贖罪と復讐の前日譚

猫魔怠

贖罪と復讐の前日譚

 二十年前、世界各地で突如として空間に亀裂が走った。

 後に『ゲート』と呼ばれるこの亀裂からは魔獣と呼ばれることになる異形の生物が出現した。


 魔獣は人を襲い、多くの人々が魔獣によって帰らぬ人となった。

 この事態を受け国際連合は『ガーディアン』という名の魔獣対策の特殊機関を設立した。


 『ガーディアン』は発生した『ゲート』に向かい、魔獣を討伐することで魔獣による被害を大きく減らした。

 『ゲート』が発生してから五年経つ頃には『ガーディアン』に所属する人数が増え、特殊な装置が完成し『ゲート』の発生位置の予測、『ゲート』の早期発見ができるようになった。

 そのため『ガーディアン』は魔獣による被害をさらに減らした。


 だが、完成した装置はまだ未知の部分が多くある『ゲート』に完全に対応することができず、小さな『ゲート』を見逃すことが多々あった。


 その小さな見逃しで何人もの人が今日も死んでいた。



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 「イヤッ‥‥来ないでぇ‥‥来ないでよぉ!」


 月が空の中央に鎮座する時間にビルとビルの間の暗がりで女性の悲痛な叫びが上がった。

 地面にへたり込んでしまい立つことができない女性に近寄っているのはビルの間に発生した小さな『ゲート』から現れた複数の小さな影だ。

 月明かりに照らされるとその影の主は腰蓑しか着けていないが、それによって人間ではあり得ない緑色の肌が露わになる。


 「ギャッギャッギャッ!」


 女性の様子を楽しんでいるのか、醜悪な表情を浮かべ笑い声を上げるそれは『ゲート』から現れる魔獣の一種ゴブリンである。


 ゴブリンは魔獣の中では弱い部類に入る魔獣だが一般人では戦うことが難しい。

 その理由は数と連携である。

 ゴブリンは基本的に三体以上で『ゲート』から現れ、連携を駆使して人を襲う。

 その連携が並のレベルではなく『ガーディアン』に所属する人間からも厄介と言われるほどだ。


 さらにゴブリンの生態として、ゴブリンは他種族のメスを苗床にして子孫を残す。

 それは人間も例外ではなく、その事実が女性の恐怖心を強くしていた。


 ゆっくりと近づいてくるゴブリンから逃げようと女性が後ろに下がろうとした瞬間二匹のゴブリンが飛び出し女性を押し倒して腕を押さえ込んだ。


 「イヤァ!はなしてっ、はなしてよぉっ!」


 必死に抵抗するが、ゴブリンの体躯からは想像できない力の強さで押さえられびくともしない。

 さらに一匹のゴブリンが女性の足を押さえ完全に身動きができないようにしてしまった。


 残りのゴブリンたちは女性の近くに立ち、ニヤリとした笑みを浮かべると女性の服を破った。


 「イヤァッ!やめてっ、やめてよぉっ!ヤダァッ!」

 「ギャッギャッギャッギャッ!」


 女性の悲鳴を聞き、ゴブリンたちは笑い声を上げながらさらに服を破っていく。


 女性の股のあたりから生温かい液体が流れていることに気がついたゴブリンたちはより一層笑いを増やした。


 「誰か‥‥‥助けてよぉ‥‥」


 女性がボソリと呟くように助けを求めた。


 瞬間、ゴブリンたちの笑い声が全く聞こえなくなった。

 同時に女性の体全体に生温かくヌメっとした感覚の液体がかかった。


 女性が目をあけてみるとゴブリンたちは一匹残らず首を切られ絶命しており、首の断面から吹き出した血が女性の全身にかかっていた。


 「ひっ‥‥‥!」


 女性は周りの惨状にゴブリンに襲われたとき以上の恐怖を感じ悲鳴を上げた。

 ふと、下に向けていた視界の中に人の靴が入り込んでいることに気がついた。

 助けが来たと思った女性が御礼を言おうと顔を上げる。


 「あ、あのーー」


 だが、そこには誰もおらず、静かな闇が広がっているだけだった。

 困惑で頭の中が埋まってしまった女性がしばらくして頭の整理を終える。

 

