わたくし、夢幻、アーカイヴ
織田杏奴
アーカイヴ・おことわり
私は、先輩のお顔を、一度だけ見たことがある。
正確には、先輩のお顔を描いた、小さく黄ばんだキャンバスを、一度だけ見たことがある。
私のとおんなじ、昔からのセーラー服。
深紅のタイに、三本の純白ライン。
お顔をあちらへ向けて、お身体を反対に向けて居らっしゃる、不思議な格好。
知り合いの友人で、先輩を知る方にどうしても、と頼み込み、見せていただいたことがあった。
まるで西洋のお人形の髪を真っ黒に染めあげた様な、と形容しても満更ではないでしょう、と、その方はおっしゃって、寂しそうににこり、とわらった。
私は、まぶたの裏で、どうしてか泣きたい気持でそれが動くさまを眺めたりなんかした。
先輩は、謎や噂の絶えないお方らしい。
特筆すべきは、先輩の一人称である。
ご令嬢が使うなどあり得ないお言葉づかいで、よく先生方からご注意を受けていらしたのだとか。
お家は由緒正しいところだそうで、毎日の登下校には使用人がついていたそうだが、スカートの丈は長いわ、パニエは履くわ、おまけにセーラー服の袖にはフリルをあしらったそうな。
それでもご指導を受けないのは、御父上が先輩に無関心だったからだそう。
そんな、ちょっとおかしな、皆から親愛されていらした、学院のちょっとした有名人が秘密めいているのは、どうやら今日からの話ではないそうだ。
先輩七不思議、なんていう単語やファンクラブなどもあったそうで、もう、そこまでくると、平々凡々、中の中な私にはまるで、先輩がまんなかにこの学院という世界が回っているようにさえ感じられる。
その先輩七不思議の八番目、とでもいうべきだろうか。
不可解なことがある。
皆、誰一人先輩のお名前を覚えていないらしい。
そんなことあるのだろうか、と、私は今でも思う。
でも、眩しくて仕様のないものは、手に届かないものは、忘れてしまいたくなる気持も、今の私にはほんのすこし理解できるのだ。
噂は絶えず、けれども愛されていらした、秘密めいた黒髪の西洋人形。
私が愛する、見たことないも、会ったこともない、私のジョコンダ。
それはまるで、大勢が、見たことも、会ったこともないのに信仰する神のよう。
いささか馬鹿げているだろうか?
先輩は、もう、すでにお亡くなりになられている。
ま、それも紙面上のお話しであって、もしかしたら何処かで生きていらっしゃるのかも知れない。
学院の、高等部に在籍していた最後の夏だったようだ。
これは、私の勝手で浅はかな、傲慢といってもまだ足りないほどの、私が先輩を追う記録である。
もしくは、私が生きた証として、あなたに捧げるお手紙かもしれない。
先輩が、そうなさったように。
でも、なぜそれを、先輩ではなく、今は亡きあなたへ捧げるのか、私にはよくわかっていない。
それでも、始めから、ただただあなたへ捧げるつもりで綴ったのだから、どうかあなたへこれが届くことを、願わせてはくれないだろうか?
これが、あなたへ捧げるには、とってもみすぼらしく、文学などとは言えないのは重々知っているのだけれど。
けれども、もしこれが形になるなら、あなたに届いたのなら、私はどんなに幸福だろうか!
前置きが長くなったが、今この場で、私はこれをあなたに向けて綴ることを誓いたい。
そして、これをどう証明するか、あなたに教えて欲しかった。
私は、先輩を愛してる。
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