第64話 朝のファミレスでの遭遇
カラオケでの突発的な勉強会から撤収した後、俺は自宅のベッドに寝転んで天井を睨んでいた。見慣れた天井だというのに、今日はどうしてか唯の白色に圧迫感を感じる。
俺は起き上がって、スマホの画面を見た。既に、全く同じ動きを帰ってから数回していた。
@3take>会いませんか?
3takeさんからの提案は、既にタイムスタンプが三時間前のものになっている。
どうする……。
正直教科書の内容なんて途中から頭に入っていなかった。甲塚からは別れ際に、「家でもしっかり勉強するのよ」と仰せつかっていたけど、こんなんじゃ勉強なんて手に付くわけがないじゃないか。
気がかりなのは、勿論「3take」というアカウント名だ。今まで俺が何の気なしに「スリーテイク」と読んでいたそれは、俺の苗字である「佐竹」もと読める。これは一体どういうことか。
よし。もう一度事実を整理しよう。
まず、3takeさんとのやり取りは俺が活動を休止する前からあった。つまり、甲塚に俺のアカウントを特定される前から。
次に、3takeさんが明かした彼の素性はたしか――彼が少なくとも同年代の子供であること。彼が都内近辺に住んでいること。あとは、素性では無いけど筋金入りのスケベということくらいだが……どうも、俺の描くスケベ絵だけは性欲だけでなく、ちょっと深い部分で刺さっている、ようだ。
ただし、3takeさんはインターネットの住人であり、インターネットの住人が嘘を吐くのは世の常。その部分を加味すると、どこまで本当かは分からないな。
そこまで考えて、俺は一旦机の上に置いたままにしたコーヒーをぐいっと呑み込んだ。そのまま回転椅子に座り込んで、ぐるりと景色を回す。
以上の貧弱な情報で立てられる仮説は三つ。恐怖心に駆られて練り上げた妄想が一つ。
一つ。3takeというアカウントは、リアルで特定した人間が作られたものだ。
つまり、俺が「rens」のアカウントで活動していたことを現実で突き止めた人間。ネット越しに特定だ何だと回りくどいことをする前に、リアルの俺が操作するスマホをのぞき見たとかはあるかも知れない。
アカウント名に「3take」と付けた理由は色々考えられるが、俺の中で有力なのは、俺を脅すため、という説だ。初めて3takeさんとやり取りをしてから暫く経っているが、今更「佐竹」と読めるのは俺が鈍すぎたのかもしれない……。
一つ。3takeというアカウントは、ネット越しに俺を特定してから作られたものだ。
俺が「rens」として投稿してきた内容から特定に繋がる可能性が低くないことは、甲塚が講義をした通りだ。
しかるに、3takeさんは元々別のアカウントで俺をフォローしていたが、「rens」の本名が佐竹蓮であると知って「3take」のアカウントを立ち上げたのではないか。
一つ。3takeというアカウントは、俺の素性とは何も関係が無いものだ。
実は、冷静になればなるほどこのセンが一番有るのでは無いかと考えている。俺を特定することが可能であったとしても、態々そんな手間を割いてスケベ絵師に近づく理由が分からないし、そもそも3takeが名前のもじりであるとも限らないし。
しかし、それだけでその他のセンを無視するのは危険だとも思える。本名まで割れているとすれば、俺の学校や住所が知られていないとは考えにくい。それこそ、ある日突然インターネットの住人が目の前に現れる、なんてこともあるかも知れない……。
そして最後に一つ。……これは、多大に俺の妄想が含まれるものだが。
実は、今までの情報から一人の名前が俺の頭に浮かび上がっているのだ。
俺と同じ年代で、ここから近隣の地域に住んでいて、俺の名前を知っていて、SNSをやっており、結構前から俺の活動を眺めていた人間。
それは……俺だ。
俺の中に、いつの間にか「3take」という第二の人格が産まれていたのではないか。そして、夢遊病患者のように時たま意識を「3take」に乗っ取られては「rens」にメッセージを送っていた。……こう考えると、長らく俺のファンであり、俺の相談にも気軽に乗ってくれた説明が付く。
俺は――俺が「3take」、なのか?