 とにかく人のいるところまで行こうと、なんとか立ち上がると違和感に気がついた。

 全身にゴブリンの血を浴びたはずなのに服が体に張り付く感覚や体が濡れている感覚がないことに。

 自分の体に目を向けると体には血の一滴もついておらず、破れた服だけがその身に纏われていた。

 さらに地面に広がっていたはずのゴブリンの血も消えていることに言いようのない恐怖を感じた女性は急いでビルの間から出ていった。




 「ゴブリンの血回収完了。次はリザードマンの血だな」


 女性が出ていった方向とは逆の方向に長い黒髪を風に靡かせる少年が歩いていた。



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 都内に数ある公立高校の一つに通う男子高校生、峰崎海斗。

 彼は人には言えない秘密を持っていた。


 それは彼が魔獣と戦う力を持ち、それを生かして日々魔獣と戦っていることだ。


 海斗が力を手に入れたのは三年前。

 『ガーディアン』が発見することができなかった小さな『ゲート』から現れた魔獣によって父親を殺され、母親だけでも守ろうと魔獣に対峙したときだった。

 体から光が溢れ出し、それが武器の形をとった。

 海斗はその武器を使って魔獣を倒し自身の命と母親を守った後、その出来事を誰にも話さず力の存在を隠し、自分のような思いをする人を減らすために小さな『ゲート』から現れる魔獣を倒していた。

 

 だが、魔獣を倒しているとはいっても彼の本分は学生であるため魔獣退治は夜に行い昼間は普通の学生と同じように高校に通っていた。


 いつもと同じように自分のクラスに入り、机にカバンを置くと仲のいい友人の机に向かった。

 

 「おはよう。友樹、晶」

 「おお。おはよう海斗」

 「おはよう」


 スマホから顔を上げつつ挨拶をしたのは短く切った髪を金色に染め、どこか軽薄そうな雰囲気をしている空山友樹だ。

 海斗と友樹は中学校からの友人でよく軽口を叩き合っている。


 海斗に挨拶を返したもう一人は前髪を伸ばしメガネをつけ、おとなしそうな雰囲気を漂わせている沢島晶だ。

 海斗とは高校で知り合ったが、晶が不良に絡まれているのを海斗が助けてからよく話すようになった。

 友樹を紹介した際に三人に共通の趣味があることがわかり、三人で一緒にいることが多くなった。


 そんな友人二人とホームルームが始まるまでの間話をしようと近くの席を借りて腰を下ろした時、教室に鈴の音のような声が響いた。


 「黒瀬湊人はいるかしら?」


 夜の空をそのまま閉じ込めたような黒髪、女ですら羨む完璧なバランスの肢体、切れ長の紅い瞳で教室内を見回すのは海斗が通う高校で生徒会長を務める月夜見華蓮だ。

 一年生の時にその優れた能力を評価され生徒会長に抜擢。校内で多くの改革を成し遂げてきた。

 だがそれを鼻にかけず誰に対しても真摯に向き合い同じ目線で物事を考えることができ、絶世の美貌を持つ彼女に憧れている男子は数多くいる。

 海斗もその中の一人であり朝から華蓮の顔を見れたことで頬が緩んでいる。


 そんな海斗が思いを寄せる彼女は人を探し教室内を見回し続けていた。

 先ほど彼女が口にした名前はクラスメートである海斗ももちろん知っている。


 黒瀬湊人。

 女子のように背中の辺りまでその黒髪を伸ばしており、いつも教室の隅の席で眠っている。

 授業中も関係なく眠っているにも関わらずテストでは高得点を出し学年上位の成績を維持している。

 さらに時々こうして華蓮に呼び出されることがあるので華蓮に思いを寄せる男子からはそれなりにヘイトを集めている。


 今も眠り続けている湊人を見つけた華蓮が彼の席に歩いて近づいていく。

 それに気が付かずにスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている湊人に対して華蓮はその耳を引っ張った。


