37:解呪と代償

 ジョアンナが目を覚ますと、自室のベッドの中だった。カーテンから漏れ出す光から、外がすでに明るいことがわかる。


 ──やってしまったわ!


 昨夜のことを思い出して、一瞬で顔が真っ赤に染まるジョアンナ。


 ポーションが出来上がったことに興奮して、あろうことかヴィンセントに抱きつき、そのまま眠ってしまったようだ。あまりの恥ずかしさに両手で顔をおおおうとした瞬間、右腕に激しい痛みを感じる。


 ──痛っ! あれだけ長い時間作業していれば、筋肉痛にもなるわね……。


 ジョアンナは右腕を軽く揉みながら、軽く笑った。そして、ベッドの横に置いてあるベルに左手を伸ばす。


 

「チリリリ〜ン」


 ベルが鳴り終わるのとほぼ同時にドアが開き、コリンナが部屋に入ってきた。彼女はジョアンナの顔を見て、ホッとしたような表情を見せる。


 コリンナからすぐにお風呂に入れると聞いたジョアンナは、まずは汗を流すことにした。ポーションを作りながら沢山汗をかいていたので、身体中がベタベタするのだ。


 そしてジョアンナは気がついてしまう。ヴィンセントに抱きついた時、自分の身体が汗をかいてボロボロの状態だったことを……。


 ジョアンナは顔を真っ青にして、頭を抱えるのだった。


 


 湯から上がり髪を乾かしてもらいながら、眠っていた間の話を聞いた。


 ジョアンナが使用人達によって部屋まで運ばれた後、騒ぎを聞きつけたケルヴィンとセリーナがすぐに調合室へ来たそうだ。彼らはヴィンセントから話を聞きながら出来上がったポーションを手に取り、人目もはばからず涙を流していたらしい。


「お2人とも、とってもジョアンナ様に感謝されていましたよ」


 そう言ったコリンナの声は、明るく弾んでいる。

 

 ジョアンナが目覚めたことは3人に連絡したらしい。すぐに使いの者が来るのではないかと噂をしていると……ケルヴィンからの使いがやって来て、夕方に4人でお茶を飲むことになった。



 その後すぐに、治癒士の女性もジョアンナの部屋へやって来た。


 軽い筋肉痛の場合は、自然治癒をした方がよいそうだが……今回はこれまでの無理な練習に加えて、1日中体を酷使こくししたこともあり、治癒魔法をかけてもらうことになった。


 彼女がジョアンナに手をかざすと、あっという間にさっきまで感じていた腕の痛みが消え去った。ついでに、凝り固まっていた肩や背中の痛みも消えている。


 ジョアンナは治癒魔法のあまりの効果に、目を丸くするのだった。



 

 約束した時間にヴィンセントの部屋に行くと、すでに全員揃っていた。

 ジョアンナを見つけたセリーナがすぐに飛んできて、ジョアンナをギュッと抱きしめる。


 身体は疲れていないかを念入りに確認しながら、心配そうにジョアンナの身体のあちこちを見ているセリーナ。そのあまりの真剣さに、ジョアンナはくすぐったいような感覚を覚えた。



 席に着いてお茶をひと口飲むと、ケルヴィンが真剣な顔でジョアンナを見た後に、勢いよく頭を下げた。


 隣のセリーナも同じように頭を下げている。


「ジョアンナ、本当にありがとう! どんなに言葉を尽くしても伝えきれないほど、感謝している」


「ヴィンセントから作業の様子は聞いているわ……本当にありがとう」


 ジョアンナは突然の事に驚いていると、隣からも声が聞こえてきた。


「ジョアンナ嬢、本当にありがとう。あんなに大変な作業を私のために……。心から感謝している」


 ジョアンナは首を左右に振ると、3人に向けて明るく微笑んだ。

 

「ポーションが無事に完成して良かったです!」




 少しの間、作業の様子などを話した後。遂にポーションを飲むことになった。念のためディーノにも来てもらい、ヴィンセントもベッドに移動する。


 ベッドから少し離れた所に立っていたジョアンナの元に、ダニーが最上級解呪ポーションを持ってきた。


 思わずセリーナを見ると、彼女は大きく首を縦に振りジョアンナに微笑んだ。


 ジョアンナはポーションを受け取り、ヴィンセントの前に立った。そして、震える手でふたを丁寧に開けてヴィンセントに手渡す。


 ヴィンセントはそれを少し震えた手で大切そうに受け取り、ジョアンナを見て軽く頷くと一気に飲み干した。


 彼の喉がコクリと動き、口からポーションの瓶が離れた瞬間。彼の全身をまばゆい光が包んだ。

 

 あまりのまぶしさに目を閉じたジョアンナ。光が収まった気配を感じて目を開けると、ヴィンセントが信じられない様子で自身の左手を見つめながら涙を流しているのが見えた。


 彼の視線の先に目を向けると……左手の指が動いている。


 ケルヴィンとセリーナは声にならない声をあげて、ヴィンセントに抱きついた。そのまま3人は涙を流して抱き合っている。

 

 ジョアンナはその場から動けずに、にじむ視界の向こうにいる3人を眺めていた……。



 その後、ヴィンセントはディーノに身体を診てもらった。腕にあった赤黒い文字は跡形もなく消えている。ついでに、聖水を飲んでも残っていた身体の痺れも無くなっているそうだ。


 ただ2年半もの間、左半身はほとんど動かしていないので、筋肉が相当おとろえているらしい。しかしそれも、少しずつ動かして体力をつけていけば、じきに元通りになるそうだ。


 ディーノの話を聞いて、ホッとしたように笑ったヴィンセント。そんな彼を見てジョアンナの瞳から大きな涙が落ちた。




 同じ頃、王都ではいくつかの事件が起こっていた。


 王宮内で1人の魔術師の男が、不審な死を遂げる。


 目撃者の話によると……黒い霧のようなものが突然現れて、彼を包んだそうだ。そして黒い霧が晴れると男は急に苦しみだし、その場で息を引き取った。


 彼は第2王子のクリフォードが親しくしていた魔術師で、【闇魔法】のスキルを持っていた。



 時を同じくして、クリフォードが自室でお茶を飲んでいると、突然黒い霧のようなものに全身を包まれた。慌てて護衛が王子を救出しようと動き出した瞬間、黒い霧がパッと晴れる。


 混乱する部屋の中、すぐに医師が呼ばれたが、王子の身体には全く異常がなかった。


 その後、王宮内でも似たような黒い霧が発生したこと。それに包まれた魔術師が、亡くなったことがわかった。すぐに護衛が増員され、クリフォードの守りは厳重に強化された。

 

 

 そうして何人もの護衛に守られながら眠りについたクリフォード。


 翌朝、彼が目を覚ますと自身の身体に異変を感じた。

 何故か、身体の左側だけが全く動かないのだ。

 

 すぐに医師に診てもらうと、彼の左腕に昨日は無かった文字のような模様がうっすらと浮かび上がっている。


 前日に黒い霧に包まれて亡くなった魔術師がいたこともあり、すぐに王宮内は大騒ぎになった。



 騒ぎを聞きつけた国王とセドリックには、これに心あたりがあった。

 すぐにクリフォードの部屋へ向かい、彼の腕にある文字を確認した2人は揃って肩を落とした。



 その文字は……ヴィンセントの腕に浮かび上がっていたものと同じものだったのだ。

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