きっと、これから友達になる女の子  2人台本

サイ

Segno

きっと、これから友達になる女の子





蒼(m):高校最後の夏休み


蒼(m):卒業後、僕は東京へ行く。


蒼(m):彼女の幸せを考えるなら。


蒼(m):思いを告げたあの場所で、言うんだ。






蒼(m):一年前の1学期の終業式終了後、僕は大きな挑戦をしようとしていた。


蒼(m):誰もいない静かな教室に彼女を呼び出し、思いを伝えた。




蒼:倉木さん、きみのこと、好きなんだ。付き合ってほしい!




蒼(m):外で練習中の運動部の掛け声がやけによく聞こえる。




雨:ありがとう。すごく嬉しい。けど……


雨:来年、きっと野上くんは私のこと、


雨:捨てると思う。




蒼:そっ…!!




蒼(m):そんなわけない、と言いたかった。でもそれより、どうしてそう思ったのかが気になった。




蒼:そりゃあ…もちろん人間誰しも、気持ちが変わることはある…と思う。でも僕は今、倉木さんのことが好きなんだ。


蒼:倉木さんが僕のことを快く受け入れてくれるのなら、一生かけて幸せにしたい。


雨:……一生。




蒼(m):何か言いたげな様子だったが、やがてすこし表情をゆるめ、彼女は首を縦に振った。




雨:わかった。幸せにしてね、野上くん。




蒼(m):このときの僕は、天にも昇る気持ちだった。






蒼(m):初デートの日、僕は全力で歩道を走っていた。前日に緊張しすぎてしまい、眠りにつくのが遅くなってしまったからだ。


蒼(m):駅の広場には当然、先に彼女が待っていた。




蒼:ご、ごめんっ……。


雨:いいよ。私もついさっき来たところだし。それより…大丈夫?なにか飲み物買っていく?


蒼:そう、しようかな…。


蒼(m):コンビニで飲み物を買った後、僕たちは水族館へ向かった。




雨:……あのさ。


蒼:なっ、なに?


雨:なにって…さっきから魚より私ばっか見てない?


蒼:いや、その…あはは。


雨:せっかく来たんだから、もっとしっかり見ようよ。ほら、あそこの魚、色がすごく綺麗で…


蒼(m):昨晩、妹に「初デートに水族館は重くない?」と言われたことが気になって仕方がない。


蒼(m):だから倉木さんの様子ばかり窺っていた。


蒼(m):こんなとき、「綺麗なきみに見惚れていた」なんて言い訳ができればいいのに。




雨:…くん。


雨:野上くん。


蒼:…え?!あ、はい!


雨:熱中症か何か?ずっとぼーっとしてるよ?


蒼:あ…その、ごめんなさい…。


雨:え、何?どういうこと?


蒼:いや…その…


雨:…野上くん。


蒼:あ、はい。


雨:私は急かしたりしないから。ゆっくり言葉を組み立ててくれていいよ。


蒼:はい…。


蒼:…えっと、倉木さんは、水族館って…お好きですか。


雨:…好きだよ。


雨:魚がゆらゆら泳いでいるのを見ていると、絡まった考えがほどけていくような気がするから。


蒼:そ、そうなんだ…。






雨:野上くん。


蒼:は、はい。


雨:一つ提案があるんだけど。


蒼:…なに?


雨:…お互い、名前で呼ばない?


蒼:名前…。


雨:付き合ってるはずなのに、なんだか距離が遠い様な気がして。


雨:名前で呼ぶようにしたら、おのずと距離も縮まって、


雨:思ったことを、素直に言える様になるんじゃないかって。


蒼:な、なるほど…。


雨:呼び捨てと、君付け、どっちがいい?


蒼:呼びやすい方法でいいよ。


雨:わかった。じゃあ、蒼って呼ぶことにする。


雨:蒼は、私のことどう呼んでくれるの。


蒼:えっと、…雨。


雨:なに?


蒼:…好きだよ。


雨:…ありがとう。






蒼(m):少し微笑みかけてくれたあと、彼女は大きな水槽を寂しそうな目で見つめた。


蒼(m):その目の理由が僕にはわからず、それがもどかしいと思ったが、そんな顔をしなくていいように、幸せにしてあげたい、


蒼(m):そう、強く思っていた。


蒼(m):それは今でも変わらないことだ。






蒼(m):雨は本当に魚が好きだ。


雨:魚が好きっていうか…魚が泳いでいるところを見るのが好きなだけだよ。


蒼(m):雨はそう言うが、魚について雨に語らせれば枚挙に暇がなく、1種類の魚に20分以上の時間をかけて話すことも珍しくない。


蒼(m):動画配信サイトに上がっている、読み上げツールによる解説動画よりも、はるかにわかりやすく、魚への愛を感じる話ばかりだ。


蒼(m):僕が魚に興味を持つまでに、そう時間はかからなかった。






雨:蒼、進路希望表、どうした?


