辺境の少年伯爵と魔女婚約者
「ウォーレン君。結婚するって本当なの!?」
お屋敷の玄関で二人の女の子が私たちのところに勢いよく駆けよってきて、ウォーレン少年に詰め寄った。
顔はよく似ているのでおそらく姉妹なのだろう。綺麗な金色の髪を片方に寄せて結んでいる少し落ち着いた感じの子がお姉さんで、ツインテールにしている強気そうな方が妹という気がした。
少年の姿のウォーレン伯爵よりもさらに年下に見える。
学生であったらまだ初等部の年齢だと思うのだけれど、これくらいの年齢の時は女の子の方が大人びて見えてしまうのか、中身は大人のウォーレン少年であっても、向かい合うとあまり年齢差が感じられなかった。
そんな可愛らしい姉妹は、ウォーレン少年の隣に立っている私の方のことを同時に見た。
二人とも一度は『え? この女』と困惑した様子のあと、明らかに敵視した目で睨んでいた。
私はウォーレン少年と出かけようとしたところだった。
しばらく休日など関係なく休めなかったウォーレン少年だったけれど、やっと公務が落ち着いて休める日ができたのだった。
「町にでも出かけようか。ふ、二人で」
いつも二人で一緒に食べることになっている朝食の席でのことだった。
さり気なく誘ったつもりらしい少年姿のウォーレン少年は、そう言ったあと私にじっと見つめられて照れて視線を逸していた。
「ええ。喜んで。誘っていただいて嬉しいです」
私は、別に気を使ったわけでもなく、本当に嬉しかったので笑顔で応じた。
普段の見た目は本当に幼さの残る少年だけれど、この夫となる人と過ごす時間は楽しいと思うようになっていた。
(子どもに見えるから、いいのかな)
朝食のパンをかじりながらそんなことを思う。
全く恋愛経験のなかった私が緊張せずに楽しく話すことができているのは、この格好良いながらも幼い姿だからという気がした。
(年上のおじさまの時もあれはあれで……素敵ですけれどね)
今度は紅茶に口をつけながら、満月の夜のことを思い出していた。
子どもにされた呪いを解いて、本来の姿になったウォーレン伯爵は立派な大人な男性なので緊張したのだけれど、伯爵が余裕の態度で私としてはただもう身を任せるだけでよかった。
子どもの時の格好で慣れていたのもいいのかもしれないけれど、人付き合いの苦手な私が一緒にいて楽しいと思える人で感謝するしかなかった。
(はっ、ついニヤけてしまいました)
どうも年上のおじさまの自分自身に嫉妬しているらしいウォーレン少年に、ばれないように無難な笑顔を作って誤魔化した。
私は、朝食後すぐに支度を調えた。
持ち物も服もそんなに選べるほど持ってきていないので時間はかからなかったのだけれど、ウォーレン少年は『そんなに焦らなくても』という表情で私のことを待ってくれていた。
でも、ウォーレン少年も見るからにそわそわしながら待っていた。同じ屋敷で暮らしているというのに。そんなところが可愛らしい。
「嬉しいのですが……。ウォーレンさまはその姿で町にでてよろしいのですか?」
玄関に向かいながら、そう聞いてみた。
普段の公務の際は、幻覚で年相応の姿を見せていると仰っていたので、この可愛らしい少年姿は秘密にしていないといけないのかと思っていた。
「大丈夫だろう。伯爵ウォーレンが今、この姿だということを知っているのは一部の側近だけだから。一度、町に出てしまえば、結びつけるものはない」
「そう……ですね」
「サディアもまだ、町の人には有名じゃないし。引っ越してきた若い恋人がデ、デートをしているようにしか見えないだろう」
ウォーレン少年はそう言いながら、ちょっと緊張して照れていた。
中身は大人で記憶もあるのは間違いないはずなのに、気持ちは幼くなってしまうのかと不思議だった。
(それよりも恋人に見えるでしょうか。年が離れた姉弟にしか見えないのでは……)
これは口にすると、怒られてしまいそうなので言わないことにしておいた。
そんな話をしていたのにも関わらずお屋敷から一歩外に出たところで、女の子二人に絡まれたのだった。
「ええと、こちらの方たちは……どなたですか?」
私は遠慮がちに隣のウォーレン少年に聞いてみたのだけれど、小声で言ったのにも関わらず女の子二人にも聞こえていたらしくお姉さんの方に先に答えられてしまった。
「私たちは、ウォーレン君の乳兄妹のウォリスとマーシャです」
「乳兄妹?」
「都の人には分からないかもしれないけれど……この地方では乳兄妹は、実の兄弟と同じくらい。いえ、それ以上に固い絆で結ばれた存在なのよ」
マーシャというらしい妹さんが小さく平らな体を少し反らせながら、そう自慢気に説明してくれた。
「いや……俺はお前たちの母親に育てられたわけじゃないから……」
「え? 嘘。姉さんと一緒にママのおっぱい飲んで育ったのでしょう?」
「の、飲んでないから!」
ウォーレン少年は私の方を一度ちらりと見て、慌てたように弁明していた。
別に幼児に戻っていた時の話なのだから気にしなくてもと思うのだけれど……うーん、でも、今までの話からすれば一番幼かった時で五歳くらいだろうかと計算していた。
ちょっと私は『ふーん。そうですか』という表情をしていたのかもしれない。
だから、ウォーレン少年は慌てている気がした。
「それで、ウォーレン兄。結婚するの? もしかして、こんなおばさんと?」
お、おばさん……?