……そういえば、そんな映画を見たことがあったな。
震える手でマウスを掴むと、目の前のモニターがパッと眼を覚ましす。俺は唇を舐めながらブラウザでSNSを開き、「アカウントの切り替え」をクリックした。……当然、「rens」しか登録アカウントは存在しない。
「……」
ま、当たり前か……。そんなファンタジックな結末が俺の日常にあってたまるかってんだ。
ただ、ハッキリはした。
それは、今の状況で俺は3takeさんの正体と、俺に近づく理由を知る術が無いこと。そして、それを知るためには、彼と会うしか無いということ……。
@rens>返事遅れてすいません。俺も一度3takeさんと会ってみたいです
散々一人で悩んだ挙げ句、結局俺が出来ることは「当たって砕けろ」というわけだ。メッセージを送信してやっと腹が据わった。けど、体は落ち着かず狭い自室をうろうろ歩かずにはいられない。
甲塚も俺を呼び出す前日はこんな感じだったのかなぁ。
*
「佐竹、何かアンタも浮つきだしているように見えるんだけど」
「え? そうかなあ」
「しっかりしなさいよ。そんな調子で赤点取ったら承知しないからね」
土曜日――今日も今日とてお勉強のお時間がやってきた。一応学校の部室は今日から使えるのだが、今日は昼から渋谷の絵画教室に行かなければならない。
……というわけで、渋る甲塚をどうにか宥めて、朝から渋谷駅前のファミレスで勉強することになったのだった。
「ま、いいけど。一体何で私が馬鹿二人に付き合って休日に早起きしなきゃいけないのかしら」
そう言いながらも、バッチリ化粧から小綺麗な町歩きのファッションまで決めている辺りは甲塚らしい。今日はジーンズのショートパンツに黒いレザーブーツと、上半身は灰色のカットソー。今は外しているが、以前俺たちを尾行するときに使ったキャスケット帽は彼女の拘りだろうか。
ついでに、何やら紙袋を持ってきたかと思ったらそれは中学生向けの参考書だった。もう昨日の時点で郁の基礎力に見切りを付けていたのだろう。
「朝に付き合わせるのは悪いと思ってるよ。……ここは俺と郁で奢るから、それでチャラにしてくれよな」
眠い目を擦りながら甲塚をあやしても誠意は伝わらなかったようで、
「それっくらい当然でしょ!? それでもチャラとは思えないわね。テストが終わったら、もっとちゃんとした形で食事を奢って貰うわよ。……言っておくけど、こんな安っぽい店じゃ嫌! 夜景の見えるお店で、ホテルのビュッフェくらいは見ときなさいよ!」と、きっちりげんなりさせてくれた。
「……だってよ、郁。……郁?」
隣に座る郁が、じっと目を瞑ったまま静止している。
「……」
バッチリ決めてる甲塚に対して、郁は無残なもんである。服装は緑のカーゴパンツに白いワンポイントシャツという簡素なもので、髪の毛はあちこち跳ねているし、部屋の中で付けていた分厚い眼鏡を掛けている。……靴に至っては裸足でクロックスを突っかけているだけだし。
まあ、朝から勉強と聞いてお洒落をしてくるような根性は人に求めるようなもんじゃないだろう。
……それにしたって、開始早々居眠りをかますのは勘弁してほしいけど……。
垂直に座った姿勢で寝ている郁の肩を叩くと、ぐらりとこちらの方に寄りかかってきた。
「ちょっと!! 宮島!!」
「あっ。はい! はいはいはい!」
甲塚の怒声に、郁が慌てて眼鏡の位置を直して返事する。
「ご、ごめんごめん。昨日遅くまで甲塚さんの宿題やってたの」
「そんなこと言って、どうせゲームでもしてたんでしょ。オタク」
容赦の無い指摘に、郁の視線が泳いでいるのが横から見ても分かった。
「んっ……まあ、ちょっとね。ちょっと。金曜の夜だし……」
「あんたって、ほんと……っ!!」
ますます勢い込もうとする甲塚が、何故か急ブレーキを掛けた。
「どうした?」
「い、いや。あ、あの……」
「……?」
何だろう。塚の人見知りが発動している。
そういえば、まだ朝早いというのに店内にはちらほら客が入っているな。
尤も朝のファミレスの客層ってのは碌でもない奴らばかりらしい。パッと見回すだけでも目を赤く腫らしたサラリーマンが必死にノートパソコンを叩いていたりするし、かと思えばぼーっとおじさん一人がビールグラスを持って放心していたり、貧乏な身なりの男が一心不乱にタブレットにペンを落としていたりする。
……そうか、この程度の客入りでも甲塚のスパルタ指導も効果半減なのか。次からはもうちょっと配慮しないと、こっちの成績にまで影響するかもな。
甲塚の人見知りは、ついさっき後ろの席に人が入ったためだろう。振り向いて見ると、丁度怪訝な目で俺たちを見ている女と目が合った。
「あ」
――そんな腑抜けた俺と女の声が重なる。
「誰かと思えば、佐竹蓮か」
「コーコ」
なんと、後ろの席では絵画教室の同輩・
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