リース=セクス
ノルが嫉妬で血涙を流している背後にて
「ふふふ、ノル様は愛されていらっしゃるのですね」
ノルは口々に領民たちの幸せを祈っていた。そして、それに対して泣きながら喜ぶ領民たち。その姿を見て、本当に世界を救ってしまうのかと思った。
「初めましてリース=セクスさん。私は『毒滅の騎士団』団長兼正妻のフィーア=キチークです」
「私はエルフの長兼第二夫人のアジーン=オールドミスよ」
「え?ああ、初めまして、リース=セクスです」
さっきまで仲良くノルに寄り添っていた二人の女性のことについては気にはなっていた。正妻、第二夫人という言葉を受けてリースは気落ちした。それと同時に疑問がわいた。アーク教は一夫一妻制なのに、なぜノルには二人も妻がいるのかと。
「ふふ、リースさんの疑問はよくわかりますよ。ですが、ノルさんはいずれ世界を救うお方。あのお方にとってアーク教の凝り固まった考えは真っ向から対立するものですから」
「なるほど・・・」
確かにエロイス教の教義がノルの思想と同じだと言っていた。あの時は無礼にも性欲に負けてリースの誘いの乗ったのかと思っていたが、エロイス教の信者とリースを救ったノルはアーク教と真っ向から対決する姿勢なのだと身をもって思い知らされた。
「貴方はどうですか?」
「え?」
「ノル様の傍で世界を救う瞬間を見たくないですか?」
「わ、わたくしは」
どうなのだろう。世界平和・・・世界を犯す化け物として三百年を彷徨ってきたリースにとっては到底想像できるものではなかった。
「フィーア、意地悪はやめなさい。リース一つだけ聞くわ!」
「は、はい」
アジーンがリースを見据えた。そして、
「貴方はノルを愛してる?」
「っ!」
リースにとって一番心にガツンと来る質問だった。だけど、答えは決まっていた。
「はい・・・お慕いしております。奥様方には申し訳ありません」
愛する妻が二人もいるのに自分のような化け物がノルに想いを馳せてしまったことを正直に告白した。ここで殺されても文句は言えないと思っていた。しかし、
「いえいえ、リースさんの本音が聞けてよかったです。そこでものは相談なのですが、ノル様の第三夫人になりませんか?」
「え?」
フィーアから意外な言葉告げられた。
「もちろん、すべてが善意で誘っているわけではありません。エロイス教の信者は貴族と騎士です。となれば魔法が使える軍隊というわけです。それを束ね続けたリースさんとは仲良くしておきたいという狙いはあります」
つまりは政略結婚だ。だけど、リースの答えは決まっていた。
「異議などあるはずがありませんわ。わたくしはノル様に救われた身。その恩に報いることをしなければ本当の悪魔になってしまいます。第三夫人兼魔法軍の長として、しっかりライト―ンに尽くさせていただきますわ」
「分かりました。ノル様を支える者同士、仲良くしましょう」
「ええ!」
「はい、三百年も彷徨い続けた怪物ですがよろしくお願いいたいします」
フィーア、アジーン、そして、リースは手を取り合った。
━━━
三人が手を取り合っている!
僕はリア充どもを祝福しながら背後で密談を交わしている三人の様子を注意深く見ていた。声は途切れ途切れだったけど、『真っ向から対立』、『第三布陣』、『魔法軍』とか聞こえてきた。
つまり、僕に毒殺されかけたリースを仲間に加えて僕をより追い詰めようということだ!
死期も一年以内ということで何をしてでも逃げ出さなければならない。徐々に外堀を埋められている気がするけど、死にたくないから本気を出す!
