25:ある村の話

 リネハンの屋敷の調合室にディーノの姿があった。彼はニュクサーバ王国を中心に活動している薬師なのだが、ケルヴィンの依頼で春まではこの屋敷で過ごすことになっている。

 


 ある日、ケルヴィンの使者が祖父を訪ねてディーノの家にやって来た。祖父はすでに他界していると伝えると、カリード王国の素材に関する知識がある者に心当たりがないかと聞かれる。

 

 ディーノの祖父は、この国から遥か南にあるカリード王国の出身の薬師だった。家族の中で唯一、祖父から薬作りを教わっていたディーノが使者と話してみると、リネハンの屋敷に来て欲しいと言われる。

 

 仕事の内容は詳しくは教えてもらえなかったが、カリードで採れる素材について知りたいそうだ。そのため、ディーノは祖父が残した手記を全て持ってこの屋敷にやって来た。

 

  

 これまでに貴族からの依頼を何度も受けたことがあるディーノであったが、屋敷に到着してからは驚きの連続だった。


 まず、屋敷に着いて早々に、この家の一人息子であるヴィンセントを診ることになった。どうやら遅効性の毒を盛られていたらしく、急ぎでその治療を頼まれたのだ。


 ヴィンセントは見たこともない身体の状態だった。身体の半分が黒く変色していて、半身に麻痺があり寝たきりの状態になっている。これは全く知らない症状でどうしようかと思っていたところ、この身体の状態は2年前に蛇に噛まれた毒の影響で、今回の治療とは関係ないと言う。


 順を追って説明を受けると、何とも酷い話だった。


 この身体の治療のために紹介された医師に、遅効性の毒を盛られていたのだ。運の良いことに、その医師が使った毒の種類が特定されていた。ついでに解毒薬を作るのに必要な薬草を持っていたので、すぐに解毒薬を作ることができたのだ。


 ケルヴィンは、ヴィンセントの治療と薬作りを追加で依頼してきた。どうやら、リネハンでは急ぎで大量の薬が必要になっているらしい。


 提示された金額が高額だったこともあるが、ディーノはヴィンセントの境遇に同情してこの依頼を引き受けることにした。

 


 ヴィンセントの治療の後、屋敷に呼ばれた本来の理由を知って更に驚いた。


 カリードでしか手に入らないはずのデスパル草を、ヴィンセントの婚約者のスキルで手に入れたらしい。そのためデスパル草について詳しく知りたいというのだ。


 ディーノも様々な国に行き、様々な人に出会ったが、そんな変わったスキルは聞いたことがなかった。何故、ここから遥か遠くの国の貴重な薬草がスキルで手に入るのか……全く理解できない。


 この事は他言無用と言われたが、言えるわけがないだろう。そんな貴重なスキルを持った者など、貴族や国で奪い合いになるに決まっている。厄介ごとに関わるのは御免だし、何より目の前にいるケルヴィンを敵に回すことなど考えたくもない。


 貴族然としたこの美しい男だが、ディーノの暮らす国では「青い悪魔」と呼ばれて恐れられている。

 剣の腕は恐ろしく強く、知略にも長けるこの男を決して敵に回してはいけないというのは、ディーノの国では常識だ。


 それに貴族の屋敷で見聞きしたことは、絶対に他所よそで話さないように小さな頃から祖父に何度も言われている。



 ディーノはヴィンセントの治療のかたわら、ケルヴィンから頼まれている薬作りに励んでいた。


 薬作りが終わり時間が空くと、デスパル草の情報を探すために少しずつ祖父の手記を読んでいる。そこには興味深い情報が多く書かれていた。

 

 カリードは、温暖で年中夏のように暖かい小さな島らしい。動植物などの生態もこの辺りでは見られない物ばかりのようだ。きっと見たことのない素材が沢山あるだろう。この屋敷での仕事が終わったら行ってみてもいいかもしれない。そんなことをディーノは考えていた。



 

 ある日、ディーノはヴィンセントの診療の後に、ベッドの傍に置いてある小さな瓶が目についた。

 

 ヴィンセントに尋ねてみると、どうやら彼の婚約者のスキルで手に入った物のようだ。ディーノは、聖水と言うその綺麗な瓶に興味が湧いた。

 

 ヴィンセントから聖水について詳しく聞くと、心に引っかかるものがあった。気になったので「聖水を少し見せてくれないか?」と頼んでみたが、その瓶は大切な物のようで触れさせてもらえなかった。

 

 ただ、彼女が何本か同じ物を持っているので、「ディーノにも1本分けてもらえないか」と聞いてくれるそうだ。



 その日の夜、ディーノは食堂でケルヴィン達と食事を楽しんでいた。

 この屋敷の料理人はとても腕が良く、どの料理もとても美味しいものばかりだ。

 

 リネハン家の人たちは平民の自分にも、一緒に食卓を囲むことも許してくれている。最初と最後の日に歓迎や感謝を込めて食事に招かれることもあるが、このような扱いを受けることは珍しい。


 今夜も美味しい食事を食べながら、4人で様々な話をする。

 彼らはディーノの話も良く聞いてくれたし、彼らの話も平民の自分でも理解できる話や、少し難しい話はわかるように説明してくれた。


 食後にお茶を飲んでいた時。そういえば……と思い、聖水の話を出してみた。

 すでにヴィンセントから聞いていたようで、控えていた侍女が聖水をディーノの元に持ってきてくれた。

 

 その瓶を良く見てみると、中に入っている液体がキラキラ輝いている。それを見ていると急に最近読んだ祖父の手記の内容を思い出した。


 彼らに断り、急いで部屋に戻り手記を取ってきた。

 無作法だが、その場で手記を開き確認していくと、探していたページはすぐに見つかった。


 手記には、カリード王国の山奥の村に残る、古い言い伝えが書かれている。

 

 雨上がりに虹のふもとへ行くと、光り輝く泉に出会うことがある。その泉は清らかな力を宿し、悪しきものを消し去る力があるそうだ。泉から汲んだ水は光を帯びていて、輝きが消えるとその力も消えてしまうらしい。

 

 ──村に住む娘には恋人がいた。2人は仲睦まじく、将来を誓い合った仲だった。

 ──その娘に恋をした別の男が、娘を手に入れようとしき者と契約をした。

 

 ──ある日、娘は突然目を覚まさなくなった。

 ──娘の体は、日増しに消えるように薄くなっていく。

 ──恋人の男は、村の占い師に言われて、虹の麓の泉を探す旅に出た。

 ──何日も何日も、男は歩き、大雨が上がった後に小さな虹を見つけた。

 ──男は必死に走り、その虹の麓で光る泉を見つけると水をみ、急いで村に戻る。

 ──そして、占い師に言われた通りに、泉で汲んだ光る水を娘に飲ませた。

 ──すると、娘は目を開けて、2人は永遠に結ばれた。

 

 ──娘が目を覚ますと、今度は悪しき者と契約した男が目を覚まさなくなった。

 ──その男の家族も虹を見つける旅に出て、泉から光る水を持ち帰る。

 ──男に光る水を飲ませようとすると、泉の水は急に光を失ってしまう。

 ──そして男はそのまま消えて、いなくなってしまった。


 少し古い言葉で書かれているが、祖父の手記にはこんな話が書かれていた。

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