 「痛い痛い痛い!耳っ、耳はやめてぇ!痛いっ」

 「起きないあなたが悪いわね」


 耳に走る激痛に悶える湊人。

 それを冷たい目で見下ろす華蓮。

 見方によっては特殊なプレイで力加減を間違えたカップルに見えなくもない。


 「ほら、行くわよ」

 「え、ちょ、もうすぐホームルーム始まるよ!?」

 「私は問題ないわね」

 「俺は問題あるんだけど!?」


 必死の抵抗も虚しく、湊人は襟を掴まれて教室の外に引き摺られていく。

 華蓮と引きずられる湊人が海斗の近くを通った。


 「えっ‥‥‥?」


 毎夜、魔獣と戦っている海斗は魔獣の気配に敏感であった。

 それこそ目を閉じていてもどこに魔獣がいるのかわかるほどに。

 だが、その優れた力は彼に一つの疑問を与えた。


 「なんで、月夜見先輩から魔獣の気配が‥‥‥」


 

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 空が茜色に染まる時間。

 部活に入っていない海斗は家への道を一人で歩いていた。


 「なんで月夜見先輩から魔獣の気配がしたんだ?先輩が通り過ぎた後は何も感じなかったから間違いってことはないよな‥‥‥」


 海斗は朝の出来事について考えていた。

 人から感じることはあり得ない魔獣の気配を何故、華蓮から感じたのか。

 授業を聞き流して一日中考えてもその答えに辿り着くことはなく、同じ言葉を頭の中でぐるぐると回しているだけだった。

 

 「ダメだな、何も思い浮かばない。気分転換しに行くか」


 考えることを一旦やめ、気分を変えようと最寄りの駅に向かった。

 高校へは徒歩で通っている海斗は買った切符で改札を通ると駅のホームで電車が来るのを待った。


 「とりあえず、街で本でも見ようかな」


 この先の予定を声に出しつつ考えているとホームに入ってくる自分と同じ高校の制服が目に入った。

 同じ高校の生徒ということでなんとなく気になった海斗はそちらへ視線を向ける。

 電車を待つ人の間に隠れてしまいなかなか顔が見えない。

 人の列が少しだけ前にずれ、制服を着た人物の顔が見えた。

 その視界に入ってきたのは先ほどまで彼の頭の中を埋めていた月夜見華蓮だった。

 予想外の事態に少しの間目線が華蓮に固定されてしまう。


 その視線を感じ取ったのか華蓮がこちらに二つの紅い瞳を向け、海斗と視線がかち合った。

 しばらくの間どちらも視線を逸らすことなく見つめ合っているとホームにアナウンスが流れた。


 『次に、三番線から発車いたします列車はーー』


 それを聞いた華蓮はふいっと海斗から目線を逸らすとホームに入ってきた電車を無視して改札のある通路に続く階段を降り始めた。


 「あ!先輩!月夜見先輩!待ってください!」


 自分を無視して階段を降りていく華蓮に海斗は反射的に声をかけ、その後ろ姿に追いつこうと急いで階段を降りる。

 華蓮は階段を降り終えると海斗に視線を向けることなく改札の方向へその足を進めていく。


 「待って先輩!ちょ、早っ」


 海斗が階段を降り切った時にはすでに五十メートルほどの間が開いている。

 こちらに歩いてくる人を避けながら華蓮を目指して走る。

 この程度の距離であればすぐに追いつくはずなのにその距離は縮まるどころかどんどんと開いていく。

 それと同時にだんだんと息も荒くなり、体内の酸素が不足して頭の回転も鈍くなる。

 頭に靄がかかったように意識がハッキリとせず、視界もぼやけ始めた。

 それでもなんとか追いつこうと足を動かそうとして、一つの疑問が生まれた。


 「(なんで俺はこんなに必死に走っている?追いつけないのなら諦めればいいのに。体も異常を訴えてきているのになんでやめようと思わなかった?そもそも駅の中がこんなに長いはずがない‥‥‥)」