ちなみに後でリースから
「わたくしを(妻として)一生傍にいさせていただけませんか」
と言われたのだが、例のごとく毒殺の恨みだと勘違いしていたため、普通に了承した。後ろで感極まって泣いている三人の暗殺者(妻)を見て、逃げ出したい気持ちがより一層強くなるのだった。
殺されるどころか夢の実現までもう一歩なのだが、全く気が付かないノルなのであった。
◇ ◇ ◇
リースは三百年前の公爵家の出身だった。しかし、夢多き少女であり、身分を超えた恋というものに憧れていた。そして、市井を見て回っている時に、たまたま見つけた美男子に一目ぼれして身体を重ねてしまった。
しかし、リースの少女時代はそこで終わった。市井の人間と結ばれても贅沢などできない。だったら、同じくらいの身分の貴族と結ばれたいと思った。それから三年後。十八になった時に、婚約が決まり、アーク教の教皇の前で『アークの誓い』をした。
しかし、アーク神の前で虚偽を働いたため、肉体がこの世ならざる悪魔へと身を落とした。当然婚約は破棄され、教皇の言葉で実家も追放された。
最初は普通に生きていけばいいと楽観的だった。しかし、身体が男の精気を欲しがってたまらなくなっていた。そして、男を誘い、身体を重ねた後、男は息絶えた。初めての殺害で自責の念に駆られ、三日は何も口にできなかった。
しかし、乾きが止まらない。再び男と身体を重ね奪い殺す。これを繰り返すこと十度目。ついに罪悪感が増してきたリースは自殺をするが、死ぬことはできなかった。そして、何年経っても老いることのない身体に絶望が増していった。
百年も過ぎれば罪悪感を殺す術を覚えた。二百年も過ぎれば同類を束ね、女王のように献上される男を待つのみだった。
そんなサキュバスとして過ごして三百年。新興宗を見つけた。それはエロイス教というものだった。なんでも身体を重ねて世界平和を目指そうというものだった。実家を放逐された家畜貴族が作ったらしいが、リース達は全員魔法が使える。乗っ取るのに時間はかからなかった。
エロイス教というのはリースにとって精気を集めるのに丁度良い教えだった。だけど、身体を重ねないと死んでしまう自分にとっては、身体を重ねて世界を救うという考え方は忌避すべきものだった。
ただ、それでもエロイス教の聖書を捨てることはできなかった。世界を救うというのなら自分たちも救ってほしい。そんな少女のような思いを持ちながら、偽物の聖書を渉猟するのが日課になっていた。ただ、途中で聖書の作成が止まっていたので、白紙の部分に自分達の呪いについて加筆修正した。
数年間、エロイス教として活動した後、ライト―ン領という国に見捨てられた領地が最近勢力を増していると教徒の一人が言ってきた。これは好都合だと思い、すぐに領主との面会を試みた。すると、
「採用だ」
ここの領主も同じだった。食いつき方が尋常ではなく、少しだけ引いてしまったがすぐに冷静さを取り戻す。領主は顔だけは貴族の風格だったがその下にあるのは性欲のみ。男とはなんて単純なのだろうと思った。
夜に教会につれこみ、いつも通り絞って終わりだ。そう思っていた。しかし、ここの領主はいままでの男とは違った。
エロイス教の教徒たちが皆、『アークの災厄』によって姿を変えられたことを知っていた。しかもだ。『アークの災厄』が呪いではなく魔法であり、黒幕が教皇であることまで絞り込んでいた。リースは久しく忘れていた『怒り』の感情が内から湧き上がってくるのを感じた。
さらに僥倖だったのは、ノルが自分たちにかけられた魔法を解けると言ってきたのだ。リースは当然食いついたが、それと同時に疑問が含まれていた。
なぜ、自分達を救おうとしてくれているのか、と。
その答えはいたってシンプルだった
「世界を救うって言っただろ?その中には君みたいな
そこでリースはノルが最初から自分達を化け物ではなく人間として接してくれていたのだと気が付いた。だから、ノルは出会った当初から表情を一切動かさずに真摯に対応してくれていたのだ。性欲に負けたなどとなぜそんな失礼なことを考えたのだろうか。
最初からノルは自分たちを救おうと行動してくれていたのだ。そして、それを自覚した瞬間、リースの胸には少女のような気持ちが芽生えてきた。
そして、ノルのことを信用しきったリースは治癒(毒)魔法がたっぷり効いた水を飲んだ。身体が毒に犯されたように熱く、意識を保つことができなくなり、暗闇に落ちた。
熱い・・・
だけど、自分の中にあった邪悪な衝動が消えていくのを感じた。それが徐々に形を失い、綺麗に消えると目を覚ました。
ノルの言う通りだった。リースの中にあったサキュバスの力は完全に消え去っていた。悪魔の証拠で恐れられてきた牛の角、異形の尻尾などサキュバスだったものはすべて消え去った。
そして、身体にあった乾きは消え、あるのは生きているという実感だった。泣いたのはいつぶりだろうか。長きにわたる地獄からようやく解放されたという喜びは何にも代えがたいものだった。
奇跡はこれだけじゃなかった。これは後からフィーアから聞いたことだが、ノルは毒魔法の使い手だったらしい。自分に治癒といったのは安心させるためだったのだろう。
この領地にいるものは皆、ノルの毒に救われ、その毒が人体を驚異的なレベルにまで進化させていた。だから、ここの領民と寝た同胞のサキュバスたちは呪いから解放され、領民たちと結ばれていた。
かくいうリースにも幸せが訪れた。フィーアとアジーンというノルの妃がいるのを知って自分の恋慕が叶うことはないと諦めていた。それでも呪いから解放されただけ素晴らしいことだ、と。
けど、正妻のフィーアと第二夫人のアジーンはリースを第三夫人として迎え入れてくれると言ったのだ。答えは当然イエス。
「この御恩は決して忘れませんわ。ノル様、そして、ライト―ンに降りかかる受難はすべてわたくしが振り払いますわ」
リースは自分をどん底の化け物から人間に戻し、そして、女としての幸せまで叶えてくれたこのライト―ン領のために死ぬまで尽くすと決意した。
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