始末屋ドワイト-04
ジェイソンへ向けられた視線は、怯えを隠し切れないものばかり。こんな小さな使い魔と子供1人ですら、人族にとっては脅威だった。
「じょ、条件とは」
『この出来事、吾輩が人語を操る事、それらをレオンに告げるな。他言するな。吾輩はここにいる全員の顔を覚えた。それ以外の者がもしこの事を知っている素振りを見せたなら』
「報復に来る、という事か」
『察しが良くて助かる。腸や眼球など、案外容易く飛び出すものだ』
そう言うと、ジェイソンはゆっくりとレオンの肩から降りた。
『誓わぬなら、今ここで全員を始末する以外にない。吾輩も心優しき我が傀儡の手を汚したくはないが』
「ち、誓う! な、なあみんな!」
「お、おう……」
ジェイソンの心を見透かすような視線に、誰もが首を縦に振るしかなかった。
ジェイソンがその場に座るとレオンの膝がガクッと崩れる。数十匹のジェイソン達がその体を支えた。
「おあ、あれ?」
レオンが意識を取り戻した。気が付けばジェイソンに囲まれていて、レオンは状況を理解できていない。家の下敷きになって泣いていた記憶で途切れている。
状況が分からずキョロキョロするレオンに対し、大人達は咄嗟に嘘を付いた。
ジェイソンのじっとりと纏わりつく視線は、「分かっているな」と圧を掛けているような気がしたからだ。
「馬鹿もん! お、俺達が引っ張り出さなきゃ、お前も死んでたぞ! な、なあ、みんな?」
「そ、そうだ。あーいった時はまず大人に頼れ。いいな?」
「とにかく治療を受けろ、お前の恩人も無事だ」
「はっ、ご主人!」
レオンは思い出したかのようにくるりと振り返る。そこには苦しそうながら微笑むティアの姿があった。
「ご主人、ご無事なん!?」
「なんとか、ね。有難う、レオン、ジェイソン。皆さんも有難うございました。色々と、本当に……有難う」
「ど、どうって事ねえです、な、なあ?」
「お、おう……な、何事もなかった、よな?」
「あ~何事も、なかった、なくてよかった!」
周囲の者は下手な演技でその場を凌ぐ。レオンはその不自然さよりも、ティアの声が気になっていた。
「ご主人、声、どしたん」
「お前さんのご主人は、火事の煙と熱で喉をやられちまった。声は出さない方がいい」
「元に戻るとは言ってやれんが、診てもらうだけでも」
レオンはティアの状態を聞き、酷くショックを受けていた。今度はお金を払えばティアに歌って貰えると思っていたのだ。
しかも、ティアは旅の資金を歌で稼いでいた。それが出来なくなった今、ティアは旅を続けられないし、レオンを雇い続ける事も出来ず、雇う理由もなくなる。
「火、なんで燃えたと」
「こいつが爆弾を仕込んでやがったんだ」
「他にも巻き込まれた人がいる。だから俺達でこらしめる、これから死ぬより辛い罰が待っているんだ」
レオンは大人達の言葉に納得していなかった。
「爆弾ならずもの、ご主人を元に戻せ」
「……」
「治して」
レオンは犯人の処罰よりも、ティアが救われる事が重要だと考えていた。
勿論、お咎めなしとは思っていない。
狐人族の掟に当てはめるなら、逆さ吊りで巨大鳥の餌にする刑に該当する。
酒場に目を向けると、もう火は消え、煙が立ち込めるだけになっていた。陽は落ち、東の空には黒煙の隙間で星が輝き始めている。
店主の姿はなく、誰がティアに歌唱の代金を払うのかも分からない。
今夜の宿代は支払っているものの、ティアの治療費、明日からの旅費はどうなるのか。
「ひとまず怪我人は治療院に。ボウズ、君のご主人様も運ぶぞ、いいか」
「うん。でも、おかねない」
「そんなの後で考えろ。助けるのが先だ」
「分かった」
「レオン……心配、させて、ごめんね」
「ご主人、何もわるくないよ?」
ティアが担架に乗せられ、レオンは自分のボロボロの衣服にガッカリしつつも後を追おうとする。その時、背後で大きな声がした。
