領主は見た!

「若造が!調子にのりおって!」

「生意気になりやがりザマス!」

「師匠を、蔑ろにするとは、グフ、痛い目に遭わさなきゃいけないみたいグフねぇ」

「その通りだ!デブス卿!貴殿の魔法とわしの魔法、そして、キタネーゾ子爵で力を合わせ、あの生意気な馬鹿餓鬼を懲らしめてやろうじゃないか!」

「わたくしも一枚噛むザマス!金銭面なら任せてくれザマス!」


馬車の中で仲良くライト―ン領を横切る三人。ノルが先代領主の息子ということで小さい頃からできうる限りの媚を売っていた。力を持って領民を黙らせたり、無知蒙昧な養分である領民から金を巻き上げたり、魔法を使って領民の反乱分子を潰す方法などを教えた。


だからこそ将来領主になるノルに恩を着せて甘い汁を吸おうとしていた三人にとってこれは手痛い裏切りだった。


なればこそ近くのキタネーゾ子爵と組んでこのライト―ン領を潰す。そう考えて馬車の中で密談を交わしていたのだが、


「何だ!?」

「ザマス!?」


突然馬車が止まった。


━━━少し前


アジーンは植物魔法で摩訶不思議な植物を生み出した。六十センチくらいの細長い植物で見たこともない代物だった。植物魔法は自分が知らない物を生み出すことができない。フィーアはアジーンの知識と経験は相当なものだと認めていた。


「それは?」

「針金草という草よ。鋭利さなら植物の中でもトップ。先端に触れればダイヤモンドであろうと貫通するわ」

「そんな植物があるんですね。勉強になります」


そして、アジーンが矢を番えスナイパーの目になる。矢を番え、弓を引いた。


「距離は1キロ弱あります」

「問題ないわ」


アジーンが弓を放つ。それは風を切り、音を置き去りにして、そして、馬車の車輪を射抜いた。


「お見事です・・・この距離を当てるとは」

「ふふん!エルフの長としての面目は保てたかしら?」

「ええ。おみそれしました」


フィーアは名実共にアジーンのことを戦友として認めた瞬間だった。


「それじゃあ行きましょう」

「そうね。貴方の部下たちが殺しちゃうかもしれないしね」


━━━


馬車の中にいた三人に襲い掛かったのは凶弾だけではなかった。


「身体が動かない、グフ!?」


馬車が止まると同時に三人の顔以外の部位が痺れて動かなくなった。そして、馬車の扉が開いて屈強なバーサーク領民たちが現れた。


「ずいぶん痛めつけてくれたのぉ、騎士団長さんよぉ。お礼に参ったぜ?」

「豚ぁ!てめぇが撒いた毒でうちの奥さんが死にかけたんじゃわい!どう責任取るんじゃわれえ?」

「ババア、てめぇが俺たちの金で豪遊してたのは知ってんだぜぇ?お縄につく時間じゃぁ!」

「「「ヒぃ!?」」」


三人は動かない身体をさらにロープでぐるぐるにされて、馬車の外に放り出された。すると、屈強な男たちがさっと三人を中心に包囲陣を敷いた。デブスとハゲスは魔法を使おうとするも身体が痺れて何もできない。


「なんだお前たちは!わしにこんなことをして許されるとでも思っているのか!」


ハゲス元騎士団長が威厳たっぷりの咆哮をあげる。しかし、動揺するものは皆無だった。


「私に酷いことをするとキタネーゾ子爵にいいつけるザマスよ!」

「そうグフ!僕とキタネーゾ子爵はいわば盟友、グフ、痛い目を見ないうちに開放するのがよろしグフよ!」


三人のバックには恐ろしいキタネーゾ子爵がいるということも把握した。喚きながらどんどん情報を吐く馬鹿トリオの前に黒髪の騎士団長が現れた。


「やはり、あなた方のバックにはキタネーゾ子爵がいるんですね」

「お、お前はノル坊の女!」

「はい、ノルさんの正妻兼『毒滅の騎士団』団長のフィーア=キチークです。すぐにお別れですが、一応騎士としての礼儀で名乗っておきますねぇ」


フィーアがゴミを見る目で三人を見下ろしていた。そして、騎士団のキチガイ達は自分たちを苦しめた元凶たちに怒りが湧いていた。すると、デブスが身体をなんとか動かした。そして、


