第169話 美取vs郁、その行方……

 案の定といえば案の定なんだが、会場を進むにあたって我らが隊列は数多のパーティー客に呼び止められた。その攻勢たるやさっきとは比べものにならない勢いで、ちょっと歩けば俺が肩を叩かれ、また二、三歩進めばまた俺の肩が叩かれるというような状況である。


 会場直後はまだ様子見だった客達も、ぼちぼち暖まってきたんだろう。若干Tiktokerどもの厄介さも、俺の知るものに近づいている気がする。


 ……で、俺にコンタクトを取ってくる割に、連中の興味関心は専ら美取であり、かと思えば背後の甲塚に驚いたり――要するに、俺という存在は美少女への受付窓口みたいに思われているんだな。


 アホらしい。


 前を行く美取を急かして、俺たちは郁とショウタロウがいる人の渦中へと踏み込み始めた。料理の匂い、人いきれ、誰かの鼻息、断りも無く向けられたシャッター音、そういったものが混沌としている一帯を潜り抜けると、ようやく目前に郁たちが見える。……ついでに、一ノ瀬を筆頭とするショウタロウ軍団も。


 どういうわけか、郁とショウタロウの周りにはショウタロウ軍団以外に近づいてくる人間はおらず、不思議なスペースが出来ていた。彼女たちが囲っているのは一席のテーブルで、そこには色んな味のピザが皿に並べられている。


 ……そうか。この二人は、スクールカースト最上位の二人なんだ。ショウタロウ軍団は別にしても、そうそう並の生徒が立ち寄れる空間ではないんだな。


 で、郁は嬉しそうに両手でピザを持っているのね……。


「あっ! あっ! ショウタロウ君! ショウタロウ君!」と、いち早く俺たちを発見した一ノ瀬がショウタロウの背中をバシバシ叩き始める。それで、ショウタロウと郁も俺たちに気が付いたようだ。


 丁度ピザを飲み込んだ郁が、ウッと口を引きつらせる。


「飯島ちゃんと、蓮!……と、よく見たら甲塚さんが一緒にいる! 何で!?」


「こいつ、郁とはぐれていたみたいなんだよ。な? 甲塚」


「う、ん」


 暗い表情の甲塚が俺の背中から離れる。すると、またもや一ノ瀬がいち早く驚いて見せた。


「……え!? それ、ニンブのっ、甲塚……えあっ、う……」


 一ノ瀬は「ムンクの叫び」のように自分の顔を両手で挟むと、形容しがたい表情に崩れ始める。格下だと思っていた甲塚のスタイルと綺麗さに相当なショックを受けているんだろう。


「な~んだ。可愛くなった甲塚さんに、蓮がビックリするとこ見てみたかったのにな」


「ビックリする顔が見たかったのか? だったら一ノ瀬の顔見ろよ」


 郁は、俺の言う通りに一ノ瀬をちらりと見やって、噴き出してから俺に向き直る。


「ゆいかちゃんの顔も面白いけど、やっぱり私は蓮のリアクションが見たかったよ。あ~あ」郁は、暗い顔をしている甲塚にピザの載った皿を差し出して言った。「……ね、顔真っ赤になったり、した?」


「しないわよ、そんなの……。こいつの隣にいる飯島美取を見れば分かるでしょ。いくら私が着飾ったって、インパクト絶対負ける……なんか国賓みたいな格好してるし……」


「いやいや。私が今日会ったときの蓮さんも、あまり驚いてはいなかったですよ」


 話の端に自分の名前が出たからか、黙りこくっていた美取が堪らず口を挟む。すると郁が少し驚いた表情を浮かべて、二人は目を合わせた。


「あ、郁。この前紹介したけど、こちらが美取さん。美取さん、こいつが郁です」


 そういえば、自分の知り合いが顔を合わせた時に紹介役に回るマナーみたいなのはどこで身につけたんだっけ。誰かの真似をしたような気もするし、必要性に駆られて身につけた社交スキルな気もする。