 いくつもの何故が頭の中を巡り、思考が通常の状態に切り替わろうとした瞬間にその声は聞こえた。


 「こんなに早く解けるとは思わなかったわ」


 跳ねるように顔をあげ声の主を視界に入れる。

 そこには先ほどまで来ていなかった黒のドレスを見に纏い、紅い瞳を妖しく輝かせこちらを見据える華蓮が立っていた。

 華蓮は瞳を輝かせながらゆっくりとこちらに近づいてくると海斗の目をまっすぐ見つめて言った。


 「あなたは何故私が見えているの?」

 

 華蓮の瞳がより一層妖しい光を強める。

 その瞳から目線を逸らすことができずにいるとだんだんと意識が薄弱になってくる。


 「答えなさい」


 口を開かない海斗に対して華蓮は命令という形で答えを引き出す。


 「わからない‥‥‥」

 「ならば心当たりは?あなたが他の人間とは異なる部分は?」

 「‥‥‥俺は魔獣と戦う力を持っています」


 虚ろな目をしている海斗はこれまで他人に打ち明けることのなかった秘密を口にした。

 その言葉に華蓮は一瞬眉を顰める。

 だが、次の瞬間目を見開くと海斗の顔を両側から挟み自らの顔に近づけた。

 そして何かを見定めるように紅い瞳を輝かせ問う。


 「その力はどんな力?」

 「‥‥‥自分の体内の血を操って身体能力を向上させたり、体外に出た自分の血を固体に変形させる力です」


 その言葉を聞いた華蓮は歓喜の感情が滲んだ声を震わせながら、重ねて問う。


 「あなたはその力をいつ手に入れたの?」  

 「‥‥‥三年前です」


 「見つけた」


 意思の宿らない虚ろな目が最後に映したのは蝙蝠のような羽を広げ、歓喜にその表情を歪める一匹の吸血鬼だった。



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 月の明かりのない新月の夜。

 海斗が通っていた高校の生徒会室。

 暗闇が支配する室内の革張りの椅子に一匹の吸血鬼が座っていた。

 吸血鬼はその手の中に小さな紅の玉を持っておりそれを愛おしそうに転がしている。


 静寂の広がるその空間にノックの音が三度響いた。

 吸血鬼は扉に目を向けるだけで声を出そうとはしない。

 扉の向こう側にいる人物はそれがわかっていたのか返事を聞くことなく扉を開き室内に入ってきた。

 

 「言われた通り血を持ってきたよ」


 扉を閉めながらそう言ったのは、いつもそのままにしている長い黒髪を首の辺りで緩く結んだ湊人だ。

 湊人はリュックを背負っており、その中から時折カチャカチャと瓶がぶつかるような音がしている。

 部屋の中ほどまできた湊人は吸血鬼が手の中で転がす紅い玉に目を向ける。


 「それが前々から探してた『始祖の魂』なのか、華蓮」


 『始祖の魂』。

 それは全ての吸血鬼の祖先にしてこの世で初めて誕生した吸血鬼が自らの死の直前に作り出した力の塊。

 その力はとても強く吸血鬼が持てば始祖に匹敵する力を手に入れ、人間が持てば吸血鬼と同等の力を手に入れることができる。

 だがそれは質量を持たない曖昧なもので手に入れることはおろか、その存在を確認することすら難しい。


 湊人の言葉に椅子に座る吸血鬼、華蓮は微笑みを浮かべる。


 「ええ。そうよ」

 「どこで見つけたんだ?最後に存在を確認してから三年間手掛かりすらなかったって言うのに」

 「あなたのクラスの人間に宿っていたのよ。私が姿を消しているのに彼だけは見えていたみたいだからもしかしてと思って確認してみたら当たったのよ」

 「そいつは?」


 湊人の問いに華蓮はそれまで浮かべていた微笑みを消すと、ゾッとするほど冷ややかな声で答えた。


 「私の《同族》を殺していたの。それが正しいことだとでも言うように。だから、もういないわよ」

 「そうか」


 華蓮の言葉に表情を変えることなく答えた湊人は背負っていたリュックを床に下ろし、中から血の入った瓶を取り出していく。

 全ての瓶を出し終えるとカレンに目を向けて言った。


 「始めよう」

 「ええ」

 