い、いやそれはあなたたちから見れば十歳以上も年上からもしれませんが、まだまだ全然若い……つもりなのですけれど。
うん、でも貴族の娘で同じくらいの年齢で結婚していなかったのって私くらいだったかな……。
頭の中で反論しようと思ったけれど、妹ちゃんの言葉に私はショックを受けて元気を失っていた。
「分かってる。政略結婚ってやつよね。ウォーレン君は、都の貴族と繋がりをもつために何の取り柄もない売れ残った娘さんを引き受けたのでしょう?」
大人しそうに見えたけれど、お姉さんの方もなかなか辛辣だった。
「でも、ウォーレン君。冷静になって! 数年後にもっといい人が現れる……かもしれないから」
お姉さんは自分が素敵になるからと言いたいのだろうけれど、私は確かにそうかもともっといい令嬢だっているかもと言い返す元気も奪われていた。
「も、申し訳ありません」
お屋敷から慌てて走ってきたのはメイド服姿のアビーさんだった。
「ウォリス! マーシャ! 外では伯……ウォーレン君に話しかけないように言っていたでしょう!」
アビーさんのお叱りに二人の姉妹は『あっ』という声を出してすっかり忘れていたと申し訳なさそうな顔をしていた。
「この二人の可愛らしい女の子はもしかして……」
「夫人。失礼をいたしました。わ、私の娘でございます」
アビーさんは頭を下げながら、私の側にきて耳元で囁いた。
「手が足りない時に、遊び相手……いえ、身の回りのお世話をしてもらっていました。伯爵であることは知っていますが、呪いのことは知らないのです」
アビーさんの説明に私は何度もうなずいていた。
なるほど……。
小さい頃から遊んでいた、見た目も綺麗な男の子はなぜ秘密にしているのかは分からないけれど実は伯爵だった。
そんな伯爵に淡い……いや、もうはっきりした恋心を抱いていたら、いきなり年の離れた女性と婚約してしまった……と。
(確かに……これはショックで慌てるよね)
恋愛ごとに疎い私でも、さすがに察してしまう。
「ウォリス。マーシャ。こ、この人は俺がちゃんと自分で選んだ人だから! ……その、仲良くしてくれると嬉しい」
ウォーレン少年は私の手を握りながら、そう宣言した。
知識として知っているのだ。ここははっきりと言った方がいいと。
でも、私の指を握る力がいつもより強いと思ってしまった。
可愛らしい姉妹は、今にも泣き出しそうだったけれどうなずいてくれていた。
「いつか本当に仲良くなれるといいんですけれどね」
私たちはアビーさんたちに急かされて追い出されるように見送られて、当初の予定通りに町へと繰り出した。
「そうだな」
「ふふ。伯爵は女の子たちに好かれてますね」
あまりこれ以上は触れてほしくなさそうな雰囲気だったけれど、あえてからかうように言ったら、握った手に力を込められて早足で引っ張られてしまった。
「わー。賑やかな通りですね」
ようやく歩みが遅くなり、連れられてきたのは町の中央通りだった。
見たことはあったけれど、実際に昼間に中を歩くのは初めてで、人の多さに戸惑って頭がくらくらしてしまう。
「ちょっとごちゃごちゃしているけれど」
「でも、私はこの様な町は好きですよ」
都の大きく洗練された店が並ぶ町並みも嫌いなわけではないけれど、露店や屋台が所狭しと場所を取り合っているこういった町の通りの方が好きだった。
「魔術の掘り出し物がありそうな気がします」
半分冗談で言ったのだけれど、歩きながら見回していると本当に興味深い魔力を持った品が多そうな気がしてしまう。
異民族の魔法の道具も多そうなので、色々探してみたい欲望が湧いてきてしまった。
「何か買ってあげようか?」
そわそわしながら露店を眺めていたのが分かってしまったのか、ウォーレン少年はそう聞いてくれた。
伯爵なのは分かっているのだけれど、見た目はまだ幼さの残る少年に何か買ってもらうというのは何か悪いことをしている気がしてしまうのでしばらくは遠慮していた。
「まあ、ほら、今日の記念に……」
「そうですね。初デートの記念に買っていただきましょうか」
