ご主人-04



「悪かった! 許してくれ!」


「ならずものは許さん! ご主人の仇! ギギルどげするとかちゃ!」


 女はレオンとジェイソンを止める事なく、男へ静かに問いかけた。


「あなた達は何を許して欲しくて、何を反省しているの。答えなさい」


「も、もう人買いは止める、悪いことはしない!」


「あなたの言う事を信じるための材料がない。あなたを信用できない理由は幾らでもあるけれど」


「これからは心を入れ替え……痛たたっ!」


「これまでの償いはどうするの? 子供達が体で稼いだ金を使ってブクブクと太ったあなたが、どんな償いをするのかが知りたいわ」


「……」


「顧客のリストはあるわね。全員に連絡を取って、子供達を買い戻して解放しなさい」


「そ、そんな」


 ジェイソン「達」に引っかかれ、人買い達の服はボロボロ、顔も腕も傷だらけだ。


 そんな人買い達の前に、なんの前触れもなく黒いローブの男が現れた。


「お姉さん。そのくらいにしてあげて下さい。後は僕が片付けましょう。小さき戦士、君ももう気は済んだだろう」


 黒いローブの男が低くとても優しい口調でレオンを止める。それと同時にジェイソンの攻撃も止まった。

 ジェイソンの数が減り始め、とうとう1匹に戻る。女はレオンを庇いつつ、男を見上げた。


「あなた、仲間?」


「うーん、同類と言えば同類かもしれないね。おいお前、さっきの要求を呑むか?」


「はっ、はい……」


 人買い達は恥ずかしそうに腰回りを隠しつつ頷く。3人はこの辺りで恐れられている悪党だったが、もはや見る影もない。黒いローブの男は女へと振り返った。


 レオンは警戒し、まだその様子を睨みつけている。


「おまえもしつけのわるいならずものか」


「違うよ、小さき戦士」


「えっと、しつけのいいならずものか」


「躾けの良いならず者? それはならず者なのかい? とりあえず俺はならず者じゃないから落ち着いてくれ。君も、そちらのお姉さんもどうかな。こいつらの発言、その場凌ぎの可能性もある。そう思わないかい」


「え? ああ、まあ……そうね」


「そもばしもにっち、何」


「その場しのぎ、でたらめって事さ。そこで、僕の出番」


 男はそう言った後、フードを取って素顔をあらわにした。


「あっ」


「おっ、おい、狐の、耳……」


 黒い肌に黒髪と狐耳、赤色の目。そこにいたのはレオンと同じ狐人族の若者だった。その端正な顔立ちで湛える笑みは、涼しさを通り越して寒気を感じる。


「狐人族はならずものおらん。なし、ならずものしよると」


「だからならず者じゃないってば。見届ける役目、僕に任せて貰えるかな。コイツらの金を全て吐き出させて、足りなけりゃ体でも臓器でも売らせて償わせるよ」


「わ、私はその、言うなれば突き飛ばされただけの一般人で」


 女は決める権限が自分にないのだと告げる。狐耳の男はレオンへと顔を向けた。


「小さき戦士。可哀想な子供達を、救いたいとは思わないかい? 酷い目に遭っている子を、助けるんだ」


「うん、いいよ」


「素直ないい子だ。決まりだね」


 そう言うと、狐耳の男はグッタリした3人に手錠をかけ、いとも簡単に3人を引きずり立たせた。1人はその腕を振り払おうとして駆け出したが、男は片手で背負い投げを喰らわせる。


 その怪力に怯えたのか、それともずたぼろな心身のせいか、他の2人は抵抗する素振りすらない。


「償わせるよ、必ずね。何、心配いらないさ。金持ちは日頃から良い物を食っているから、少々飢えたところで死にはしない」


 物騒な事を告げながら微笑む男の後ろに、大きな銀狐が3匹座っている。いつからいたのかと不思議に思う間もなく、男は3人を狐の背に乗せた。


「この子達に慰謝料が必要、そう思うね? そのボロボロの服のポケットにお金が入っているね?」


「は、はい……」


 人買いの1人が巾着を取り出し、狐人族の男がレオンに投げ渡した。これから人買い3人は自分達が連れ去った子の身に起きた出来事を、身をもって体験する事になる。

 その場の誰も口には出さなかったが、皆が理解していた。


「お姉さん」


「は、はい」


「その子を大切にしておくれ。僕達は大切だと認識した相手を決して裏切らない。お姉さんにとって、その子が何よりの力になるよ」


 狐耳の男はまた微笑み、狐達とずたぼろの男達を引き連れ去っていく。


「君はまだ本当の自分を知らないんだね。大切に育てられたようだ」


「ならずもの、おとなしいならずものにした! すごい」


「おとなしいならず者? おかしな表現をするね。まあ、従順になるよう躾けるよ」



 朝陽に跪き乞う声 弱くはないが 強く在りたい者

 身が意志に寄り添ううちに走れ 遠く 遠くへと


 誓いの果てを 壁の高さを 何処かへ線を引くのなら

 その解など訊ねない その地の君で推し量ろうぞ



 狐耳の男の凛とした声が奏でた詩が、商店通りに溶けていく。呆然と立ち尽くす者達は、その姿が消えてからようやく動く事を思い出した。


「ならずもの、売りとばすひと……」


「どうしたの?」


「すごい、なんかいっぱい言いよったけどよく分からんで、とりあえずうんっち言ってしまった」


「え?」


「でも、あいつらおとなしいならずものにして、連れてったのかっこいい! 力持ちやった、かっこいい!」


 レオンは同種族の男が堂々と振舞っていた姿に感動していた。この調子だと次はジェイソンが可愛い屋でも荷物持ち屋でもなく、ならずもの退治屋になりたいと言い出しかねない。


「ま、まあいいじゃない! 無事でよかったね、ね?」


「ならずものが無事やないで良かった」


「あ、う、うん。そうね。ハァ、でもちょっと……怖かった」


「おれもちょっと、怖かった。ちょっとだけね。ギギルの仇もとった」


 地面に落ちた干物は、ジェイソンがちゃっかり咥えている。レオンと女がホッとため息をつくと同時に、1人の老人が声を掛けて来た。


「あんたら、大丈夫かい」


「あ、え、ええ。すみません、騒ぎになっちゃって」


 助けてくれたわけではなくとも、女は老人を責める気にはならなかった。どれだけ心配でも、悪人を前に声を掛けるのは、勇気だけではどうしようもない。


「あいつらに抵抗した事もあるんだがね、見せしめに家に火を放たれた奴が何人もおる。儂も以前酷い目に遭ったもんだから、逆らえなかった」


「……あなたを責めるつもりはありません、私は」


 女が言葉を続けようとした時、ジェイソンが蹴られた方の足へとすり寄った。そのまま2匹、3匹と増えていき、蹴られた方の足をズボンの上から舐めはじめる。


「こりゃ、獣人族の使いか」


「そうみたいです、どうやら普通の猫ではなくて」


「獣人族は精霊を連れとると言うからの。だがこうして増えるものだとは知らなんだ」


「ジェイソンの名前、せえれーやなくてジェイソンばい?」


 レオンは精霊と言われても理解していない。精霊という呼び名は獣人族が付けたのではなく、人族がそう表現しているに過ぎないからだ。

 レオンにとってジェイソンはジェイソンであり、猫でも精霊でもない。


「ちょ、ちょっと」


「ジェイソンがね、痛いとこ見せてんっち言いよる」


「え?」


「ずぼん、えっと、こう……上にして、足見せちゃってん。舐めるけん」


 レオンはズボンの裾を捲り上げ、同じようにして足を見せろと告げた。困惑した女が言われた通りにすると、ジェイソンが蹴られた部分を舐め始める。


「ちょっ、ふふっ、ふっ、ちょっと!」


「じっとしとき、ジェイソンが舐められんけ」


「何を……」


 ジェイソンのザラザラの舌が女の足を舐めるたび「ゾリ、ゾリッ」と音が聞こえる。1分も続けていると、女はふと足の痛みが消えた事に気が付いた。


「あれ?」


「ジェイソンが、もう歩いていいっち」


 ジェイソンに舐められた部分の痛みが消えた。腫れも青あざもない。レオンは当然のような顔をしているが、その不思議な効果に女はひどく驚いた。

 その効果に驚きつつも老人に礼を言い、女はレオンを連れて歩き始める。


「うん。やっぱり、おれのご主人で合っとった、ジェイソンが認めた。おれのご主人でまちがいない」

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