第04話 船の中に奇っ怪なものが現れる
船着き場が活気づきました。
「川の向こうがわへ行きたいやつ、乗れ!」
ブローズの大声に、つめかけていた人々がいっせいに動き出しました。
「なんだと!? わしを誰だと思っている! 第六位貴族であるぞ! 貴族に金を払えと言うのか!」
反乱軍から逃げて西へ行きたい貴族がいて、文句を言い始めました。貴族は平民にお金なんて払わなくても当たり前、というのがこれまでのやりかただったのです。
「貴族でも何でも、おれたちがはたらくんだから、その分の金は払ってもらうぞ。気に入らねえなら乗らなくてけっこう。自分で向こう岸へ渡る方法みつけな」
「このぶれい者め!」
貴族が怒って、殴りつけようとしましたが、それより先にたくましい男たちがずらりと周りを取り囲みました。
「ひ、ひぃっ!? おのれ、平民どもが! れいぎを知らないのか! この地の領主さまにうったえるぞ!」
「おう、やれやれ。そして俺たちをしばり首にするか? で、どうやって向こう岸へ渡るんだ? そんなことしてる間に、反乱軍、いやガルディス様の軍がやってきて、お前ら貴族をみんなぶっ殺してくださるぜ」
「おやめなさい」
エリーレアは見かねて、割って入りました。
「はたらいてくれる方には、ちゃんとお礼をしましょう。ただそれだけでいいのですよ」
ブローズから渡し船に乗せてもらう値段を聞いて、そのお金を、文句を言う貴族にも見えるようにして払います。
「まいどあり! ひと二人と馬二頭、じゃああの船に乗りな!」
それを見た貴族は、きびしい顔をして言ってきました。
「いずこの家のお嬢さまかはぞんじ上げませぬが、平民ごときに、そのような態度は、いかがなものかと思います」
「では、この人たちに船を動かしてもらわないで、どうやって向こう岸へ行くのですか?」
エリーレアはあきれながら言いました。
「向こう岸へ渡りたいのなら、渡してくれる人にお礼を。お礼をするのがいやなら、渡してもらえないのはあたりまえですから、自分でどうにかなさい。それ以外にありませんよ」
「我々は貴族ですぞ!」
「貴族だからこそ、りっぱに振る舞いましょう。船を動かしてくれる人に感謝するのは、とてもりっぱなことですよ」
相手の貴族は、エリーレアをばかにするように見てきました。
「どうもまともなしつけをなされておられぬようですな」
「ええ、お父さまにもお母さまにもよくしかられている、おてんば娘ですから」
もう相手にする気にはなれず、エリーレアはさっさと馬を進め、ブローズが示した船の方へ進んでゆきました。
自分の家の名と第四位貴族であることを教えれば、相手をだまらせるのはかんたんでしたが、それではこの人はなにも学ばないままでしょう。
とりあえずこのままでも危ない目にあうことはないのですから、あとは自分でがんばるしかありません。
エリーレアとレントは、それぞれの馬を引いて、船に乗りました。
平べったい、つながれている中では大きな船です。
帆は張られていませんが柱がしっかり立てられていて、馬の手綱をそれにつなぐように言われました。
エリーレアたちのほかにも、何人かのお客が乗ってきて、向こう岸へ運ぶ荷物もつみこまれました。
「じゃあ、お嬢さま、がんばれよ。大切な人に会えるといいな」
ブローズが言ってくれました。
彼は他の船の面倒もみなければならないので、ここでお別れです。
「お前ら、このひとは俺に勝ったえらいお嬢さまだ。必ず向こう岸まで送り届けるんだぞ!」
「へいっ!」
前と後ろと左右と、こぎ手が六人も乗って、さおを使い始めました。
わっせ、わっせ。
野太い声と共に、力強くさおが水をかいて、船は川面を進んでゆきます。
へさきは、沈みかけている夕陽に向いています。
あの夕陽の彼方に、目指すタランドンがあり、カルナリア姫がいらっしゃるのです。
「あら? 向こうへ行くのではなくて?」
船が大きく揺れて、へさきの向きを変え、上流がわに向きました。
「川の真ん中は流れが強いですからね。上流がわへななめにこいでゆくと、それでちょうど真横に進んでいくかたちになるのです」
そういうことには詳しいレントが教えてくれました。
エリーレアは納得しました……けれども。
川の真ん中を越えて、へさきがまた夕陽に向いた、その時でした。
「おい」
「ああ。やるぜ」
こぎ手たちが何か言い交わして、へさきが、一気に左へ、下流側に向きました。
そのままぐいぐいと、下流へこぎ進めて、向こう側の船着き場がみるみる遠ざかってゆきます。