「調子に乗るグフな!」


毒を散布させた。ノルにとっては遠い叔父だが、毒魔法を使えるというところは共通していた。それが幸いしてノルの毒に対して抗体を作り出せたのだろう。


「ぐふふ、これで形勢逆転グフ!ルッセーナ夫人とハゲス元騎士団長には抗体グフよ!」


その毒はかつてライト―ン領で流行した毒だった。デブスは自分が原因だとバレないようにするためにキタネーゾ子爵の元に逃げたのだが、どこでバレたのだろうかと思案するが心当たりがない。


「まぁいいグフ」


毒で苦しんでいた二人は生き返り、そして、デブスは縄を溶かした。


「でかした!デブス卿!」

「よくやってくれたザマス!デブス卿!」


毒煙の中三人は手を取り合い、そして、今度はこの状況を生み出した騎士団への恨みが募った。


「幸い今は毒の海に沈んでいるはずだ。領民を殺し、ノル坊への宣戦布告としよう」

「そうザマスね」

「女は僕の奴隷にするグフ」


そして、煙が晴れてきた。死にかけのライト―ンの領民たちがいるはずだ。あえてゆっくり殺すのもいいのかもしれない。しかし、


「もう終わりか?」

「「「は?」」」


毒を喰らってもぴんぴんしている『毒滅の騎士団』。そして、堂々と三人を見据えるフィーアの姿があった。


「あいにくだがこの程度の毒はノル様が癒やしてくれたぜぇ!?」

「むしろ美味しく感じるぜ!腹にビリビリする感じがたまらんなぁ!」

「これが切り札だったのかぁ!残念だったなぁ、おデブちゃん!」

「あ・・・あ・・・あ」


へたりと座り込むデブス。そして、デブスの元に領民たちが集まり、首根っこを掴む。


「キチーク団長、その、俺たちはこいつらに酷い目に遭わされていて・・・」


どんな相手に対しても敬意を払い、殺す時は迅速にという騎士団の鉄則がある。しかし、それだけでは領民たちの恨みは収まらなかった。普段ならフィーアも許さない。しかし、


「ふっ、好きにしろカス共。今日の私は目も耳も悪いらしい」

「!ありがとうございます!」

「いやだあああああああああ」


フィーア団長の計らいで今日は何をしてもOKらしい。そして、デブスは連れていかれた。


「くっ!こんなところにいられるか!わしは逃げる!」

「ちょっと!ハゲス卿!?」


ハゲスは俊足魔法の使い手だ。100メートルなら3秒で走れるほどに早い。包囲を一瞬で抜かれてしまった。


「くくく!このまま領外に出て逃げ切ってやるわい!そして、キタネーゾ子爵と共に軍を率いてグホ!?」


ハゲスは一瞬何が起こったか理解できなかった。地面が抜けたような気がしたが、周りは暗くて何も見えない。明かりを探していると頭上に太陽の光が見えた。すると天にある光を何かが遮った。


