辺境の魔女花嫁 ~~辺境のおじさん領主に嫁ぐことになりましたが、何故か待っていたのは可愛らしい美少年でした。

風親

辺境の魔女

「サディア・シェティです。まいりました」


 扉をノックして、私は、ご年配のこの地方の領主ウォーレン伯爵が待っているのだろうと思いながら少し緊張しながら扉を開けた。

 ただ、この時点でちょっと部屋から返ってきた声が変だった気はしていた。


「……ウォーレン伯爵さま。あ、あれ?」


 呼ばれたはずなのに部屋の中には誰もいない……。

 一瞬、そう思ったけれど、何かに気がついて少しずつ視線を下げると……。

 そこには一人のきれいな少年が立っていた。


 少年は、整った顔立ち、特にきりっとした目元の美しさが印象的で、目が合うと吸い込まれそうだと思いながらじっと見つめていたら、目を伏せられた。

 嫌がられているというわけではなく、私にまじまじと見つめられてしまって照れているらしい。

 その仕草だけで、もう可愛らしいと思って抱きしめたくなってしまった。


「こ、こんにちは、坊っちゃん」


 私は困惑しながら、その美少年に呼びかける。

 少年と言っても、まだ半ズボンが似合いそうな男の子という感じだった。実際、今も綺麗な身なりながら半ズボンで、綺麗なすらりとした足が見えている。


(落ち着け、落ち着け私。綺麗な男の子の脚に見とれている場合じゃない。ウォーレンさまにお子様も孫もいないはず……だけど……)


「ようこそいらっしゃいました。サディアさま」


 やはり跡取り息子にしか見えないその男の子はもう一度、こちらをしっかりと見るとにこりと笑って挨拶をしてくれた。

 その笑顔を前にして『ま、細かいことはいいか。どうぞ、お姉さんと仲良くしてね』となりそうだったけれど、なんとか現状を整理しようとここまでのことを思い出していた。





 私、サディア・シェティは、都近くに小さいながらも領地がある貴族の娘だった。

 子どもが私と妹しかいないので、私が跡を継ぐことになるのだろうと勝手に思っていた。


 そのため、私は日々、魔法を勉強していた。

 ……いえ、別に社交界に出るのが面倒くさくて嫌とか、領地経営自体は優秀な家臣がいてすべてやってくれるのでやることがなくて逃げていたとかそういうことではないです。……ないんです。

 領民の助けになり、我が領地ならではの特色を出せればと……日々研究をしていた……のですが……。


「この家は、妹に婿をとらせて継がせることにした」

「お姉さまにはぴったりの縁談を用意してありますから」


 父と妹にいきなりそう言われて都を追い出されることになったのはつい先日のことだった。


「ウォーレン・フォシアさまという方で、前妻がなくなってからずっと誰の縁談も断っていたのだけれど、今回、何故かお姉さまを引き受けてくれたのですわ」


 妹は『何故か』を強調しながら、そう言った。

 ちょっと、……いえ、かなり嫌味もありそうだったけれど、妹はなんとかこの社交の場に出ようともせずに魔法の研究に没頭して殿方に縁のない姉を引き取ってくれる奇特な人が見つかって本当に嬉しそうだった。


 どうやら本気で都に居場所はなさそうなので、その奇特なウォーレンさまのところに嫁いでみることにした。


 ウォーレンさまは辺境伯と呼ばれる地位の人だった。

 元々は貴族ではないのだけれど、辺境の地で防衛のために権限を強くしていくうちに貴族扱いになった家だという。

 異民族と時には戦って制圧し、時には話し合って交易も行って軍も富も得ているというかなりの実力者らしい。都から離れているのは間違いがないけれど、田舎だからと言ってものんびりしているわけではなかった。


(まあ、きらびやかな都に別に未練もないし……)


 冬はちょっと寒そうなのが気になるけれど、辺境なのは嫌ではなかった。むしろ、異民族の珍しいものとか見ることができて魔法の研究に役立つかもしれないという期待の方が大きかった。


(ただ、年齢が……ね)


 誰に聞いても、実際の年齢がよく分からない。

 異民族との紛争で私のお祖父様の下で一緒に戦ったことがあるという記録があるので、それなりの年齢であるのは間違いなかった。


(子ども、作れるのかな……)


 私がどうしても子どもが欲しいわけではないのだけれど……。

 ここ十年ほどはあまり公の場にはでていないと聞かされると、もうかなり衰えたか不健康なおじいさんなのではという可能性を考えてしまう。


 今、跡継ぎもいなくて、私との間に子どももできないと、伯爵が亡くなったあとに私は追い出されてしまいそうだと心配にもなってしまう。


 最悪の場合は逃げ出して、放浪の魔法使いとして生きていくことも考えながら、馬車に揺られフォシア辺境伯領についた。

 出迎えてくれた人たちの中心に噂のウォーレン様らしい人の姿も見える。


(なかなかいいのでは?)


