未来の婿が深夜の散歩するかもしれないからって、オッサンの俺がどうして、姫を襲わなきゃいけないんですか?
松井みのり
求婚前夜
国連軍がメルファンタジア王国と極秘の模擬戦争に負けてから、二週間後の出来事だった。ここ数日は仕事に追われてい眠れていない日々が続いている。
その模擬戦争の報告は、耳を疑うものばかりだった。一つ残さず破壊された無人兵器についていたレコードには何も記録されていない。
だがさらに、緊急だからこそ集めることができたはずの優秀な有人兵器のパイロットたちの証言はもっと最悪だった。「ファンタスティック……!あれは魔法としか言えないね!」
『異世界』に国連が負けたのだ。それも、あっさりと。間違いなく世界単位で対策を考えなければいけない事態だ。
しかし、現状はこうだった。
「あの魔法の正体を知りたい。何か参考になる画像はないか?」
「いや、待て。その画像はデマだ。奴らめ、魔法の正体を知るのは自国だけにしようとしているのか」
「金だ。とにかく金で『異世界』の連中の言うことを聞かせることができないだろうか」
「この世界には多様な文化がある。それを披露しようではないか。もちろん披露すべきは我が国の文化だ。最も彼らに響くだろう」
文字通りの世界的な内輪揉めに振り回されることに、出世コースまっしぐらであっても、すでに俺の身体は中年。もう疲れていた。しかし、それでも国家安全保障局の一員だ。どの国がどうなろうと、なるべく秘密裏に、この危機を乗り越え、国民の安心と安全を守らなけばならない。
俺の名前は桜井俊夫だ。
模擬戦争に勝ったメルファンタジア王国から発信された音声は、幼い女の子の声でその発言は最後までしっかりと記録されていた。もちろん俺自身もしっかりと記憶している。
「うむ。話には聞いていたが、そなたたちの攻撃手段は本当に物理攻撃しかないのだな?しかし、このような逆境にでも強い意志で、わらわ達に命運を委ねなかったことは、何か感じさせるものがあった。賞賛に値するぞ。こちらの予定通り、そなたらに援軍を求める。メルファンタジア王国第一王女ミィナ・アストラス・マリンステラ・カルミラス・レインテージ・ヴァルキュリア・ヴァン・メルファンタジアの名において、『条件つき』で、そなたたちの安全と繁栄は保証しよう」
我々のことを嘲笑っているからか、それとも一国の主としての矜持からなのか。
この言葉遣いはとにかく、我の命は王女殿下の指示により管理されることとなった。
条件付きというのは、メルファンタジア王国もまた異次元の存在に脅かされているため、この世界から援軍を用意してほしいという話だった。メルファンタジア王国に手も足も出なかった我々の兵器が何の役に立つのかはわからない。しかし、援軍そのものを拒否することは、この世界の滅亡を意味している。
いまだかつて人類が直面したことないであろう緊急事態だった。もちろんビデオ会議をすることもあったが、各国を飛び回り、交渉と協力のために対面での会議をする必要があった。
休むことができたのは飛行機の中だけ。生きた心地がしなく、機内食は味を感じられなかった。
二週間前の模擬戦争の準備段階から、この生活が続いている。妻にはしばらく会うことはもちろん、連絡もできていない。
時代錯誤と言われるかもしれないが、俺たち夫婦の力関係は亭主関白だ。この危機に直面するまでは夫婦の関係性をいつかは見直す必要があると考えていたが、今はそれどころではなくなった。この世界が滅ぼされてしまっては、大切なものを守りたいなどと甘ったれたことは言えない。
それは、深夜の出来事だった。ある日、某国との会議が急遽中止になってしまったので、俺たちはホテルで休むことになった。やっとの休息だ。もちろん準備しなければいけないことは山のようにあるが、少しは休める。今日ばかりは妻に連絡をしよう。
俺がホテルのドアを開けると、そこに”彼女”はいた。
彼女とは妻のことではない。あの異世界の王国の王女殿下だ。
「王女殿下、こんばんは。どのようなご用件でしょうか」
