最強無敵『おねえさん』 〜常識も物理法則も通じないご近所美人はお好きですか?〜

辺理可付加

1.『おねえさん』と飛行機ハイジャック

「全員手を上げろ! さもないと撃つぞ!」


 天井に向かって一発。もちろん運動会の空砲ではない。


「きゃあああああ!?」

「なんだなんだ!?」

「け、拳銃持ってる!」

「嘘だろっ!? わああ!」


 上空何メートルかは不明。が、すでに日本列島は雲の下へ置き去りにしたジャンボジェット。その機内が阿鼻叫喚となる。

 まだ誰も何もされてはいない。まだ何が目的とも言われていない。

 それでも乗客たちは命の危機であることを理解した。



 と、こんな時にではあるが。



 世界最強の生物がいる。

 『おねえさん』である。



 人類史上最高の概念がある。

 『おねえさん』である。



 過去現在未来最上の憧れが存在する。

 それが、



 『おねえさん』である。



 『おねえさん』はいついかなる時も最強最高最上、人間を超越した存在である。

 たとえ嫌いな食べ物が出てきた時でも、お父さんお母さんに怒られている時でも、

 たとえ、



「よく聞け! 今からこの機は我々が乗っ取る! ハイジャックってヤツだ!」



 たとえ沖縄へ向かう飛行機の中で、恐ろしい集団が拳銃をぶっ放した時でも。











 オトナっていうのは意味が分からない。ロクなもんじゃない。

 それは僕が子どもなせいばかりじゃないはずだ。






「ペルセウス座流星群見に来ないか? 東京じゃ見えんだろ」


 夏休み。父方の叔父さんが誘ってくれた。

 それはいい。自由研究も片付く。叔父さんはいい人だし(たまにしか会わないからそう思うんだろうけど)、楽しみだ。

 だから流星群で沖縄に誘われるのはいい。

 問題は






「そうか。行ってきなさい」

「父さんは?」

「父さんは行かない」


 知ってたよ。いつもそうだ。警察官僚っていうのは忙しいんだろ。知ってるよ。

 記憶の中の父さんがいるイベントは、旅行でもゴールデンウィークでもなくて、ひぃばぁちゃんのお葬式だけだ。

 19時のリビング、LED照明が暗く感じる。いや、なんか逆にチカチカ眩しい気もする。重い。


「母さんは?」

「お義父とうさん、おまえのじいさんだ。じいさんの介護で忙しいんだ。分かるだろ?」


 分かってるよ。家にいない母さんが沖縄に現れてもびっくりだよ。

 だから新聞を下ろせよ。一人暮らしでもないのに、今日一度も家族の顔を見てないんだよ。


「ケント、おまえももう十一だ。あと四年もすれば自分で高校を決める。自分で人生を決めていく年だ。自分のことくらい自分でできる年だ。飛行機くらい一人で乗れるだろう」


 父さん。父さんの年じゃ四年なんて同じだろうけど、僕の四年は別物なんだよ。

 四年あれば背も伸びるし、勉強も難しくなるし、いろんなことができるようになるんだよ。

 いろんな方向にんだよ。


 だけど、四年ないと心も体も全然大きくならないんだよ。


 それと、


「そういえば今日は練習試合だったんだろう。どうだったんだ」

「背の高い相手に、コテを返されて負けた」

「体格差があるとコテは読まれるからな。安易に打つな。ここぞに絞れ。それに、また上から乗られるのを怖がって、もぐって打ったんじゃないか? 最初からもぐって打つと、返された時に」


 自分のことは自分で、って言ったって、


『おまえも警察官になるんだ』

『警察官には必要だから剣道をやれ』


 って決めたのは父さんじゃないか。


『正しい正義感を持て』

『市民を守る男になれ』


 って決めるのは父さんじゃないか。


 僕が「剣道なんかやめたい。警察官なんかなりたくない」って決めたら。

 「正義なんか分からない」って言ったら。


 父さんは認めるの?