 華蓮は椅子から立ち上がると部屋の中心に歩いていく。

 中心に着くと『始祖の魂』を片手で持ち、もう片方の手を口元に持っていき親指の皮を噛み切った。

 指の先からドクドクと溢れる血を反対の手に持つ『始祖の魂』に垂らす。

 『始祖の魂』が持つ曲線をなぞるように流れる血が紅をドス黒い赤に変化させる。

 

 「『血壊』」


 華蓮が一つの単語を言うと、『始祖の魂』は宙に浮き上がり弱く光を放ち始めた。

 だんだんと強くなる光はやがて生徒会室を赤く染め上げた。

 それを確認した華蓮はまた口を開いた。


 「『我が同族を柱とする世の理に背くもの。小鬼、食人鬼、狼人、妖虫、概人、偽神、悪龍。その血を我が種族の原点にして始まりたる存在に捧げる』」


 床に置かれた血の入った瓶に亀裂が入り割れる。

 床に広がる血は7つの細い柱を作り上げ『始祖の魂』を目指して上に登っていく。

 ゆっくりと太さを増し、ねじれを作り出す柱はやがて『始祖の魂』を中心とする檻を作り出した。

 その中に囚われた華蓮は動じない。

 言葉を紡ぎ、要求する。

 自らの先祖へ。


 「『これを対価とし我に力を与えよ。神すら下す、絶対的な力を』」


 檻を作り出していた血の柱が全て『始祖の魂』に吸収される。

 すると赤い光を放っていた『始祖の魂』はその光を収める。

 暗闇に包まれた室内を別の光が満たす。


 それは黄金の光。

 見た者全てが跪くような黄金の光。


 華蓮はその黄金の光を放つ『始祖の魂』に手を伸ばし掴んだ。

 そして自らの口元に持っていくと『始祖の魂』を飲み込んだ。


 また、室内を暗闇が包む。

 その中で紅い光を放つ瞳を華蓮は静かに閉じた。

 次にその瞳を開くとそこに紅はなく、あったのは黄金。

 『始祖の魂』と同じ黄金が華蓮の瞳に宿った。


 黄金に光をその瞳に宿した華蓮は静かに呟く。


 「素晴らしいわね。これが、『禁忌の魂』の力。これなら私の罪を償える」


 『禁忌の魂』。

 『始祖の魂』に世の理に背いた吸血鬼の血を吸う種類吸わせることで生まれる『始祖の魂』以上の力を手に入れることができるもの。

 それは神の領域にすら手の届くものだ。


 自らに宿る力を感じている華蓮に湊人は声をかける。


 「どうだ。いけそうか?」

 「ええ。これなら問題ないわ。あなたの力も取り戻せるわ、湊人」


 そう答えた華蓮は湊人に手のひらを向けると一言。


 「『解放』」

 「ッ!!」


 華蓮の手から飛び出した力の片鱗が湊人の体の中にある固く閉じられた扉を開く。

 開かれた扉から溢れ出した力は湊人の肉体を包み込み黒い繭となる。

 一瞬の沈黙の後、繭が弾ける。

 弾けた繭の中から現れたのは先ほどまでとは様子の違う湊人だ。


 黒髪の間から生える捻れた黒い角。

 禍々しさの溢れ出す漆黒の大きな翼。

 見た者全てが恐怖する深く、濃い赤の瞳。

 それはまさに悪魔というべき姿だ。


 「調子はどう?《大悪魔様》」

 「完璧だ。《吸血姫》」

 「それじゃあ、始めましょう。私の贖罪を」

 「俺の復讐を」


 コウモリのような羽を広げ、開いた窓から闇の空に飛び立つ吸血姫。

 その後に続く大悪魔。



 これは贖罪と復讐の物語の前日譚。



 七柱の神々の改革によって異形の姿に変えられていく同族の中でたった一人、生き残ってしまった吸血鬼の姫。


 七柱の神々の正義によって同胞を全て滅ぼされ、力を封じて人間へ転生させられた大悪魔。


 吸血姫は一人だけ生き残ってしまった罪を償い、大悪なは同胞を滅ぼされた復讐を行う物語の前日譚。


 今、物語の幕は上がった。


 


 


 

 


 

 


 



 

 

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