【旧】今こそ、試練の刻《It's a Moment of Truth》

@itomano

序章 停止した世界と試練の宣誓

序章1 停止した世界

携帯のアラームが部屋に鳴り響く。

フローリングの上に敷かれた布団と小さな丸机だけ置かれた生活感の無い部屋。

暗い室内にカーテンの隙間から日光が入ってくる。


少年が寝たまま腕を伸ばし携帯を掴む。

アラームを止めた後、そのまま寝ようとするがのっそり起き上がった。


寝起きの気だるさを全身で感じつつ、洗面所へ向かう。

蛇口をひねり顔に水をかけるが、まだ残暑が厳しいのか水道の水は生ぬるかった。


意識がまだはっきりしないまま、つものように身支度を整えていく。

今日からちょうど衣替えの期間に入る。昨日用意していた厚手のブレザーを羽織るが暑かったので、カバンにしまった。

外側に大きく跳ねていた髪の毛をかろうじて直して玄関の扉を開ける。

室内のむわっとした空気より外の方がいくらか涼しかった。


ーー静かだ。


普段は近くの踏切の音や通学路を歩く子供の声などもう少しうるさかったはず。

隣の家の室外機の音や車のエンジン音も聞こえてこない。


違和感を覚えつつ、いつものように自転車に乗る。

通学途中、大きな道路を何本か渡ったが道路には車が一台も走っていなかった。

高校まで自転車で10分程度で到着する。

いつもと同じように正門から高校へ入るが、少年と同じような学生を一人も見かけない。


回りの異様な状況に不安を感じるが、同時に耳に砂嵐のような雑音が入ってくる。

見かけなくなって久しいブラウン管のテレビでこんな音を聞いたことがある。

耳鳴りとも違うひどいノイズ音。黒板を爪でひっかく音に次いで嫌いな音だった。

自転車を止めて校舎に向かうが、砂嵐の音がさらに大きくなってくる。


ーー誰もいない。


自分の教室へ入るがクラスメイトは誰も登校していなかった。

校門から駐輪場、下駄箱、教室、これまで生徒や教師を誰一人として見かけていない。

何か異常な現象に巻き込まれてそうだが、耳元の砂嵐が頭に響いてきて考えがまとまらない。


ノイズ音に耐えきれず少年は自分の席に倒れ込む。

ザァザァと鳴る音は鼓膜から頭の中に直接響いてくる。

おでこを机につけて両手で耳を思い切りふさぐが、だんだんと意識がおぼろげになってきた。


ーーあぁ、これはダメだ。


身体全体がノイズ音に晒され、目の焦点が合わない。

身体から意識が解けていくような、そんな感覚だった。


意識が途切れ、少年の腕が机の上に投げ出される。

半開きの目の少年の口元は少しだけ笑っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「んぁーーあぁよく寝た」

教室の奥で机に突っ伏していた秋灯が上半身を起こす。

さっきまでの耐え難いほど大きかったノイズ音は聞こえなくなっていた。


ただ、やけに静かで物音が一切しない。


朝と同じく周りには人が見当たらない。クラスメイトは一人も登校しておらず、教師も見かけない。

手元の時計で時間を確認したら、すでに11時を回っていた。

登校してから二時間強寝ていたらしい。


「痛って!」


立ちあがろうとしたが、膝を机の裏側に強打した。

椅子と机が金具で固定されてるのかと思うほど、微動だにしない。


「何これ・・・どうなってんの?」


机を傾けようとして,,動かない。

椅子を引こうとして,,動かない。

机の横に引っ掛けていた鞄,,これも動かない。


誰かの悪戯かと一瞬思ったけど、周りの状況も込みで異常な事態だと考える。

秋灯は机と椅子の間から這い出て立ち上がる。身につけていた衣服と上履き、腕時計は動くようだった。


「ルクセンブルク!!!!」


あんまり静かなので、思いついた単語を全力で叫んでみた。

「ルクセンブルク」が校舎の奥の方で反響していく。なんか恥ずかしい。


この学校は駅前に隣接しているため周りには大きめのスーパーやら飲食チェーン店など多く並んでいる。

学校の中にいても近くを通る車のエンジン音や踏切の音。人のわちゃわちゃした喧騒が聞こえてきて、叫び声が響くことはまず無い。

ただ、秋灯の声は教室から廊下を抜けてだいぶ遠くの方まで反響していった。もしかしたら校舎の中だけじゃなく周辺の地域にも人がいないのかもしれない。


今の音を聞きつけて誰か来てほしいと思ったけど、奇声を上げてしまったので誰も来ないでほしい。

もう少し場に沿うような言葉にすればよかった。

不可思議な現象に巻きこまれているため、テンションが上がっているのかもしれない。


とりあえず、当面は人を見つけること、それと食事について。

秋灯の鞄の中には今日の昼食が入っていたが、鞄のファスナーは開かなかった。

ナイロン素材なので柔らかいはずの鞄は異常なほど固くなっている。


周りの机、ロッカーも確認したがどれも固定されたように動かない。

今ある手持ちは、ポケットに入れていたスマホと財布のみ。

これでは流石に不安になってくる。


秋灯は教室を出ようと扉に近づくが、扉が中途半端な位置で開いている。

人一人分横向きであればぎりぎり出られるくらいの幅。

教卓側の扉は完全に閉まっている。窓も同じ。


「これはまずいかな」


秋灯の背中から嫌な汗が滲み出る。


「・・行けるか?」


恐る恐る扉の隙間に入る。身体を横向きで入れるが頭部がつっかえる。


「痛い痛い痛い痛い」


誰もいない教室で悲しい叫びをあげる。

ダメだこれ全然入らない。


「斜めならなんとか・・・痛い、ほんとに痛い」


頭だ。頭がでかい。俺の頭はこんなに大きかったのか。


首から下は細身ということもあって押し込めばぎりぎり通過できる。

ただ頭は硬いため扉と壁に挟まれ,どうしてもつっかえてしまう。


「服を間に噛ませれば・・・」


着ていたTシャツを脱いで頭にかぶる。

挟まる場所は側頭部だから,服の生地がこめかみにくるようずらす。

秋灯が扉の前でもそもそと格闘してだいたい10分後。


「うーーーーーーーーーん。・・・・・なんてこった」


扉に挟まった。


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