「おい、おかしいぞ、どうしたんだ」
レントがたずねました。
「悪いな、お嬢さま。ブローズのあにきにも悪いが、俺たちはこれから、反乱軍に加わることにした」
こぎ手たちがとんでもないことを言い出しました。
「なんですって!?」
「このまま下っていけばエラルモ河に出て、その向こうはもう反乱軍が占領しているっていう話だ。この船と、荷物と、そしてあんたたちを手みやげに、仲間にしてもらうんだ」
他のこぎ手も言いました。
「あんたの言うとおりに、いままで通りの渡し賃をもらって、いままで通りに人やものを運んでも、さっきのクソ貴族みたいなやつに、えらそうにされるばっかりだ。もうそんなのいやなんだ」
「だったら、わたくしたちを下ろしてから、あなたたちだけでそうなさい!」
エリーレアは剣に手をかけ怒鳴りました。
他の客も同じように怒ります。
「だから、悪いって言ってるだろ。文句あんなら、今すぐ船から下りて、泳いでいきな」
「お断りします! ちゃんとお金を受け取って、わたくしたちを運んでくれると約束したのですから、約束は守りなさい!」
「うるせえ!」
元々血の気の多い男たちです。
すぐに大声で怒鳴って、さおを振り上げて殴りつけようとしてきました。
けれどもエリーレアは、彼らの中で一番強いブローズをやっつけた相手です。
しかも今度は本気です。棒ではなく剣を手にしています。
エリーレアを頼りにして、他の客たちもこぎ手に立ち向かっていきました。
船が大きく揺れます。
六人のこぎ手、それぞれに客が飛びつき、あるいはこぎ手がさおを振り回したり、大騒ぎになりました。
「うわわわわ、おっととと」
ぐらぐらする船の上で、レントが水に転げ落ちそうになって、こぎ手の一人にしがみついて、体をいれかえて、ざんぶとこぎ手が落ちてゆきました。
他のところでも、客とこぎ手がいっしょになって水に落ちてしまいます。
「このやろう!」
「えいっ!」
さおが叩きつけられてきて、エリーレアは何とかかわして、剣を振るいました。
船がぐらぐら揺れていますので、陸の上のように、しっかり足を踏みしめて、じょうずに手加減することなんてできません。
腕を切られたこぎ手が、悲鳴をあげて、どぼんと水に落ちてゆきました。
「ひぃぃ……!」
情けない声に振り向くと、別なこぎ手がレントを押さえつけ、首をしめています。
エリーレアは後ろから剣を振るい、相手のお尻を、切るのではなく引っぱたきました。
痛みに飛び上がったこぎ手は、レントを飛び越えて、これも水に落ちてゆきました。
「ありがとうございます!」
「いえ、それより……」
見回すと、船の中は、がらんとしていました。
みんな、もみあい、争いあって、水に落ちていってしまったのです。
柱につながれた馬たちが、船の大きな揺れをこわがって、ヒヒンとしきりにいなないていました。
こぎ手が、ひとりだけ残っていました。
「もう許さねえぞ……」
太いさおではなく、細い棒を手にしています。
流れの速いところで岩にぶつかりそうになった時によけたり、船着き場に近づいた時に船の動きをおさえるための棒ですが。
その先っぽが、斜めに切ってあって、するどい槍のようになっていました。
それをかまえて、エリーレアに向けています。
「お前がかわすと、後ろの馬に、こいつがぐっさりだぜ」
馬を傷つけられてしまっては、これから先の旅がとても困ります。
「ひきょうもの! 堂々と勝負なさい!」
「うるせえ! 馬ごとくしざしにされたくないなら、剣を捨てな! そっちのチビは、お嬢さまの後ろに行け! へんなことするんじゃねえぞ!」
「うぐぐ……」
レントは、この前のようにこっそり相手の後ろに回ろうとしていたのですが、船の上では隠れることができずに、見つかってしまいました。
「さあ、剣を捨てな」
槍の穂先がエリーレアの喉と、その後ろの馬を狙っています。
相手は使い慣れていて、揺れる船の上でもちっとも姿勢を崩しません。
このまま言いなりに剣を捨てるしかないのでしょうか。
言いなりにそうして、その後はどうなるのでしょうか。
下流へ、反乱軍のいるところへ連れていかれて、売られてしまうのでしょうか。そうなったらカルナリア姫を助けに行くどころではありません。
エリーレアは、自分が刺される覚悟を決めて、踏み出そうとしました。
その時でした。
船底には向こう岸へ運ぶ荷物が色々と、太い水草を編んだぼろぼろのむしろにくるまれて置いてあったのですが。
そのうちのひとつが、突然伸び上がってきたのです。