蒼:うーん…まだちょっと迷ってて。


雨:ある程度は絞れているの?


蒼:うん、専門学校へ行こうとは思ってるんだけど。


蒼(m):そう、僕が口にしたとき、雨の表情が一瞬こわばった。


蒼:…やっぱり、大学出ておくべきかな。


雨:…ううん。なんの専門学校へ行こうと思っているの?


蒼:えっと、ここか、ここに行きたいなと思って…。


雨:海洋動物の専門学校…水族館の飼育員さん?


蒼:そう。雨が魚についていろいろ話してくれるから、僕も魚についてもっと詳しく知りたいって思ったし、この手で触れて、関わってみたいって思うようになったんだ。


雨:そう…。


蒼:志望校が2つあって…1つは電車で通えるところなんだけど、もう一つが…


雨:…東京。


蒼:……今までみたいに、しょっちゅう会うことはできない、と思う。


雨:……。


蒼:でも、離れていたって、雨への気持ちは変わったりしないから。


雨:……。


蒼:……雨?


雨:…どっち?


蒼:え?


雨:どっちに、行きたいの。


雨:近い方と、遠い方。


蒼:……設備とか、インターンとかが充実しているのは、東京の方かな。


雨:……そっか。


雨:応援してる。頑張って勉強して、東京の学校で資格取っておいでよ。


蒼:う、うん。頑張るよ。


蒼(m):…僕はこの雨の表情を見たことがある。


蒼(m):いつ、この表情を見たのか。


蒼(m):なぜか記憶にもやがかかっていて、僕には思い出せなかった。






蒼(m):進路の話をしたあの日から、雨はデートの誘いをよく断るようになった。


蒼(m):デートだけでなく、放課後に会うことも、SNSでのやり取りも。


雨:私との時間よりも、今は未来のために頑張るときでしょ?


蒼(m):それは、そうだと思う。


蒼(m):じゃあ、この胸のつっかえは何なんだろう。


蒼(m):あの日の、雨の表情。


蒼(m):雨にとって


蒼(m):幸せなことって


蒼(m):なんだ…?






蒼(m):高校最後の夏休み


蒼(m):卒業後、僕は東京へ行く。


蒼(m):彼女の幸せを考えるなら。


蒼(m):思いを告げたあの場所で、言うんだ。






蒼(m):終業式終了後の、誰もいない静かな教室に、雨を呼んだ。


雨:お待たせ。先生と話をしてたら遅くなっちゃった。


蒼:ううん。いいんだ。僕もさっき来たところだから。


雨:入試、もうすぐだよね。


雨:…本命は、東京の学校、だっけ。


蒼:…うん。


蒼:雨。


雨:…なに?


蒼:いろいろ、考えたんだ。雨のこと。


蒼:東京へ行ったら、雨のそばにいることはできない。


蒼:雨がつらいとき、苦しいとき、寄り添って、抱きしめてあげることが、


蒼:嬉しいとき、楽しいとき、顔を見合わせて、一緒に喜ぶことが、


蒼:…できない。


蒼:…僕は、雨のこと、幸せにしてあげたいのに。




蒼:雨、僕たち、


雨:去年の今頃。


雨:…私が言ったこと、覚えてる?




蒼(m):息を呑んだ。


蒼(m):ちがう、


蒼(m):そうじゃない、




蒼:そうじゃないんだ!


蒼:僕は…雨のこと、捨てたいって思ったわけじゃない!


蒼:僕は今でも、雨のことが大好きだし、幸せにしたいって思ってる、


蒼:でも離れ離れになったら、


蒼:きみを幸せに…できない。


蒼:もしかしたら…僕よりきみを幸せにできる人が、現れるかも…しれない…。




雨:……。


雨:私ね、知ってるんだ…。


雨:蒼は、私にこう、言いにきた。


雨:「これからは、友達でいよう」って。




蒼:……。


雨:…そうだよ。きっと、友達としての方が、私にとっても、蒼にとっても、幸せなんだよ。


雨:私も、蒼の幸せを願ってる。


雨:…ありがとう、蒼。






蒼(m):これで、よかったんだ。


蒼(m):雨の幸せを、考えたら。




蒼(m):彼女は長い緑髪をなびかせながら、教室を後にした。





D.S.

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