸公の配下でござった。昨年、昌幸公から直江殿とのつなぎの役をおおせつかったのでござる」

 政宗は、感心した顔で、

「昌幸公とは、京でお目にかかった。なかなかの策士とお見受けしたが、直江殿もか?」

「どちらの殿様も傑物でござるが、直江の殿様の方が仰天いたすことが多ござる」

「ほおー、昌幸公をしのぐとは・・・ぜひ、お目にかかりたいのう」

「殿! この者の口車にのってはなりませぬ!」

 と隣の小十郎が政宗を制したが、政宗は意に介さなかった。

「太助、お主が戻ればよいのじゃな。返書はださぬぞ」

「はっ、直江の殿様は政宗殿は返書をくださらぬと申してござった。敵同士が書状をかわしては、余計じゃと」

「そうであろう。して、お主が戻れば、いつ直江殿が参られる?」

「はやくて2日後にも・・」

「近くにおるのじゃな・・大胆なお方じゃ。お主、尾けられずに直江殿のところに戻れるか?」

「無ければ、ここには来ん」

「わかった・・・小十郎、この者を放してやれ」

 周りにいた側近たちは目を丸くした。

「殿、この者の申すことを信じるのでござるか!」

「小十郎、よいではないか? この者を斬っても無益。直江殿にお目にかかってみたいのじゃ。向こうが参ると申しておるのを拒むことはなかろう」

「しかし、福島城攻めの時間稼ぎかも・・」

「白石城の次は福島城攻めだと、皆が承知のこと。少々遅れてもよいではないか。2日で直江殿が参らねば上杉方の本庄繁長殿がおる福島城攻めをいたすだけじゃ。のう、太助」

 太助は無言で、頭を下げた。

 太助が解き放たれた後、政宗は小十郎に一言

「黒はばき組(政宗旗下の忍び衆)に、手出しをするな。と伝えよ」

「かしこまりました」

 政宗や小十郎の命がなくても、忍びは常に敵の行動を監視し、情報を集めるのが主な任務だ。合戦で戦ったり、暗殺の密命を受けたりすることは稀なのである。

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