38.『おねえさん』と銀行強盗
どうやら最後の一人は金庫室にいたようで。ようやく出てくる気になったらしい。
やっとかよ! と言いたい気持ちは山盛りあるけど、一応男のカウントダウンには間に合ってくれた。
つまり、一旦は助かったってことでいいんだよな? 銀行強盗立て籠りとかするような男の言葉を鵜呑みにしたうえでの話だけど。
え? 女性が金庫室に逃げ込んだとかじゃないよな?
ただ、状況は僕の思考よりややこしいバランスになっているみたいだ。
「おい! さっさと出てきやがれ! そこのオメーだよオメー! 金庫室の!」
少しだけ、冬に換気するくらいの控えめさで開かれたドア。男の要求に従ったのかと思えば、一転それ以上動く様子がない。本当に向こう側に誰かいるのか? ってくらい、中から人が出てくる気配もない。
「なんだ!? ガキ殺されるの直接見たいだけです、ってか!?」
なんだろうな。今この場を支配しているのはコイツなのに、何をそんな追い詰められたみたいに余裕ないんだろう。あ、そもそも余裕ないから銀行強盗なんかするのか。
恐怖が一周回ったのか、キレ散らかしてるヤツに銃口を向けられてもフワフワしてきた。頭に浮かぶのは呑気な犯罪心理プロファイリングもどき。
と、そんな僕を現実へ引き戻すように
「連れてきました! だからその子を殺さないで!!」
「あ?」
男に命令されてた女性が職員用トイレからおばさんを、最後の一人を伴って戻ってきた。
途端に、男の空気がちょっとマヌケになる。
「お、おう。やっぱオメェ、トイレの方行ってたよな。で、そこからソイツ連れ出してきたんだよな?」
「はいっ! ちゃんと言うことに従いました! だから子どもたちは!」
「あ、うん。オレぁてっきり、金庫室開いたから最後の一人はそこで。んでオメェは子ども見捨ててトイレに逃げ込んだんだと」
状況が分かっていないからハキハキ訴えかける女性。それとは別で状況が掴めていないから、指差し確認で歯切れ悪く情報整理する男。
「じゃあ」
改めて、場にいる全員の視線が金庫室へ注がれる。
「そこにいるの、誰なんだ?」
完全にキレてる時の勢いを失って、むしろ人がよさそうなくらいで呟く男。
すると、少しだけ開いていたドアが答えるように。
ゆっくり動き始める。
と同時に、中から名乗りが聞こえてきた。
いや、普通は名乗りと思わない内容かもしれない。
でも、僕には誰の何より一瞬で通じる決まり文句。
「『おねえさん』はねぇ」
少しずつ姿を現す、その正体。見える右半身、足は肩幅、なぜかギターの首を掴んで逆さまに肩へ担いでいる。
「優等生ヒロインくらい品行方正で、みんなのリーダー枠くらい清廉潔白で」
ついにドアが完全に開かれる。左手は腰に当て仁王立ちの、ちょっとまえに会ったばかりの『ちびマルコシアスちゃん』は!
「熱血主人公くらい勧善懲悪」
「おねえさん!」
僕が叫ぶのとほぼ同時。彼女は一瞬で男の目の前まで踏み込む。すでに上半身は捻られて、ギターが目いっぱい背中側へバックスイング。そのまま、
「汚い足をどけなさい」
繰り出されたフルスイングで男は宙を舞った。やっぱり僕のメンとは次元が違うよバケモノめ。
ようやくパトカーのサイレンが聞こえてきた。
シャッターが上がると犯人が拘束されていた。なんて具合だから、警察たちはずっとマヌケな顔をしていた。そりゃ完全武装の大所帯で押しかけてコレじゃあ、そんな顔にもなるよな。
僕らはというと救急車へ乗り込み、さっさとその場を引き上げた。イチコに目に見えてヤバそうな感じはなかった。でもやっぱり頭を打ってて意識が曖昧になってたから。
そして今はその帰り道。無事も確認できたしご両親も来られたからバトンタッチ。
最近早くなった夕焼けに染まる街。人はまばらながらパッタリいなくなることもない道をプラプラ。
おねえさんはマーチングバンドの指揮者みたいに、ギターをくるくる弄ぶ。そのたびに金具と耳飾りがオレンジの光を反射して撒き散らす。
「そのギター、なんなの?」
「んー? リッケンバッカー4001っていうんだよ。ベースだね」
「そういうことじゃなくて。おねえさんの腕力で武器にして壊れないのが意味不明なの」
「『おねえさん』だぞ。ベースで空は飛ぶしショットガンにもする」
「はいはい」
話しているうちに分かれ道へ。本当ならここでサヨナラまた明日、なんだけど。
「あ、そういやさ。どうして銀行の金庫室なんかにいたの?」
「んーと、それはねぇ」
おねえさんは口元に人差し指を添えつつ、自分が進む方の道を見ている。
でもすぐに小さく頷くと、僕の方を向いてにっこり笑った。
「ウチまで送ってあげようか、男の子。最近何かと物騒ですし?」
また今度、とか、ここでサッと話してから別れる、って判断はしなかったようだ。道すがらゆっくり話してくれるつもりみたい。
「で、なんで金庫にいたかだよね? そりゃ金庫に預けてたもの取りに来てたからだよ」
「銀行に預けるって、そんな金持ちみたいなことする身分か?」
「何をぅ!? おねえさん、これでも金持ちなんだぞ!?」
ポケットに手を突っ込み、ゴソゴソやり始めるおねえさん。
そういえば政府に認められてるスーパーヒロインとか言ってたな。結構儲かる仕事? なのかもしれない。
おねえさんは財布を取り出し、中から一枚のカードをドロー。僕の目の前に突きつける。
「ほら! ブラックカード!」
「それすごいの?」
「すごいに決まってるでしょ! 意味もなくコンシェルジュ呼び出してやろうか?」
「やめたげなよ」
ていうか僕が聞きたいのはブラックカードについてじゃなくて。そりゃそもそもは話を引き延ばしたくて振った話題だけど、なんでもよかったわけじゃない。
「それよりさ、どうやって金庫室に入ったの?」
「はい?」
とぼけた顔するおねえさん。はいじゃないが。
「銀行の金庫室ってさ。ルパン三世とかで見るけど、銀行員が付き添いで入るもんだろ? でもおねえさん、一人だったじゃん」
「『おねえさん』だぞ。密室くらい入れる」
「んなワケないだろ! しかも犯罪じゃないか!」
またテキトー言われてるうちに、
「あ。着いたよ、男の子」
気付けば僕の家の前だった。
それとなく立ち去ろうとするおねえさんに思わず半歩踏み出す。右手がピクリと上がりかけるのを慌てて左手で押さえ込む。
「あ、その、さ。ギターって演奏するもんだろ? 金庫に入れてちゃダメなんじゃないの?」
代わりに出たのは、我ながら弱々しい感じの声。
チラッとおねえさんの方を見ると、目が合った。彼女は腕を組んでニヤリとする。なんだか気恥ずかしくて顔を逸らした僕に、優しい声が投げかけられる。
「そうだね。立ち話もなんだし、上げてもらっていいかな?」
「……うん」
本当、察しがよくて優しい人だ。
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