 やっぱりオトナっていうのは意味が分からない。ロクなもんじゃない。

 僕が子どもなせいばかりじゃないはずだ。

 分からない分からない。


 分からない!






「うっはーーーっ!!」



 沖縄行きの飛行機! 僕の隣の窓側の席!


「青い空♪ 白い砂浜♪ 広がる海〜♪ やっぱ沖縄はビールだよね〜」


 さっきからウルサイ、昼間っからビール飲みまくってる大学生くらいの若い女!

 いい年してさ、恥ずかしくないのかよ! 人として理解不能! ロクなヤツじゃない!


 ゴキゲンにビール缶で赤い北斗七星作るのはさ、アル中っぽいけどまだいいよ。

 別の意味で人としてダメだけどまだいいよ。


「ちょっとは静かにしろよな」

「あ〜ん?」


 あっ、ヤバい。頬杖でボソッと潰したつもりだったけど、聞こえちゃったのかな。


「ボクぅ」

「な、なんですか」


 悪いのはマナー守ってないそっちじゃんかよ! ガツンと言ってやる、勇気はないけどさ!



「いくつぅ? 小学生? パパとママはいないのかな〜?」

「うわっ! 酒くさっ!」





 そりゃそんだけ飲んでたらそうか! 小学生の僕でも分かる酒くささを振り撒きながら、女が顔を覗き込んでくる。

 墨汁ぼくじゅうみたいなツヤのある、ボブより少し長い髪。パッチリした目と左の泣きぼくろ。

 美人なんだろうけど全部台ナシだ!


 でもまぁ、悪態ついたのが聞かれてなかったっぽい(もしくは酔っ払って脳が正しく処理できていない)のはよかった。

 いや、よくないぞ!?

 結局別方向のダル絡みされてるんだから、全然よくないぞ!?


「怖がらなくていいんだよ〜? お名前なんていうの〜?」

「知らない酔っぱらいが不審者みたいな絡み方してくるんだぞ!? 怖がらないのは無理があるだろ!」

「お名前〜」

「くそっ! 話が通じてない! ケント! ハバトケント!」

「へぇ〜、ケントくんっていうんだぁ。うんうん」


 紐でぶら下がった、チェス駒の耳飾りが揺れる。クリスタルっぽい見た目の、左がキングで右がクイーン。海外ドラマで金持ちが飾ってるような、結構大きいサイズ感。

 それはどうでもいいとして、何を頷く要素があるんだよ。よくある名前だろ。

 たしかに名字は見かけない方だけどさ。


「いい名前だねぇ」

「あっそ」

「おねえさんはねぇ〜? 『おねえさん』っていうの〜」


 あーもー付き合いきれねー!! なんだよこの酔っぱらい! 父さんも母さんも、酒でおかしくならないタイプで本当にありがとう! 早く沖縄つかないかなー!!

 誰でもいい。この地獄から解放してくれ。

 祈るような僕の視線が、通路を挟んで斜め三つくらい後ろの座席。若い男とぶつかった。


 するとソイツは、スッと席を立ち上がる。


 え? まさか本当に助けてくれるの?


 と思いきや



「全員手を上げろ! さもないと撃つぞ!」



 鞄から拳銃を取り出して、天井に向けて一発。運動会の比じゃない音がした。


 でも結局、「よーいドン」と同じかもしれない。



「きゃああああああ!!」

「なんだなんだ!?」

「うそっ? ドラマ? マジっ!?」



 それを合図に、機内いっぱい動揺の声や悲鳴が響き渡るし、



 何より他の座席から男の周りに、拳銃を持ったお仲間が集まってきた。合計で男三人女一人。

 発砲したリーダーっぽい男が怒鳴る。



「よく聞け! 今からこの機は我々が乗っ取る! ハイジャックってヤツだ!」



 やっぱりオトナはロクでもない。

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