22:王太子と秘密のお茶会②

 ジョアンナとセリーナが退室して3人だけになると、セドリックは大きく息を吐き出した。さっきまで浮かべていた柔らかな笑みは消え、顔には疲れの色が見える。


「想像を遥かに越えていたよ……。[10連ガチャ]までは手紙で報告を受けていたが、ここ数日で新しい能力が増えているね。[交換]か……コインを貯めれば望みの物が手に入るなんて、恐ろしいスキルだな」


 ケルヴィンもジョアンナの前では見せたことのない、当主の顔をしている。瞳に鋭い色を宿しながら足を組み、お茶をひと口飲むと冷ややかな笑みを浮かべた。


「渡しませんよ」


「そのつもりは無いから安心してくれ。恩人でもあるヴィンセントの婚約者だ、手を出すような真似はしないよ。ただ、いつまで隠しきれるか……。聖水もデスパル草も、恐らく簡単には手に入らない貴重なものだ。売るにしてもいくらの値がつくのか、全く想像もつかない」


 セドリックがジョアンナを望む気が本当にないことを感じたケルヴィンは、少し瞳の圧を下げて顎を軽くさすりながら答える。


「売ってもうけるつもりもないので、彼女にはなるべく[アイテムボックス]から手に入れた物を取り出さないようにさせています。ただ、保管できる数にも限りがあるようなので、これも一時しのぎでしょう」


「それが賢明だね……他国の貴重な薬草が市場しじょうに流れれば、どうやっても目立つ。ポーションくらいは売っても良いが、貴重な物は[アイテムボックス]にしまっておいた方がいいね。あっちの派閥の者がぎつければ、恐らく騒ぎを起こすだろう……」


 セドリックはうんざりした表情をして、ひと口お茶を飲む。

 

 第2王子のクリフォードはやや短慮なところは見受けられるが、権力欲が強いわけでもなく、特に問題を起こすタイプの男ではない。


 ただ、彼の婚約者のマルサス侯爵家には、少し問題があった。婚約者の父親でもある現当主が権力欲が強く、悪い噂も多いのだ。

 

 最近ではクリフォードを王太子にしようと、侯爵が活発に動いているらしい。彼がジョアンナの情報を得れば、すぐにクリフォードの第1夫人や側妃にしようと動き出すだろう。


 セドリックは目の前の男をチラリと見て、心の中で溜め息をつく。


 ケルヴィンは、この美貌で穏やかな物腰のためわかりにくいが、苛烈かれつな性格をしている。


 このリネハンを問題なく治めていて、【剣聖】のスキルを持っているのだ。その彼が鍛えあげた騎士団もなかなかの強者つわもの揃いだと聞く。彼が本気になれば周囲の領地どころか、王都さえもあっという間に落とすだろう。


 そして、剣の腕だけではなく、実は政治にも長けている。本人に権力欲があまりないので王家と事を起こすことはないが、家族を守るためなら王家にも牙をくだろう。


 隣国をはじめとして他国にも影響力のあるケルヴィン、その彼と敵対する事を想像するだけで肝が冷える。


 さっきまでの様子を見る限り、ジョアンナを実の娘のように扱っているので、彼女に何かあれば全力であらがうだろう……。


 セドリックは、近い未来に嵐が起こりそうな予感を感じ、頭が痛くなった。

 


 この後、セドリックとケルヴィンの話し合いは続き、幾つかのことが内密に決まった。


 ジョアンナの事は、セドリックの父である国王にだけ内密に報告する事になった。

 

 ……とは言え、スキルは国として厳密に情報を管理しているものだ。スキル研究所への報告はしばらく見合わせるにしろ、王家でも情報を把握しておく必要はある。そのため、彼女に新しく大きな変化が起これば、速やかにセドリックへ報告することが決まり、ジョアンナに関する話は終わった。



「それで、パオロについても話があると言っていたが、何か問題でも?」


 セドリックの問いかけに、ケルヴィンのまとう空気が変わり、部屋の温度が一気に下がったように冷たくなる。

 

 ケルヴィンは綺麗な作り笑いを浮かると、胸から小さな包みを取り出してコンラッドに手渡す。


 セドリックは戸惑いながらもコンラッドから包みを受け取ると、中身は紙に包まれた薬のようだ。


「先日、パオロから処方されたヴィンセントの薬です。体力を回復する薬と言われて1年ほど飲んでいましたが、ジョアンナがたまたま【鑑定】したところ、遅効性の毒薬である事がわかりました」


「なっ…………それは確かか?」


 あまりの内容にセドリックは声を荒げて立ち上がった。そして信じられない様子で、受け取った薬を見つめている。

 

 その様子をじっと見つめているケルヴィンの瞳は相変わらず冷ややかだが、さっきまでよりは少し険の取れた視線になっている。

 ケルヴィンは実の所……セドリックにも疑いの目を向けていたのだ。しかし、目の前の2人の反応を見てそれは無いと判断した。


 それから、ケルヴィンはジョアンナの【鑑定】で得た情報や、現在の主治医から毒による後遺症はほとんど無いと言われていることを話した。


「それは良かった……」


 セドリックは心から安堵あんどした。

 


 ヴィンセントは学園で出会ったので付き合いは短いが大切な存在だ。

 

 王太子であるセドリックには、権力に擦り寄ってくる者が多い。学園では勉強にしろ、実技の授業にしろ、何をするにもだいたい1番を譲られて誉めたたえられた。


 そのことに、言葉にならない歯痒さのようなものを感じていた。


 しかし、ヴィンセントは学園の剣の授業の時に、何の遠慮もせずに剣を振りセドリックを打ち負かした。そんな彼に興味を持ち、話をしてみると気の良い男で気が合った。

 

 自分に遠慮せずに物を言う者は、思いの外少ない。学園に入り嫌でもそれを実感した。


 同世代の子供たちが親の意向を受けて、接してくるのだ。王宮の中と同じように、当たり障りの無い笑顔を浮かべ、言質を取られないように気をつけて話す。

 

 そんな中で得た、数少ない本音を話せる友人がヴィンセントだ。ヴィンセントは首を縦には振ってくれなかったが、自身の側近にならないかと何度も口説いていたのだ。


 諦めきれなかったセドリックは学園を卒業してからも、メホールの視察という理由を作り付き合いを続けた。

 

 

 あの日も、魔の森で自分をかばって、ヴィンセントは蛇に噛まれたのだ。

 

 美しかった顔には黒いシミのような物が広がり、それは左半身をおおっているという。そのせいで、当時の婚約者とはひどい形で婚約を解消することになってしまった。


 なんとか治療法はないかと、他国にも手を広げて情報を探しているが……今の所、何の成果も得られない。セドリックを恨んでも良さそうなものを、愚痴も言わずに「未来の王を守れて良かった」などと言って笑うのだ。


 そんなかけがえのない友人に、王家から紹介した医師が毒を盛っていたという。セドリックは湧き上がる怒りを感じていた。

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