俺は驚きのあまり停止しそうになった心臓を見破られまいと、何事もなかったかのように礼をする。ビデオ会議で何度か話はしているが、直接出会うのはこれが初めてだ。
「うむ。たしか桜井と言ったな。わらわの頼み事を聞いて欲しいのだ」
王女殿下は俺の緊張を見破っているのだろうか。いつも通りの態度なので、何を考えているのか今ひとつわからない。
王女殿下は話を続けた。
「メルファンタジア王国の文化はもちろん素晴らしいものだが、この世界の文化も学ばせてもらった。特にSF映画は面白いな。兵器による物理攻撃と、それから我々のような魔法攻撃も、映画というフィクションの中では使うことができるというのは、なかなか新鮮な気持ちで楽しむことができた。たしかタイトルは『スターノ・ウォーズ』とやらだったかな」
模擬戦争の後に、何の話を彼女はしているのだろうか。俺を試しているのだろうか。
少し考えていると、王女はさらに話を続けた。
「そこで、わらわは考えたのじゃ。『スターノ・ウォーズ』の登場人物のような腕の立つような剣士であれば、あのドゥームの侵攻も食い止められるだろうと。もちろんダーダベイダーのような闇に堕ちたものではダメだ。騎士道精神に溢れた若者がよい」
「わかりました。王女殿下、今すぐこちらで世界各国から有望な剣士を手配します」
……内心、俺は笑いそうになった。今まで脅威でしかなかったメルファンタジア王国が、まさか映画の影響をここまで受けるとは。
「いや、その必要はない。『スターノ・ウォーズ』に、「十二人の侍」という参考資料があると知ったわらわは、日本という国に目を向けたのだ。何故わらわがそなたと対面しようと考えたのかは、もう検討がつくだろう?」
王女の声量と熱量がどんどんと大きくなってきている。
「その通りだ、桜井!日本という国には剣道を志す有望な若者が集うインターハイがある!」
俺は何も言っていないのに、意気投合したことになってしまった。どんどんと王女殿下の目指すものがわからなくなってきた。彼女は何をしたいのだろう……。ビデオ会議での印象と大きくずれてきてしまった。
そのとき、後ろから声が聞こえた。
俺の背後には今閉めたばかりのドアしかないはずだ。
「まさか姫様が冗談をおっしゃっていると考えてはいませんよね。姫さまは桜井さまにこの話を伝えるために、今日の会議を急遽中止にさせたのですから。もっとも、この話を伝えるためだけではなく、メルファンタジア王国や、この世界にとって厄介な存在になるであろう政治指導者を暗殺するのも目的のひとつでしたが」
後ろを振り返ると、若いメイド姿の女性が立っていた。たしか名前はカラといったはずだ。ただのメイドではないのか?
「うむ。カラは少し用心深いところがあるからな。わらわは、そなたのことを信頼しているから話しているのじゃ」
王女殿下は少し黙ってこう言った。
「桜井、深夜の住宅街で、わらわを襲ってくれ!わらわのために一芝居打ってくれないか!?」
え。何を考えた結果、そうなったの?
「姫さま!本当にその計画を桜井に委ねてよいのですか?」
「安心しろ、そもそも桜井は強くない。それに『王家の加護』がある限り……」
「………………………………………………………………」
「…………………………………………」
「………………………………」
「……………………」
……この後も王女殿下とメイドの会話が続いた。
従属する立ち位置にある俺は黙っていることしかできなかった。
最終的にメイドのカラも芝居に巻き込まれることになり、王女殿下の命令を実行することになった。
俺の明日は決まってしまった。
俺としては納得がいかない。一般人を巻き込むのは国家安全保障局の一員としては苦渋の決断だった。それに、個人的にも俺には妻という大切な存在がいる。
だいたい、未来の婿が深夜の散歩をするかもしれないからって、オッサンの俺がどうして、姫を襲わなきゃいけないんですか?
未来の婿が深夜の散歩するかもしれないからって、オッサンの俺がどうして、姫を襲わなきゃいけないんですか? 松井みのり @mnr_matsui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます