研究者

 ハヤブサに変身できる人間に、興味を持たない人がどれほどいるだろうか。勿論、それがデマだと思ったのならば興味どころか嫌悪さえ覚えるが、鳥に変身できる人間ないし人間に変身できる鳥が目の前に現れたら、研究したくてたまらなくなるのは仕方のないことかもしれない。


 私のアパートへ多くの研究者が押し掛けた。眠っているはずの街で、眠らない人間が私の元へ押し寄せた。どうやってハヤブサになるのか。どうやって人間に戻るのか。その瞬間は。どうしてそうなったのか。

 むしろ私が聞きたい。どうしてハヤブサの正体が人間であることを見抜いたのか。どうやってハヤブサを追ってきたのか。どうやって私の元へやってきたのか。

「帰って下さい」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに、一日だけ。一日だけ、私の研究室に来ませんか」

「行きません」

 研究者たちは毎日の如く、私のアパートへ懲りることなくやってきた。迷惑、という言葉を知らないのだろうか。私は彼らから迷惑を被っているというのに、彼らはそのことに気づかず、何度も、何度も、私の部屋を訪ねる。

「嫌です、行きません、って何度も言ってますよね?」

「大丈夫ですよ、怖くありませんから」

「怖いとかそういう問題では――――」

 研究者たちに私の言葉が届くことはない。私は怒りが蓄積されるのを感じながら、彼らを見つめる。怒りに任せて暴言を吐いて、殴っても良いのではないかと囁く悪魔な自分と、大人として冷静に対処すべきと宥める善良な自分が私の中に住み着いている。

 ただ、限界はある。

「私は見世物になるつもりはない。研究なんて知るものか!」

 そう言って研究者を追い払った。だが、何度も何度もしつこく付きまとう。耳がついていないのだろうか。それとも、脳がないのだろうか。

 ハヤブサの時はハヤブサ、人間の時は人間。ただそれだけのこと。それ以上に何が知りたい?知ってどうしたい?私の気持ちを知りもしないで、どうして無遠慮に押し掛けることが出来ようか。

 人間なんて嫌いだ。

 あぁ、そうだ。いっそ死んでしまえば、一生ハヤブサでいられるだろうか。いや、ダメだ。そんな不確かなことに命をかけられるものか。残された選択肢は、一つしかない。


 ――――――だから私は逃げ出した。


 人間である苦痛から逃れたかった。自由が欲しくてたまらなかった。一瞬の幸福ではない、永遠の幸福を手にしたい、と願ってしまう。

 逃げて、飛び立って、私は長い長い旅に出た。

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