序章9 80億分の1

いまだ直立している黄金の柱。

どこまで伸びているのか見当がつかないが見ていて首が痛くなる。まさか成層圏まで伸びていたりしないだろうか。

最初見た時はその大きさと異様さに遠近感が狂わされたがだんだん慣れてきた。

光量も落とされ、見ていてさほど眩しくない。


黄金の柱と神の宣誓。そして天使による試練の説明。立て続けに超常的な現象が起こった。

現実を受け止めるまで時間がかかったが、ようやく頭が動き出してきた。

広間にいる多くの参加者が未だ茫然としているが、数人の参加者がreデバイスの画面をつけ条文を読みだしている。

それに倣うように他の参加者もreデバイスの操作を始めた。


「明音先輩。自分のことを天使に聞いてきたいんで、混まないうちに行ってきます」

「私も一緒に行くわ。あなたを保護してもらえるよう頼まないと」


明音先輩は条文を読みだしていたが、秋灯に付き添ってくれるらしい。

二人は周りの参加者の一団を抜け、黄金の柱に向かう。

柱の前で待機している天使は作り物のように美しいが表情がない。

声をかけるのに躊躇ったが、試練の参加者ではない秋灯の事情を聞けるのはこのタイミングしかない。


「すみません。試練の条文と関係ないんですけど、質問いいですか?」

「はい。この場において許されている範囲内でしたらお答えさせていただきます」


目を閉じたまま表情を変えず返答してくる。

金髪天使の無表情って迫力がある。


「一週間前に建物とか人の時間が止まったと思うんですけど、俺はなぜか時間が止まらなくて。試練のお告げを受けた記憶がないし、願いも特に思いつかないんで試練の参加者じゃないと思うんですけど、その場合どうなります?」

「時間の停止が実行されなかったのですか?」

「なんか動けました。変な砂嵐の音は聞こえたんですけど」


さっきまで微動だにしなかった天使の顔がゆがむ。

大きな目が急に開かれたので、内心びっくりした。


「神の威権に該当しない人間がいた?そのような事例は聞いたことがない。少々お待ちください。天使長に確認してきます」


最初意味深な言葉をつぶやいた後、天使は飛び去っていった。

どうやら天使長は先ほど説明をしていた黒髪の天使らしい。

背中の翼を羽ばたかせて飛んでいるが、どうやらあれは飾り物ではないみたいだ。


待つこと30分。


天使長も他の誰かに確認していたようで時間がかかった。

耳元に手を当て喋っている姿が見えたが、天使長の上の地位ならさっき宣誓した神様なのだろうか。


「お待たせ致しました。今確認が取れましたが、どうやらあなた様が言っていることは本当のようです。

こちらの不手際で時間凍結が実行されず大変申し訳ございませんでした」


天使長が深々と頭を下げてくる。辺りの参加者が何事かとざわざわしだした。

不用意に注目を集めたくないので、やめてもらいたい。


「顔をあげてください。こちらの試練の参加者だった白峯さんに助けていただいてなんとかなりましたので」


横にいる明音先輩を手で示すが、なぜか腕組みをして地面に仁王立ちしている。

話に入ってこないと思ったら、目の前の天使長に緊張していたみたいだ。


「ですが、一歩間違えれば生命が危ぶまれた事態です。今回の出来事を受けまして現界において、資格保持者以外の精査を今一度行わせていただきます。また、あなた様が保護を希望されるのであれば、神の名のもと隔離界にて他の人類と同様の保護をお約束させていただきます」


「保護される一択じゃないんですか?」


「保護も選択肢の一つです。ですが、あなた様は現時点において、時間停止を逃れ神の埒外を起こした人物です。

現時点の精査ではありますが、80億人の内一人だけとなっております。

偶然か必然か、もしくはどこかの神の悪戯か。いくつか要因は予想できますが、時間停止後他の参加者の助力はあったものの、自力で試練の宣誓にたどり着きました。

その時点で試練を受ける資格ありと判断させていただき、望むのであればこのまま試練に参加していただくことが可能です」


「そうですか、」


「本日0時までに、そちらのデバイスに試練参加の可否をお示しください」


デバイスに記載されていた条文は一通り目を通したが、試練に参加することはリスクが高い。

死ぬような危険は勿論あるだろうし、輪廻の巡りから外れるという不穏な一文もある。

輪廻という概念がいまいちわからないが、生まれ変わりとかが出来なくなるのだろうか。

今ならまだ、一週間前の日常に戻ることが出来る。


秋灯には世界を変えたいと思うほどの願いはない。

明音先輩のような世界をよくしたいなどという意志もないし、自分の手が届かない範囲のことは他人事としか思えない。

これまで生きてきて、自分のことだけで手一杯だった。


ただ、秋灯にも願いはあった。

世界を変えたい願いに比べれば、とても小さくて身勝手な願いだが。

秋灯にとっては、どうしようもないほど大切で強い願いが。


「・・・・」


黒髪の天使が再度上空に飛び去り、他の参加者の質疑で周りがうるさくなる。

明音先輩も聞きたかったことがあったのか、他の天使に質問をしに行った。

一人残された秋灯は、騒がしさから逃げるように広場から離れた。

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