 何にせよ、これが有るのと無いのとじゃ結構コミュニケーションの滑り出しが違うのだ。


 ――美取と郁か。この二人がまともに喋るところを見るのは新鮮だな。


「久しぶりだね。飯島ちゃん。私のこと、憶えてる?」


 郁は、さらりと美取の芸名を呼んだ。


「お、憶えてますよ、勿論……えーと、校舎裏で……」


 美取の方は結構口が重たそうだ。こっちは郁のことを散々尾行していたのだから、久しぶりに会いました!……という感じにはならないのか。


「ははっ。そうそう、ヤマガクの、校舎裏で会ったよね」


 郁の笑い声が、思いの外乾燥しているのでちょっと驚いた。顔は、笑っている。


「あの後、私を放っぽって二人でデートしたんだっけ?」


「あ」途端に美取の顔が赤くなった。「あれは、デートってわけじゃ……。私達、楽しく遊びはしましたけど、一応名目はオフ会というか……」


「ふーん。オフ会ねえ。私を、放っぽって、楽しんだらしいね。で、今日は蓮に誘われてきたんでしょう? ふーん。二人、仲良いんだ」


「ん――オフ会?」


 ジュースに口を付けていたショウタロウが、分からない、という表情で首を傾げる。それに吊られてかショウタロウ軍団も「オフ会……?」と各様に不思議がり始めた。


「言葉の綾だよ。部活の用事で、ちょっと美取さんとはネットでやり取りがあったんだ。その流れでちょっとな」

 

 慌てて言い繕ったが、これが意外と悪く無い言い訳だった。ショウタロウたちは大して不思議がることもせずに信じてくれたらしい。


 ……しかし、郁!


 なんだか不穏な雰囲気でいるのは、どうやら俺と美取が、郁の行きたかったデートスポットを回ってしまったことを相当根に持っていたようだ。一応部活の目的のためだとか、その場の流れだとか、あれこれ誠実に説明は尽くしたつもりだったのだが……。


 現実として、今日、俺は美取を誘ってパーティーに来たわけである。今、黒いドレスの郁と青白いドレスの美取が対面しているわけである。


 このシチュエーションが郁の心の何処かを刺激したとして、不思議ではない。……というか、何でこういう郁の感情の動きを俺は予想できなかったんだろう。


 郁は、少し元気過ぎるけど良い奴である。で、美取は少しすけべ過ぎるけど良い奴である。よく考えたらこれは俺の勝手なイメージでしかないのだが、良い奴と良い奴が邂逅したら、そこには良い空間が形成される気がしたのだ。


 そこには大きな誤算があって、まず郁は良い奴なんだけど、基本的に彼女の親切心は友人に向けられるもの、という少々マイルドヤンキー的なスピリッツがあるのだった。一方美取はと言うと、勿論良い奴ではあるんだが、こう見えて根が陰だったりするのでコミュニケーションはやや受け身に回ってしまう。


 そこら辺を加味すると、若干ベクトルが反対に向いている二人なのかも知れない。俺の考えが甘かったのか。


 やり取りを眺めている甲塚が、もそもそとピザを食べ始めた。


「……それにしても、ビックリしました。宮島さんがショウタロウ君と仲良かったなんて。ショウタロウ君も教えてくれれば良かったのに」


 これは多分、自然なリアクションを装ったつもりなんだろう。


 確かに、郁からすれば美取と会うのは二度目であり、デートを尾けられていたことなんて知る由も無いことだ。なので、自然ではあるんだが……どうも、演技が下手くそというか、重たい口調がそのまま出てしまっている。


 それが、郁にやり返しているような口調に聞こえるのは、俺の気のせいだろうか……。


「ああ。知ってたら教えたよ。僕もまさか、美取さんと宮島が知り合いだとは思わなかったからねえ」


「色々相談されていたから、ショウタロウ君に仲の良い女の子がいるってことは知っていたんですよ。それで、ずっと喋ってみたいな……と思ってて。今日宮島さんと会えて良かったです!」


 美取の純粋な好意に、郁が痛いところを突かれたような顔をしている。


 それに、美取にはショウタロウとデートをする間柄と思われている、ということも郁にとっては胸の痛む事実なんだろう。自分はショウタロウとデートしておいて、俺と美取が遊ぶことを咎めるのは、筋が通らない筈だ。


「あ……そうなんだ。はは、は……はぁ……」


 黒いドレスの郁はとうとう意気消沈してしまった。白いドレスの美取は郁の手を取って、


「ねえ宮島さん。少し二人で喋りませんか? 甲塚さんが良いところを見つけたんですよ。ショウタロウ君のことも、色々教えてあげますよ。……あまり知らないけど」と、キャットウォークの方に郁を連れていこうとしている。


 ドレスの色に罪はないのだが、絵面的に美取が少女漫画のピュアな主人公で、郁が意地悪な令嬢みたいに見えてしまうな……。


「ねえ、ねえ。佐竹」


 気の毒そうに連れて行かれる郁を眺めていると、ピザを持った甲塚が俺の服を引っ張ってきた。


「なんだよ」


「パーティーって、案外愉快ね。くくく……」

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