「わあっ!? なんだ!?」
枯草の束にしか見えないそれが、大きく盛り上がると、エリーレアに突きつけられている槍の、まんなかあたりにのしかかりました。
槍が下がり、切っ先がエリーレアの足元につきます。
「えいっ!」
何がなんだかわかりませんが、エリーレアはとにかく飛び出しました。
狙いすました一撃で、相手の手首を打つと、相手はぐわっと悲鳴をあげて、槍を放り出し、よろめいて、水に落ちてしまいました。
「はぁっ、はぁっ、何とか、なりましたね……」
「エリーレア様、いけません!」
レントの声にはっとすると、船がぐるりと回りはじめていました。
レントが残されていたさおを握り、けんめいにこぎ始めますが、たったひとり、それもそんなに力の強くない彼だけでは、どうにもなりませんでした。
まわりの川面には、先ほど落ちた人たちが流れてゆく頭が見えていて、助けたいのですが、エリーレアにもどうすることもできません。
エリーレアもさおを握って、ひっしにこいで、それでも船はどんどん下流へ流されてゆきます。
「こ、このまま、エラルモに出てしまったら! 反乱軍に出くわしてしまいます!」
「その前に、夜になってしまうわ! 真っ暗になったらおしまいよ! がんばって!」
ふたりは大汗をかきながらこぎにこいで、じわじわと向こう側の岸が近づいてきて、あと少しで川べりに生えている木に手がとどくというところまで何とかたどりつきました。
「こ、ここから、どうすれば……?」
「そんなの、わたくしにもわかりませんよ!」
エリーレアはおてんばで、馬に乗って駆け回ることはよくやっていましたが、船はさすがに経験がありません。
乗ったことはもちろんありますが、自分でこいだことはなく、まして船を岸につけるなど、どうすればいいのか見当もつきませんでした。
「あそこなら、上がれそうです!」
レントが、川がくぼんで、いい感じのなだらかな岸になっているところを見つけました。
そこに入りこめればなんとかなりそうです。
ですがこの大きな船は、ふたりでこぐだけでは、じわじわとしか狙った方向へ進んでいってくれず、せっかくの良さそうな場所もこのままでは通りすぎてしまいます。
と、いきなり。
ぶわっ……と、音をたてて、大きなものが飛びました。
さっき、伸び上がって棒を押さえてくれた、むしろのかたまりでした。
ぼろぼろのわら束にも見えるそれが、とつぜん船から飛び出して、すぐ近くに伸びていた木の枝にへばりつきました。
そのままするすると動いていって、気がつけば船をつなぐための長い縄を持っていて、それを木の幹に巻きつけてしばりました。
船の動きが止まって、ゆっくりと向きを変えました。
「あ…………あなたは、人なのですか?」
エリーレアはおどろいてたずねましたが、ぼろぼろは返事をせずに、さらにずるずると木から木へうごいていって、なだらかな岸に立ちました。
「レント! 縄を、あのひとに!」
同じように船をつなぐための別な縄を、レントが急いで投げました。
岸のぼろぼろは、近くに落ちたそれを、ぼろぼろ越しにつかんで、陸の上へ行って、生えている木にかけてから、自分の体に巻いて、しっかり固定してくれました。
「こぎなさい!」
エリーレアは、最初の縄を切ってから、急いでさおを手にしてレントといっしょにこぎました。
ぼろぼろも体ごと引っ張ってくれて、船はじわじわと川岸に向かっていって、ついにへさきが地面にめりこみました。
「やったあ!」
なだめながら馬を下ろして、どうにか陸地にあげ終えると、どっと疲れがでてきて、エリーレアはへたりこんでしまいました。
レントも同じようにへばっています。
ぼろぼろが動いて、二人を素通りして船に乗りこむと、なにやらごそごそしてから、袋を持って戻ってきました。
果物と水が、エリーレアの前に置かれて。
上の、乾いた場所にぼろぼろは移動すると、低くなって、つまりかがみこんで、ほどなくして火がおこり始めました。
「あなたは……一体?」
船に乗る時に、足が見えました。
このぼろぼろは、魔物でもなんでもなく、こういうものをかぶった人なのでした。
ですが、ぼろぼろはこたえず、頭だろうあたりを動かすだけでした。
「口がきけないのですか。失礼しました。助けてくれてありがとうございます」
相手の正体はさっぱりわかりませんが、とりあえずエリーレアはお礼を言いました。
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