 馬車から降りて、簡単に挨拶をしながらウォーレン様を観察していたけれど、心配していた不健康さや太り過ぎや痩せすぎということもなく、むしろ好印象なおじさまだった。

 髪に白いものは多かったけれど、彫りの深い顔は厳しそうながらも笑うとシワが増えつつも柔らかそうに揃えられた口ひげも含めて優しそうでどこか可愛らしい。背が高くすらりとまっすぐ軍服らしいその姿も似合っている。

 年齢を重ねているのは間違いないだろうけれど、『これなら……まあ……いいかな』となぜか私は上から目線でほっと一安心していた。


(でも、何か変な感覚……)


 伯爵の後ろ姿に何か違和感を抱きながらも、荷物も運んでもらいやっとくつろげそうと思っていたら、すぐに伯爵の部屋に来るようにと言われてしまう。


(なんだろう。いきなり追い返されてしまうとか? それとも妻にふさわしいか試験があるとか?)


 これだけ見た目も良く健康的なら、辺境とはいえ実力者の領主の嫁に来たい人や娘を送り込みたい人もいっぱいいるのではと逆に心配になってしまっていた。


(縁談を断り続けていたのは、すごく見る目が厳しいのでは?)


 そう不安に思いながらウォーレンさまが待っている奥の部屋の入り口に立ったのがつい先ほどまでの出来事だ。






「実は……僕がウォーレン・フォシアです」


 目の前の美少年は、自分の胸に可愛らしい手を当てながらそう言った。


「え?」


 ウォーレン伯爵の子どもというわけではなさそうだった……本人の名前を名乗っている。

 混乱しつつも色々な可能性を考えていた。そして、さきほど違和感を覚えたことを思い出そうとする。


「……さきほどのお姿が幻覚の魔法ということですね」

「さすが……魔法学校を卒業されたお嬢さま。話が早いです」


 嬉しそうに目を輝かせながら、ウォーレン少年は言った。こんな奇特な……いえ、話が通じる人が来てくれて嬉しいという感じだった。


(こんな可愛い男の子に、『お嬢さま』と言われると変な気分……)


 もちろん、嫌な感じはしないけれどどこかこそばゆい感じだった。

「十年ほど前に異民族の魔法使いに呪いをかけられてしまいまして……」

 ずいぶんと変な呪いをかけるなあと思っていたら、ちゃんと説明してくれた。


「色々な呪いの対策をしていったのですが、まさか幼児に戻る呪いを紛争の中で使うなどとは思っておらず……」

「ああ、マイナーな大技の魔法の方が効いてしまうことってありますよね」


 先ほどからの話を聞いているとウォーレン伯爵も魔法は使えるようだったので、魔法使いあるある話でしばらく盛り上がる。

 ただ、領主で伯爵という立場では笑えない話だったのだろう。ここ十年くらい公の場にほとんど姿をみせないのも納得してしまう。

 幻覚をみせて誤魔化すのにもどうしても限界があるのだ。


「つまり、私は魔法が使えるからここに呼ばれたということでしょうか?」

「妻が魔法を使えると、色々誤魔化すのに便利だと思ったのは事実です」


 私のちょっと捻くれたような質問にも正直に答えてくれた。


「しばらくここで過ごしていただいて、嫌でしたらお断りしていただければと思います」

 ウォーレン少年はそう言った。

 ここまで来ている時点で、婚姻は了承している。それに……正直なところ、戻る場所もないのだけれど……。


(聞いていた話とはかなり違いますしね)


 目の前の可愛らしい男の子を見ながらそう思う。


「わかりました。しばらく過ごさせていただいて正式に結婚するかを決めさせていただければと思います」


 私はそう承諾した。


(あ、でも、これって、私の方が婚約破棄されてしまう可能性もあるのでは?)


