第3話 マッチングアプリの門を叩く
さて。ヒマちゃんの結婚式から数年。その間に私は引っ越したり転職したりと生活面でも何かと変化があった。仕事は同業種での転職で、引っ越しが終わった後に割とすんなり次の職場が決まった。
……だがしかし、この職場が本っっっ当~にありえなかった!
出勤初日から私は信じられない光景を目にした。何が凄いって、まるでいじめのような暴言と嫌がらせが横行していたのだ。私の前任者は、怒鳴られ、詰られ、聞こえよがしな嫌みを言われ……。初日で相当ヤバい職場に来てしまったことを悟ったのである。いやぁ、本当に目玉が飛び出るかと思う衝撃だった。
前任者の膨大な仕事量と、サンドバックか奴隷のような扱い。あまりにも酷いいじめのような光景。人間として明らかにおかしい。いじめている当人は事務所でネットサーフィンをしながら爪のお手入れなんかをしていたりでゾッとしたものだ。
そうして入って数週間もすれば、楽天的で何かを思いつめたことのない私が一生懸命心を殺そうとするようになっていた。
私はそこまで酷い仕打ちを受けることはなかったが、心が何かを感じることが怖くなっていった。いつか自分も職場で罵声を浴びせられるかもしれないという恐怖心から、楽しいことやささやかな喜びも感じてはいけないんだ、と自分に言い聞かせるようになっていた。
そしてタイミングが悪いことに、就職した時期が丁度コロナによる初めての緊急事態宣言が出された頃。一番好きだったライブも全てなくなり、ストレスを発散させる場所もなくなり、友だちと直接会ったりすることもできなくなっていた。
そんな中、いよいよ前任者の退職する日が迫ってきた。私は毎日辞めたい辞めたいと心の中で繰り返していたが、欠員の補充という形で入ったのにすぐ辞めると申し出るのも怖くて言い出せずにいた。
不謹慎ではあるが、コロナになってしまえば仕事に行かなくてすむんじゃないかとか、真剣に考えたりもしていた。そんな中で、退職する正当な理由として思いついたのが「結婚」であった。
喪女街道まっしぐらな私には結婚どころか勿論彼氏もいない。彼氏の作り方?そんなの分かってたらプロの喪女なんてやってないんだよぅ!しかもコロナのせいで婚活もできない。でも仕事は辞めたいんだよぅ~~!!!今!!すぐに!!!
そんな時に閃いたように思い出したのがマッチングアプリであった。
急がば回れだ!
マッチングアプリで本当に彼氏ができるなんて思っていなかった。
結婚する自分なんて到底想像もできなかった。
そもそもこんな超マイナス思考で、仕事から逃げるために彼氏を探すのはどうなんだろう……。
彼氏は藁ではない。ではないが、溺れる者は本当に藁でも何でもいいから縋りたいんだよぅ~!!
思うことはいっぱいあったが、それでもその時の私はマッチングアプリに縋るしかないと思いそそくさと登録したのであった。
ところがどっこい、その数週間後。
私のミスではないことで上司に客人の前で盛大に怒鳴られる事件が勃発!
「もしや、これはチャンスなのでは……!?」
とばかりに、私の能力では到底この職場ではやっていけない、わたしの能力が劣っているせいでということを、ヨヨヨ……と涙ながらに盛大にアピールして無事に退職にこぎつけることができたのであった。
かくして、せっかく登録したマッチングアプリはあまり使われることもなく忘れ去られ、いつしかログインすらしなくなってしまったのであった。
そして、地獄のような職場を辞めてサッサと就いた次の職場で、私は運命の出会いを果たした。
ザ・お局様!という先輩社員がいたのである。
お局様は私よりも年下であるにも関わらず何故かバブリーな空気を纏い、いつも溜め息混じりにワンレンの髪をかきあげていた。人は嫌いだが、猫は好き。スタッフ誰とも仲良くしようとせず、気分によっては誰も話しかけられない雰囲気を醸し出しているお局様の横について仕事を教えてもらう日々が始まった。
前の職場が地獄の職場だったせいで、お局様が誰かの愚痴を溜め息混じりに話すことも、チクチク嫌みを言うのも可愛らしく感じていた。若いスタッフたちがお局様を怖がって出来るだけ避けている中、私はむしろウザ絡みするくらいお局様に話しかけたりもしていた。
基本的に自分の評価をあげることと、重箱の隅をツンツンすることと、溜め息まじりに髪をかきあげることに余念がなかったお局様だが、話していると年相応な面やポロリと漏らすナイーブな面などもあって嫌いになりきれないというのもあったかもしれない。
そんなこんなで新しい職場で3ヶ月ほど過ぎた頃。
いつものようにお局様に重箱の隅をツンツンやられながらも、適当に笑顔で相槌を打っていたとき、フッと、本当に唐突に、
「こんな風になりたくないな~」
そう思ったのである。まるで「今晩の晩御飯何にしよっかなぁ~」と思うみたいに。
いつもの仕事風景、いつものお局様の横顔。
何が違ったのか、今でも私には分からない。
ただ漠然と、でもしっかりとそう思ったのであった。
そして私はその日の夜、とっくに忘れていたパスワードを必死に思い出し、やる気のないプロフィールをそれなりに整えて再びマッチングアプリの門を叩いたのであった。
社会人にもなっていじめという情けない行為をして女王様のように振る舞っていた人。
不機嫌さを隠さずに八つ当たりをして愚痴ばかり言うお局様。
もう二度と関わりたいとは思わないけれど、マッチングアプリを始めるに踏み切れたことに関してこの二人には感謝している。
そして、難しいけど自分は人に優しくできる人でありたいと勉強にもなった期間であった。
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