はっきり言われると恥ずかしいのかまた照れて視線を逸らされてしまった。
可愛いと口に出すと怒られそうなので黙ってアクセサリーを飾っている露店に近づいて眺める。
「では、これが良いです」
私は鎖が一部ついている以外はシンプルな革製の腕輪を選んで、ウォーレン少年に差し出した。
「ずいぶん、地味だけどこれでいいの?」
「なんだか不思議な魔力を感じます」
「そう……?」
魔法にはそれなりに精通しているウォーレン少年もあまり感じないらしくて、腕輪をつまみながら首をかしげている。
「すごい魔力が秘められているとかではないのですけれど、調べてみたいのです」
「研究対象か」
ウォーレン少年は苦笑しながらも腕輪を買ってくれた。
記念なんだからもっと豪華なものをあげたいと思っていたらしい。
「もちろん、大事にいたしますよ」
「解体した後にかな」
笑っている私たちを露店の店主は不思議そうな顔で見ながら会計に応じていた。
最初はこんな腕輪なんかで魔力について語っているのを不思議がっているのだと思ったけれど、どちらかというとこんな幼く見える少年におねだりしている私のことを大人なのに酷いやつだと思っているのだと分かると恥ずかしくなってそそくさと店を後にした。
「楽しかったです」
「うん、俺も久々に町を歩けて楽しかった」
その後は、屋台で都では見たことのない麺類の食べ物をいただいた後は、再び町中を見て回りお茶をした。
もう、日も傾いてきたので、私たちは町の外の方を回りつつお屋敷への帰路へとついていた。
「いい眺めですね」
町の西側の外周は少し盛り上がった土手になっていて、私たちはその上を歩いている。
すぐ下には川が流れていて、その先には綺麗な緑の草むらが広がっている。
さらにその奥の遠くには小さく湖が見えるのだけれど、今の時間は夕日の光が湖に揺らめきながら輝き綺麗だった。
「あっ、そうだ。さっきの腕輪」
ウォーレン少年はふいに立ち止まると懐から、町の露店で買った腕輪を取り出した。
「つけてあげる」
「はい」
なんで今なのだろうと思いながらも、私も素直に立ち止まって手を前へと差し出した。
横からの夕日に照らされているので、左手の手首には赤みがかった色の腕輪がつけられたように見えた。
「屋敷に帰ったら、ちょっと長さは調整した方がいいかもな」
そう言いながら、私の左手を裏返しながら確認している。
「ちょうどいいと思いますけれど……ありがとうございます」
本当に特に違和感もないのでそう言ったのだけれど、ウォーレン少年はまだ私の手を触り続けていた。
何かを待っているのだろうかと思った次の瞬間、思い切ったように引き寄せられた。
「あ」
反対側の手が私の腰に回された。
抱きしめられて、顔が間近に迫ると私であっても何がしたいかくらいは分かる。
断る理由もないので、大人しくされるがままになっていた。
ちょっと背伸びをして、私の唇と唇を重ねようとするのが妙に愛おしい。
目を閉じて、唇が触れるのをただ待っていた。
「ん」
唇から手と体が離れて、再び私が目を開けると差し込む夕日の光も相まってウォーレン少年の顔は真っ赤だった。
「ふふ、この時間で、この場所の景色がいいから帰る時間を決めていたんですね」
「そ、そうだよ」
私にそう言われて、ウォーレン少年は更に真っ赤になっていた。ちょっと怒っているのかもしれない。
「もう、お屋敷でいつでも一緒にいられますのに」
「思い出は大事だろう」
すねたように一歩前を行って歩きだしてしまった。
微笑ましく見ていたけれど、これは本当に子どもだったらそんなことを考えないのかもしれないとはっとした気持ちにもなった。
「ロマンティストですね。そういうところがいいです。大好きです」
私はそう言いながら、追いかけてウォーレン少年の手を握った。
「ああ、じゃあ、屋敷に帰ろうか」
ウォーレン少年はそう言って手を離さずに握ったまま歩いてくれたけれど、照れているのかお屋敷まで目を合わせてくれることはないのが残念だった。
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