 幻滅されないように気をつけようと思うのだった。







「お食事が美味しい」


 声に出すつもりはなかったのに、食事の席であまりにも感激してしまい思わず声が溢れてしまった。


「ありがとうございます」


 かなり年配のメイドさんは、私の声を聞き漏らさずに嬉しそうな顔と声でお礼を言ってきた。


「坊っちゃんは、あまり感想を言ってくださらないので嬉しいですわ」

「アビー。『坊っちゃん』とか呼ぶな」


 私の目の前に座って食事をしていたウォーレンさまが、可愛らしい容姿のまま不機嫌そうに文句を言っていた。

 このアビーと呼ばれた中年のメイドさんは、秘密を全て共有している数少ない人らしい。

 秘密を守るために部屋の中には三人だけだった。こぢんまりとしたテーブルを挟んで食事をしているのだけれど、素朴な家族っぽい感じがして私は嫌ではないと思っていた。


「やっと良い方に来ていただいて、ばあやは嬉しいです」


 私の方にウィンクをしながら、そう言った。

 さすがにまだばあやという年ではなさそうなのだけれど、若返る前のウォーレンさまの時から見守ってきた人のかなという気がした。


「あ、そ、そんな大した人間ではありませんが……」


 アビーさんがとても嬉しそうだったので、ちょっとまだ婚姻はお試し期間中ですなどとは言いづらくなってしまった。


(でも、なんとなく、こんな身近にいる人が喜んでくれるなら大丈夫そう)


 この年配のメイド、アビーさんがウォーレンさまのことを親身になって心配しているのを見て、家臣にも優しい人なのだろうと思って安心していた。

「早く跡継ぎを作っていただきませんとね」

 アビーさんのその言葉に、ウォーレンさまは紅茶を吹き出しそうになっていた。


「ま、まだ。そんな、食事の時にそんな話をしなくてもいいだろう」

「ですが、ご両親も弟君もお亡くなりになり今や天涯孤独の身なのですから、跡継ぎを早く決めていただきませんと家臣も領民も心配しています」


 アビーさんのお説教に、ウォーレン少年は、一瞬、こちらを見たのだけれど私と目が合うとすぐに目を逸した。


「照れていらっしゃいます?」


 意外だったので、つい、声に出してしまった。


「べ、別に照れてなんていない」


 ウォーレン少年は目を逸してまた私の方を向いた結果。私の胸に視線が向いていた。

 そんなタイミングで聞いたら、顔を真っ赤にして目を閉じて腕を組みながらそう言った。

 いや、めっちゃ、照れてる。

 可愛い。


 また思わず口にしてしまいそうだったけれど、なんとか抑え込んだ。


「そうなのですよ。この体になってから、妙に女性に対して奥手になってしまって困っていたのです」


 アビーさんが教育係のように心配していた。


「大人だった時の記憶はあるのですよね?」


 私は素朴な疑問としてそう聞いた。


「ある。ちゃんとあるから女性の扱いも慣れている」


 本当に大人の男性はそんなことは言わないだろうということを、まだ腕を組んで目を逸しながら言っていた。


「その……。伯爵さまはその体で夜の営みはできるのでしょうか?」

「ぶはっ。若いお嬢さんが、な、何を聞いているんだ?」


 私の質問にさっきよりも更に顔どころか耳や首までも真っ赤になりながら、ウォーレン少年は反応していた。

 説教っぽいところはおじさんっぽいけれど、反応がとにかく可愛らしいのでずっとからかってみたくなる。


「本当にお嫁にくるのでしたら、大事なことですし……」


 この町に来るまでは、高齢そうなので心配だったけれど、今は若すぎて心配になってしまうのは事実なので続けて尋ねた。

 何故か純情な男の子みたいな可愛らしい反応が楽しい。

 あれだ。魔法で変身するとその体に心の方が引っ張られてしまうというやつなのだろう。

 隣でアビーさんは応援してくれているように笑顔だった。『もっと突っ込んで聞いてやってください』と言いたげだった。


「ぜ、全然、できる」


 さっきよりも少しだけ真っ赤というほどではなくなりながら、強がっていた。

 うん、強がっている姿がなおさら可愛い。


「不安ですねえ」


 アビーさんが頬に手を当てながら、私の方を見て心配そうに言うので、私も引きつった笑みを浮かべながらうなずいていた。


「本当に、できるから! ……ただ、まあ、まだ小さいので満足はさせられないかもしれないが……」


 ちょっと引け目に感じているのか、話の後半は消え入りそうな声で話していた。


「よし、では、満月の夜を楽しみに待つといい!」


 ウォーレン少年は、何か思いついたとでもいうように急に私の方をまっすぐ向くと力強くそう言った。


「満月?」


 私は首を傾けながら聞いてみたけれど、それ以上はその件については教えてくれなかった。








 それから数日。

 私は、ウォーレン伯爵のお屋敷で過ごした。


「私は、この土地にあっている気がします」


 夕食後、アビーさんの入れてくれた紅茶を飲みながら、笑顔になっていた。


「それは、よかったです。今日は坊ちゃまがお忙しいのは残念ですが……」


 アビーさんも私が馴染んでくれたのを嬉しそうにしてくれていた。

 結論から言うと、私はもうこの地方での生活にもう大満足だった。

 空気も美味しく、料理も美味しい。

 人々は素朴で、少し直情的なところはあるけれど、変な妬み嫉みも謎のしきたりもない。

(都で、下級貴族が魔法で身を立てるのは大変なのよね)


 つい、都でのままならない日々を思い出していた。

 ここで正式に妻となったらもっと忙しくはなるだろうけれど、それでも魔法の研究ができる時間はあるし、お役に立てる場所も多い気がしていた。

 

「ただ。ウォーレンさまは忙しそう」


 公の場にはでていないのにも関わらずウォーレン伯爵はいつも多忙だった。

 『朝食は必ず一緒に食べよう』と伯爵から言ってきた。

 だから、アビーさんも含めて必ず一緒に三人で過ごしていたけれど、昼間はなかなかそうもいかない。

 夜も結局、この数日、一人寂しく寝ていた。


「もっと魔法の話もしてみたいのだけれど……」


 すっかりあの可愛らしい少年と意気投合して、色々な話をするのが楽しみになっている自分がいることに気がついてしまった。

「そういえば、今夜は満月ね」

 寝る支度を終えて、窓から外を見ると空には綺麗に丸い月が浮いている。

 数日前に『楽しみにしていろ』みたいなことを言われたことを思い出していたけれど、特に何もないかと思ったところだった。


 コンコン。


 ドアを軽くノックする音がした。

 私は大慌てでドアへと走っていた。

 でも、ドアを開ける前に軽く深呼吸した。


(お、落ち着け……。これだと、まるでとても寂しくて訪ねてきてくれるのを楽しみにしていたみたいじゃない)


 その通りで明らかに胸躍らせているのだけれど、自分ではまだどこかウォーレン少年に対して余裕のあるお姉さんでいたいらしく完全には認めたくなかった。


「ウォーレンさま。ようこそいらっしゃい……ませ」


 確認もそこそこにドアを開けてしまった。

 この町があまりにも平和なので気にしていなかったけれど、少し軽率だったなと思う。

 でも、ドアを開けた先に立っていたのはウォーレンさまだったので安心する。

 ただ、想像していた可愛らしい男の子の姿ではなく、おじさんの姿だったので、下の方を向いていた私の視線は急に見上げないといけなくなっていた。


(まだお仕事モードなのかな)


 昼間は本来のおじさん姿の幻覚を見せながら仕事をしている。

 親しい部下たちは大体の事情も知っているようなのだけれど、どうしてもお客と会うときのためにおじさんの姿のままでいるらしい。

 やはり幼い男の子の姿とは威厳が違うからということだった。

 お客にはなるべく触れないようにして誤魔化していると聞くと大変だなあ。何か手助けをしてあげたいと思うようになっていた。


「夜這いにまいりました」


 いい声だ。

 渋くていい声でそんなことを囁かれてしまい。一瞬、くらっとした。


「もう妻なのですから、堂々と来ていただいていいのではないですか。もしくは伯爵のお部屋に呼んでいただいてもいいですし……」


 都ではあまりない習慣なので、どう返事するのがいいのか分からなかったけれど、私はもういいお声に浮かれていたのだと思う。


「それは……私と正式に結婚していただけるということでよろしいのでしょうか?」


 ちょっと浮かれたことを言ってしまったかもと思ったけれど、ここは誤魔化すところではない。直感に従おうと気持ちを固めた。


「ええ。伯爵もこの土地も楽しそうです。気に入りました」


 そもそも私が選べる立場なのかと思ったけれど、伯爵は私が結婚に応じてくれたことにすごく嬉しそうな笑みを浮かべて抱き寄せてきた。


「わ、わわ」


 夫婦になるのだからこれくらいは当然と思っていたけれど、背の高い男性の胸の中に顔を埋めたことなんて経験はないので慌ててしまう。自分でも顔がものすごく熱を持って真っ赤になっているのは分かった。


「それでは、夫婦の時間とまいりましょうか」


 伯爵はそう言うと一度、身を屈めた。

 何をされるのだろうと思っていたら、膝の裏に手を回されるとそのままぐいっと引き上げられた。

 つまりは、お姫様抱っこをされていた。


「わ、わー」


 さっきから、我ながら変な声しかあげてないなと思いながら伯爵に持ち上げられる荷物のままになっていた。首に手を回したりとかそんなことを考える余裕もなかった。

 昔は戦場でも活躍したというだけのことはあって、腕や胸は直に触れて見ると固くてたくましくて私はただ体を丸くして軽々とベッドへと運ばれていた。


「あ、あれ? 今の姿は幻覚ではないのですか?」


 多少の触覚は魔法で誤魔化すこともできるけれど、私は今、男性の胸の高さでたくましい腕の感触を確かめながら移動していた。

 ずっとこれを幻覚で見せるのは難しい。


「ええ。満月の夜は魔力が増すので、呪いを解除することができるのです」


(そんな昔ばなしの魔物みたいな……)


 そう思いながらウォーレンさまの顔をまじまじと見つめていたら、静かにベッドに降ろされた。

 頭では分かっていたつもりでも、実際にベッドの上で大人の男性に手を頭の横に置かれて見下されると目がまわりそうなくらいに緊張してしまう。

 この土地に来てからは、どうしても幼い男の子姿のウォーレン少年とベッドでいちゃいちゃするくらいしか想像できなかったというのもある。


「お嫌ですか?」

「い、嫌などということはありません」


 ウォーレン伯爵はちょっとからかうように笑顔を浮かべていた。

 こうやって間近でみると、笑い方が小さい男の子の姿でいる時とよく似ている。目元の皺と口ひげだけが少し違うだけだった。

 同一人物なのだから、当たり前なのだけれど、あのまま大きくなったのだなと妙に感慨深い気持ちになってしまっていた。


「大丈夫ですよ。優しくしますから」


 伯爵はあまりにも真っ赤になり熱そうな私の頬を冷やすように手を添えた。

 そのまま、顔を近づけて唇を重ねてきた。


「ん」

 口ひげが柔らかくてくすぐったいと思いつつ身を任せた。










「お、おはようございます」


 すっかりおなじみの光景となった朝食風景。

 いつも先に、可愛らしい男の子姿のウォーレン少年が座って待っている。


「お、おはよう」


 いつもとは違い顔が赤く目を逸しながら、朝の挨拶をしてきた。

 今朝、ベッドで目が覚めるといつの間にかウォーレン伯爵はいなくなっていていたので実は夢だったりしたのではないかとも考えてしまった。

 ウォーレン少年を見ると昨晩とは全然違う雰囲気だけれど、ちゃんと昨晩の記憶があるんだなと安心していた。


「さ、昨晩は可愛がっていただきありがとうございました」

「こ、こちらこそ、ありがとう!」


 妙に高いテンションで真っ赤になりがら返事をしてきた。

 こういうところは、昨日の余裕がある様子と違っていて別人のような気がしてしまう。

 何かを察したのか、メイドのアビーさんは朝食をテーブルに置くと気を利かせて部屋から出ていってしまっていた。


「ま、まあ、これで私たちは正式な夫婦だ。ど、どうかこれからもよろしくな」


 照れているのは、間違いないのだけれど……何故かちょっと拗ねたように言う。


(あれ? これは……)


 夫となる少年の態度にどこか違和感を覚えてしまう。


(もしかして……)


 私はちょっと悪い笑みを浮かべていたのだと思う。

 つい、からかってやりたくなってしまったのだ。


「でも、昨晩は色々なところに口づけされるたびに、口ひげがくすぐったくって気持ちよかったです」


 私のその言葉に、ウォーレン少年は再び顔を真っ赤にして大きく目を見開いて私の方を見ていた。


「お、俺だってすぐに口ひげくらい生えるからな。待っていろよ!」


 ちょっと悔しそうにウォーレン少年は、机から身を乗り出しながら言った。


(大人の自分に嫉妬しているのですね)


 どういう感情なのだろう……?

 男の子なら分かるのかな。

 もちろん幼い自分に戻された経験なんてないから、正確なところは分からないのだけれど、ちょっと奇妙な感情のような気がした。


「ふふ、そうですね。旦那さまには、大きくたくましくなっていただきたいです」


 分からないけれど、とにかく反応が可愛いのでついからかってしまいたくなる。


「お、おおう。すぐだから待ってろ」


 心なしかウォーレン少年は背伸びをしながら言っている気がしたので、思わず吹き出しそうになってしまう。


「楽しみに待っていますね」


 まだちょっとからかってはいたけれど、私は心の底からの笑顔だった。

 辺境かもしれないけれど、ここに来ることができて本当によかった。楽しくなりそうだと思うのだった。










 二年後に都が異民族の襲撃によって陥落して、ここフォシアの町が新たな都になるのだということを、まだこの時の私は想像さえできないのだった。

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