第3話
そんな考えが凪紗の頭をよぎり、口を思わず開く。
「僻
ひが
むのもいい加減にしてもらえませんか。原先輩が私を選んだんです。文句があるなら私ではなく、原先輩にどうぞ。」
───ああ、やってしまった。
しかし、今まで抑えてきた感情すべてが溢れ出すかのように凪紗の口からは、言葉がどんどんこぼれ落ちていく。
「大体、そっち側の人間ってなんですか。私は性別以前に、人間という存在を好きにはなれません。人を蔑むことでしか自分の立場を、価値を見出すことができない、あなた達みたいな人がいるから。それに空気を読まない人なんか、早々いませんよ。川田先輩たちが空気を読んだことが無いだけですよね。でも、気づいてましたか?今まで先輩たちが空気を読まなくても、特に問題を起こさず生活できてたのだって、ちゃんと脳みそを正常に機能させられるこっちが、空気を読んであげていたおかげなんですよ。ちょっとはその空っぽの頭で考えてみたらどうですか。」
思わず、はぁはぁと肩で息をする。
そこでようやく凪紗は冷静になった。
───本当に良くない。
感情に任せ、言いたいことをすべてぶつけ、相手を下に見る。傷つくとわかっていながら、敢えて傷つけに行き自分だけを満足させる。自己満足でしかない。これでは目の前の4人と同類ではないか。
これだから、人間は好きじゃない。受け入れられない。自分を含めて。
川田が空になっていたグラスを持ち、それを振りかざす。
すべてがスローモーションのように見え、段々とそのグラスが自分へと近づいてくる。
思わず目をつぶり、だが川田の、彼女自身の自己満足を受け入れる。
───自業自得だ。
パシっっ
想像していたより、痛々しくはない音が耳へと入ってくる。何かに殴られた感覚は、まだない。
そっと目を開けると、視界に飛び込んできたのは川田ではなく、背の高い男性の背中だった。
凪紗が、この人がグラスを受け止めたのだと気づくのには、時間が少しかかった。おそらく店内に何人書いたお客の一人だろう。その男性は凪紗よりも20センチくらい上にある顔をこちらへ向け、こちらを覗き込む。
「大丈夫?」
男性にしては少し高めの声で話しかけられる。帽子を深く被り、マスクもしている。なぜファミレスに来てマスクをしているのか、という疑問も、その人と目を合わせた途端、一瞬で何処かへ消え去った。何もかもを見透かされそうな、透き通ったきれいな目をしていることは眼鏡越しでもよくわかった。その人は男性にしてはかなり小さな顔をあげ、再び川田たちの方へ体を戻した。
「ねえ、君たちさ、さっきからずっと色んな人の迷惑になってるの分からないの?」
決してトーンは低くないが、その人が発した声色でなんとなく緊張感が走る。凪紗自身もも、おそらく川田も興奮して気づいていなかったが、店内の殆どの客を始めスタッフまでもがこちらを見ている。
「えっと、あの、私、、」
川田が言葉に詰まる。
そんな彼女の言葉を遮るように、その男性は話し始めた。
「ごめんね、でも一つだけ言わせて。恋愛は自由でしょ?好きになっちゃいけない人なんかいない。だからこの子のことが好きな原先輩?だっけ、のことをあんたは今も想ってる。そんなあんただからこそ、そっち側とか、こっち側とか、いっちゃいけなかったんじゃん?もし恋愛において、そっち側があるんなら、あんたも十分そっち側の人間になると俺は思う。だからこそ、そんな差別みたいなこともう絶対に言わないでほしい。その軽はずみな言葉で、どれだけの人を傷つけるか考えてから言いなよ。」
優しい人なのだろう、と凪紗は思った。やはり声のトーンは下げずに、怒っているような感じを出さないようにしてくれている。だがなんとなく、声の雰囲気みたいなもので、その真剣さや少しの怒りみたいなものがこちらにまで伝わってくる。
「いっ、行こっ……」
居ずらくなったのだろう。川田たちは逃げるように、その場を去っていった。少し安堵していると、またしても綺麗な目がこちらを見つめた。
「いつか、好きになれるといいね。自分のことも、誰かのことも。」
今度は優しい声でそうとだけ言い残し、私がお礼を言う前に一緒に来ていた友達らしき人たちの所へ戻って言ってしまった。
心臓が今までにない速度で、血液を送り出していた。
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