【短編】その先に見えたもの
もかの
その先に見えたもの
とある病院。
医師もろくにいなければ、看護師もほとんどいない。
──だが、それもそのはず。
ここに来るものは皆、未来が決まっているものたちであるからだ。
こういうと聞こえはいいかもしれない。なので、もう少し詳しく言うと。
近い将来、必ず命を落とすものたちである。現代の医療では、もうどうしようもない人たちが集まっている。
無論、私もその一人だ。
50歳くらいと普通ならば生きていられる年齢の私は、ある日突然、家の中で倒れたのだ。
目が覚めたときは、病気になったときによくお世話になる病院のベッドで横になっていた。
がんだった。それも、既に対処できないほどの。
そして、私は医者にこんなことを告げられた。
──あなたはうちの病院では対処ができません。別の病院にお送りします。
納得できる話だ。当時の私も、何も迷わずにうなずいた。
今となっては、その言葉の意図を読めてしまうが。
──助からない人がうちにいても空間の邪魔です。同じ境遇の人たちと最期を暮らしてきてくれ。
そうして送られてきたのがこの病院だ。
私がいるのはその中の一室。
1つしかない窓の部屋にベッドが6つ並べられている。今や、6つとも埋まっているが、私が来たときは2人目だった。
その窓は分厚いカーテンで締め切られており、外の様子など分かるわけがない
窓際のベッドには、私より前の先住民、矢野さんがいる。どうやら、先着順に詰めていくらしい。
ここには、当然のことながら、娯楽など1つたりとも存在しない。
足など動くわけのない私たちには、病院を歩くという行為すらも許されない。
しかし、そんな私たちにもたった1つだけ、娯楽が存在した。
カーテンの向こう側である。
体の自由が効かない中、矢野さんは毎日、私たちのためにと、分厚いカーテンを自分にだけ見える程度開き、外の様子を伝えてくれる。
「今日も、赤い花を抱えた女の子がきたよう」
「今日もお見舞いかね」「1度でいいから話してみたいものですわね」「いい子じゃのう……」
そんなことを伝えてくれる。
私たちにとっては、何者にも代えがたい娯楽だった。
♦
ある日。
この部屋の4人目の住人である谷川さんが矢野さんに話しかける。
「矢野さん、あたしゃ今日が峠らしくてよぉ、どうか今日だけでもいいから窓の外を見せてくれないかね」
その言葉を聞き、この部屋の皆が悲しむ。そして、矢野さんに視線を向ける。
──ダメだった。
私を含めた5人には理解ができなかった。そのまま谷川さんは「すいませんねぇ」といって目を閉じた。
その日の夜。谷川さんは再び目を開けることなく、静かに息を引き取った。
このときから、私は矢野さんに不信感を抱いた。
──なんでダメなんだ。最期くらいは見せてやってもいいじゃないか。
その気持ちは、矢野さんが外の様子を私たちに伝えるたびに膨れ上がってくる。
──そうだ、ベッドは早い順になるんだ。矢野さんがいなくなれば、私が窓際になれる。
矢野さんがいなくなれば、矢野さんがいなくなれば──。
矢野さんが、死ねば────。
♦
数日が経った日のこと。
矢野さんの元気がなくなってきた。
体を起こすのもつらいのか、外の様子を見ようともしない。
私たちは皆、同じことを考え、何も言うことができず、黙っている。
──そんな中、心の中でどこか笑っている自分もいた。
夜になり、皆も寝静まろうとしたとき、矢野さんが体を起こした。
衰弱しきっているようなようすで起き上がる。
そして、外を見る。
「今夜は、星がきれいだぁ。明日も、きっといい天気に、なって……いるんだろう……な、ぁ……」
そう一言言うと、ベッドに倒れ込む。
看護師が駆けつけたときには、もう息をしていなかった。
♦
矢野さんが運ばれていくと同時に、私の移動も始まった。
意図せずとも、私は自分でも心で笑っているのを理解できた。
──ついに、私も外の様子を知れる。例の女の子はどんな子なんだろう。
そうしていると、移動も終わった。
私はすぐに重いカーテンを少し開く。
夜とはいえ、久しぶりの自然の光に一瞬目を閉じる。
──目を開くと、そこに広がっていたのは、高く横長いレンガの壁だった。
《あとがき》
お読みいただきありがとうございます。
起承転結スタイルで書いてみました。
ラストがここで終わっているのは、皆さんに考えさせたいからです。
カーテンを開けると広がっていたのは、レンガの壁。矢野さんの話とは全く違うものでした。
矢野さんが谷川さんに見せなかった理由、そして明日もいい天気だろうと言って亡くなるシーン。
皆さんなら、このあとどうしますか?
【短編】その先に見えたもの もかの @shinomiyamokano
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