負け犬の爆炎―帝国の危機を救え、負け犬!
@aoihori
第1話 始まりの今日
「君は、勝者になりたい?」
そんなことをいきなり言われて。
即答できる人がいるだろうか。それができるとはつまり、常日頃からそんなようなことを考えているということで、少なくとも、俺のような負け犬には即答できないことだった。
だから甲斐優斗――俺は何も言えなかった。
その問いを発した相手は。
自分を女神だと名乗るたぶん頭がどうかしている女は、続ける。
「まぁ、もしかしたらまた負けるかもしれないけど。でもね、このあたしに認められたんだから、きっと今度は勝てる――あるはずのない、もう一度をあなたにあげる」
「ちょっと待てよ! 何を言ってるんだあんたは!?」
それは当然の反応だと思ったが。
女は意外そうに目を丸くした。
「何って、だから、あなたにもう一度、勝者になる――」
「ちゃんと説明しろ! つーかここ、何だよ⁉」
俺の周囲は、見たことのない神秘的な空間になっていた。
俺は普通に大学に行き講義を受けて、バイトを済ませてから帰宅して寝た――はずなのだが、どういうわけかこんな不可解な空間にいる。見たことのない、何の意味があるかわからないオブジェ、そして虹色の髪をした妄言を吐く女を見ている。
俺が何をした? その答えも出てこない。
「ここは世界と世界の狭間。神と、それが認めた存在しか認識できず、在ることを許されない空間――おめでとう、あなたはあたしに観測されたのでした」
「勝手に祝うんじゃねぇ! もっとわかりやすく――」
「何を以ってわかりやすい、になるの?」
「それは……」
一から百までわけわからない現状。この女が何を言っても納得できないし、できると言えばできる――そんな中で、どんな答えをもらえばいいのか、俺にはわからない。わかりやすい答えなどありはしない。
それは、この意味不明の空間だかなんだかわからないものでも、俺の知っている現実でも変わらない。
世界とは、理解できないことに満ち溢れている。それを楽しいと思うか、不快だと思うか。それくらいの自由は許されている。はずだ。
「とにかく、あんたは何なんだよ⁉」
「だーかーらー、女神様! すごいの――世界に対してどんなわがままを言ってもいい存在なの! 理解できない? しろ!」
「理不尽だ!」
「世の中そんなものでしょ。それがわからないほど、あなたは馬鹿じゃない。世界は理不尽と嘘で作られていて、それに抗おうと戦うことを強いられるものなんだから、勝者と敗者が生まれるものよ。そして敗者は負け続ける、違う?」
「わかった風なことを言って、煙に撒こうとしてんじゃねーか!?」
「それはあるけど、でも、そんなもんでしょ。たとえば、あたしがここで本音を言ってもあなたは信じない、そうでしょ?」
即答、しかかって。
寸前で言葉を変える。そのままであれば、この女神だカンナだか知らない女を満足させるだけだと悟って。それくらいの判断力はあるつもりだった。
「……言ってみろよ」
「あ、意外――か、あたしの思った通りか判断は難しいよね、何を以ってあたしの望みが叶ったことになるかっていうのは、今はわかんないもんだし」
「神様なのに、人間みたいなこと言いやがるな?」
「神様は、神様になった時点で全知全能から程遠い存在になるんだよ。それを認めたくないから、あなたたちの持つ神話のようにつまらないことをするわけ――あたしだって、そうだよ。あなたに希望を託すなんて無責任なことをしようとしてるんだもん」
「わかってんなら――」
「やめない。ひどいことを強いるのは自覚してるけど、でも、そんな世界なんだもん。そうしたのはあたしだけど、でも、他にやり様なかったんだから仕方ないよね。あたしは最善を尽くしたんだから、責められる謂れはないよ。それに、あたしは君に凡人を超越する能力をあげるんだよ、それ以上は望まないで欲しいな」
わかるように言わない女に苛立つが、それが意味がないということも理解できた――相手が女神であれ(信じたくはないが)、人間であれ本当に心から望んだような交流を取れるわけがないのだから。
「でね、あたしの望みはひとつ」
理解できないことを、理解できる言葉で女は語る。
「勝者になって、世界を変えて」
「……具体的に、あんたは何を望んでるんだ?」
「それは、これからあなたが行く世界でわかるよ――この世界はあなたに一度しかチャンスを与えなかったかもしれないけど、その世界はあなたに再起のチャンスをくれる。それが慈悲かどうかは、まだ、わからないけれど」
女は、そこで。
重大な秘密を打ち蹴るように、声をすぼめた。
「でもね、チャンスがひとつあれば。不可能な願いだって、人間は叶えられるってあたしに教えて」
理不尽でしかない、と。
言いたかったが、その前に俺の意識は闇に飛んでいた――何がなんだかわからないが、おくでもないことに巻き込まれたということだけは、わかっていた。
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