第5話 初恋なんて
放課後、学校が終わるとすぐに詩音が僕の家にやってきた。本来なら小林と過ごせるはずの時間を僕に費やさせている、そう思うと少し罪悪感が湧いてきた。
朝の覚悟を元に彼女を部屋に招き入れて向かい合う。昔から多くの人に言われていた端正な顔立ち、具体的には優しさを感じさせる温和な目に、女子らしさを感じさせる唇。更に肩まで伸ばしているサラサラな髪、そして白い肌。
最後の見納めとばかりに彼女を少し見つめてから視線を逸らす。これ以上見ていると辛くなりそうだったから。
「真砂希、体調大丈夫なの?」
「……」
いざ言おうと口を開いてもパクパクと空気のみしか出ず、彼女を目の前にして僕は何も言えなくなっていた。
自分で終わらせることが怖く、更に僕の心の中には躊躇いもあった。生まれてからずっと一緒に過ごしてきた日々の記憶は僕の人生の大半を占めている。一緒に幼稚園で遊んだことや、くだらないことで喧嘩をしたことなどの到底忘れることのできないあまりにも尊くて懐かしい日々。
思い返すだけで鼻が少しツンとする。
「真砂希……? どうしたの? 本当に大丈夫?」
でも、言ってもう終わらせるって決めただろ僕。動けよ。そう自分を奮い立たせて僕は口を開いた。
「もう僕に構わなくていいよ」
「……えっ?」
何の脈絡もなく僕の口から飛び出してきた声に詩音は呆気に取られたような顔をした。
「いや、詩音と小林が付き合っているなんて知らなかったよ。教えてくれれば良かったのに。まぁとにかく美男美女カップルだね。おめでとう」
笑顔でおめでとうと言うと決めた以上それを果たしたいが、顔が引き攣っていないか気にしている余裕はなかった。だが、ここまで来たら全て勢いで言い切るしかなかった。
「真砂希……、それってどういうこと……?」
それってどういうことっていうのはどういうこと?どちらかと言うと僕側にいつから付き合っているんだとか、馴れ初めはなんだったのと聞きたくはないが訊きたい質問があるので逆な気がするけど……。
「……もうこの幼馴染っていう腐れ縁みたいな関係をやめよう」
「……何がどうなってるの? ねぇ真砂希、ちょっと、どういうことなの?」
「文字通りだよ。僕が二人の間にいたらお邪魔虫でしょ」
実際のところ、小林からすれば僕など歯牙にかける必要もない存在かもしれない。だとしても僕はこの関係を終わらせなくてはいけない。
「なんで、なんでそんなことになってるの? 真砂希、違うから。ねぇ!」
何が違うから?二人のお邪魔虫なんかではないっていうこと?たとえお邪魔虫ではなかったとしても詩音と一緒にいると僕が耐えられないと思うから関係はない。お邪魔虫という言葉はある意味ただの方便みたいなものだから。
「今まで一緒にいられてよかった。ありがとう、じゃあ」
強引に話を打ち切ると僕は逃げるように自分の部屋を飛び出した。
「真砂希!? ねぇ、ちょっと待ってよ!」
僕が部屋を飛び出すと同時に彼女が泣き出した声が聞こえたが僕は振り返らなかった。
家の外に出ると雨が強く降っていて僕の体を撃つ。
一瞬、傘を取りに戻ることを考えたがこの気持ちを洗い流すためにも僕はそのまま雨に撃たれながらどこに行くというあてもなく走った。
「これでいいんだ。……これが正解なんだ」
自分でそう決めたはずなのに。
それなのに何故こんなにも涙が出てやまないのだろうか?
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