「幻覚草よ。存在しているけど触れることができない花だから、落とし穴とか罠にピッタリなのよね」

「幻覚草だと!?なぜそんな伝説の草がこんなところに!いや待て、貴様はノル坊の傍にいたエルフか!?」

「ええ。アジーン=オールドミス、エルフの長兼ノルの第二夫人よ」

「くっ、エルフが何の用だ!」


すると、頭上でハゲスを見下ろすアジーンの顔が強張った。


「貴方は昔、森に火をかけ、同胞たちを何人も殺したわよね?」

「な、なぜそのことを!それは「三十年前のことだからって?」・・・い?」


アジーンが手を挙げるとエルフたちが一斉に弓を落とし穴に向けて放とうとする。


「私にとって三十年なんてちょっと前のことよ。ついでに教えておいてあげるわ。時効なんて言葉はエルフにはないの。死んで償いなさい!」

「いやだあああああ」


落とし穴には一斉に弓の雨が降った。


虐殺と拷問が行われている最中、ザマス夫人は漏らしてしまっていた。そして、傍らにいるフィーアに請願した。


「お願いザマス!私を助けてくだザマス!なんでもしザマス!」


泣きじゃくり、厚かった化粧は完全に剥がれ落ちて見るも無残な姿だった。


「なんでもと言ったな?」

「はいザマス!」

「だったら今すぐ金貨を1000万枚用意しろ。それができたら逃がしてやる」

「い、1000万枚なんて無理ザマス!」


下手したら公爵領すら傾けてしまえるほどの金額だ。しかし、ルッセーナ商会では用意できなくないギリギリの額だった。ただ商会のほとんどの資産を売り渡しさえすればという条件が付くが。


「無理?おかしいな。貴様は領民たちに対して同じことを言ったのではないのか?」

「ザ、ザマス」

「私はお前の資産をすべて把握している。払えないわけがないはずだが?」

「くっザマス」


ルッセーナ夫人は一軒一軒訪れ、税を払えない者には容赦なく痛めつけ売春を斡旋したりもした。どうしても払えない者には月利10%の借金をさせたりもしていた。


「そうか、払えないか。だったら私がお前の身体をバラバラにして闇商人に売りつけるとするか」


フィーアはそこら辺においてあった石をバターのように斬り裂いて脅した。


「ヒぃ!分かりました払いザマス!」

「ふむ。だったらここにサインをしてもらおうか」

「はいザマス・・・」


命があるだけマシだ。そして、後はキタネーゾ子爵のところでまた再起すればいいのだ。幸いノウハウはすべて頭にある。そして、サインを終えたルッセーナ夫人は一安心。


「これで解放してくれるザマスよね?」

「ふむ・・・」

「・・・おい!まさか裏切るザマスか!」

「いえいえ。ただ、契約書をちゃんと呼んでいないのかなぁと思いまして・・・」

「え?」


フィーアがいつもの敬語に戻り液体を垂らすと白紙だった部分に文字が浮かび上がった。そこには、


『ルッセーナ夫人自身がサインした場合財産をライト―ン領に納めた後、自責の念から殺されることを誓います』


とだけ書いてあった。


「詐欺ザマス!詐欺!」


喚いているルッセーナ夫人をバーサーク領民が両サイドから腕を抱えた。


「ですが、契約書に書いてあることはすべてなので、やることはやってもらいましょう。セイバー4、セイバー5」

「「はっ、ここに」」

「連れて行け。今日の私は耳も目も記憶力も悪いようだ」

「「~~!ありがたき幸せ!」」

「詐欺ザマスぅぅ!」


引きずられながらルッセーナ夫人は連れていかれ、無残な死を遂げた。


「これで領内の財政も潤うわね」


アジーンが戻ってきた。ハゲス元騎士団長はおそらく見るも無残な姿になっているのだろう。


「はい!これでキタネーゾ子爵も私たちを無視できなくなるでしょう!」

「後は人材ね。キタネーゾ子爵は3万ほどの勢力を誇る。私たちは多く見積もって3000人。練度だけなら負ける気がしないけど、数で負けていることだけは若干懸念点ではあるわね」

「ですが、ノルさんがそのことを考えていないはずがありません」

「そうね。余計な心配だったわ。私たちはノルの剣として支えることだけに集中しましょう」

「はい!」


◇ ◇ ◇


一方その頃、


「あいつらついに僕の大切な人たちを殺しやがった・・・!許せねぇ!」


デブスが忘れたハンカチを届けに行ったら、三人とも殺された瞬間に立ち会ってしまったノルなのであった。

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