「おーい、他の奴も全員捕まえたぞ!」
「クッソ! 何で分かった!」
「な、何をするの! あたしは何も知らな……」
ジェイソンが指摘した通り、男が3人、女が1人。4人は道のど真ん中に転がった仲間を見て息を飲んだ。顔面は腫れて原形をとどめておらず、右腕があらぬ方向に曲がっているからだ。
「貴様ら、理由を聞こうか」
「ボウズ、ね、猫ちゃんをしっかり抱えておけ。ほらほら! 歌い手さんを早く運んでやれ!」
「猫やない、ジェイソン」
「じぇ、ジェイソンちゃんを腕に抱えて、ね?」
町の住人に取り囲まれ逃げ場はない。目の前に転がる実行犯を見る限り、抵抗すれば容赦は期待できない。もっとも、殴ったのはジェイソンの意思なのだが。
しらばっくれようとした女も黙り、沈黙が続く。そんな中、1人が口を開いた。
「取引をしよう。全て話すから俺を見逃せ」
「はあ?」
「取引不成立なら俺は死ぬまで話さない」
この期に及んでなお尊大な態度を取る男に対し、皆の怒りが一斉に向けられた。
「何人死んだと思ってんの! 何人怪我したと思ってんの!」
「私の旦那を返して!」
「返してだって? あはは! 別に奪っちゃいねえさ。焼け跡に転がってるだろ、勝手に連れ帰れったらいい」
「何だと? こいつ……」
男は余裕の笑みを浮かべ、皆の憎悪を更に引き出していく。その態度で自信を付けたのか、仲間もニヤニヤと笑いながら言葉を重ねる。
「俺達には強力な組織が付いてんだ。そんな俺達をどうしようって?」
「あたし達に手を出したらどうなるか、分かっているんでしょ?」
「つーかよ、もう手出してんじゃん。これ、お前ら全員焼かれちまうだろうな」
犯人の集団は背後の組織をチラつかせて町の者達を脅す。これまでも他の町や村で爆発が起きている事は知っているため、皆は報復を恐れて何も言う事が出来ない。
「慰謝料は幾ら包むんだ? ん?」
「そうねえ、その金額次第ではうちのボスに慈悲を申し出てあげてもいいわね。じゃあ……」
「やめ……気を、つけろ」
急に威勢が良くなった4人を、レオンにボコボコにされた男が止めた。
「……俺を、そこの、ガキが」
「獣人族?」
悪党の視線が一斉にレオンへと向けられる。その耳や尻尾を見て、4人は顔をしかめた。
「獣人族が相手となると面倒だな」
「ヒトデナシは俺達の決まりが通用しねえし」
「はぁ? あんたら怖気づいてんじゃないわよ! だいたい、コイツが酒場から奪ったはずの金は? どこにあんのよ! 手ぶらで帰ったらあたしらが何を言われるか」
「うるせえ! 獣人族を敵に回したら盗賊団1つなんてあっという間に消されるんだぞ!」
仲間割れを始める悪党達に、冷ややかな視線が注がれる。
焦げ臭さはまだ周囲に漂っており、焼け跡では逃げ遅れた者達が運び出されている。
泣き崩れる声、怒り狂う声、馬車がせわしなく重症者を運ぶ音、それらが周囲にあふれているはずなのに、この場だけが隔離されたように静まり返っていた。
「ぼうや!」
「君は大丈夫だったか!」
そんな中、一緒に酒場へ向かったゼデンとエシャが駆け寄ってきた。2人とも煤で汚れているものの、怪我はない。レオンの視線が2人へと向けられた事で、悪党共が安堵のため息を漏らす。
それは視線が反らされたからではない。
保護者が人族であり、獣人族ではないと判断したからだ。
現時点で、獣人族からの復讐は確定していないという事になる。
「おれ、ちょっと焼けた。ご主人が声けがした、足もやけとるし歩かれん。おれ怒っとる」
「歌い手さんは私達が付き添ってあげる。心配いらないわ、お宿に戻りましょう」
「あいつら、ならずものやけ、おれ許さん。あいつらがさかば屋さんに火つけたけん、許さん」
「こいつらが? なんてことを」
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