第5話 想定外


「ねぇ、ルカ?」

「はい」


 その日の夜。寝る準備をしているルカに声をかけた。


「私って……ひょっとして歓迎されているのかしら?」


 朝食の後は家の案内をシュヴァイツ様に直々にされ、昼食は中庭でゆっくりと散策……。


 そして午後は結婚式の打ち合わせをしてその後は「自由に使っていいから!」と膨大な植物に関する資料のある書斎や研究室を案内してもらった。


 学生時代にちょっと研究をかじっていたから分かるけど、普通であれば、論文などを発表する前にこんなに自分の研究について教える事も教えられる事もなかった。


 そして極めつけは昼食が終わって寝てしまったシュヴァイツ様を見ながら言った執事の言葉だ。


「本当に……あなた様に嫁いでいただき、我々一同とても感謝しております」


 私は「感謝だなんてそんな……」と答えたのだけど、執事のミハエルさんはそれに対して首を左右に振った。


「いいえ。私は幼い頃から坊ちゃんを見てきましたが、ここまで話の合う方は初めてです」


 そう言ってシュヴァイツ様を見る目は保護者そのものだった。


「私は元々平民でしたが、坊ちゃんが貴族の位をいただく際、どうしても私に執事になって欲しいとおっしゃいまして、今に至っております」


 でも、私を見ながらニッコリと上品に笑うその姿に平民だった頃の面影はない。正直、その言葉すら本当かどうか疑わしいほどだ。


「坊ちゃんは大変慈悲深い方ですが、なかなか友人が出来ず、そもそも坊ちゃんの研究などで話の合う方がおりませんでした。ですが、今日の坊ちゃんはとても楽しそうで……」


 ミハエルさんは「それがとても嬉しいのです」と答える。


「……」


 確かに、シュヴァイツ様の研究と私がしていた研究は大きく区分すると似ている。


 ただ、それはかなり大きく分けた場合で、細かく分けると全然違う。いや、下手をすると……くらい違う。


 でも、エリオットとはあんなに楽しく話を……ううん。そもそも会話自体した記憶がほとんどない。


 それと比べると全然仲良く出来ているとは思うけど……。


「はい。歓迎されていると思います。それに何よりお嬢様が楽しそうではありませんでしたか」

「それはそうだけど……」


 それは否定しない。ただ……この状況に私が慣れていないだけ。


 何せエリオットと婚約をしていた時はエリオットの家の使用人と会話をするどころか笑顔を向けられる事すらなかった。


 そんな表情や態度をされると……決してこちらが悪くてもあまり良い気はしない。そんな状況があったからこそ、今のこの状況がかなりこそばゆくとも感じる。


「……お嬢様」

「ん?」


「私は……ここに来られて良かったと思っております。お嬢様は家にいる時もどこにいる時も常に周りに気を配っていました。それは使用人である私たちもよく知っております。ただ……」

「――分かっているわ。お父様ね」


 さすがに雇い主の言う事に反発する事は出来なかったのだろう。でも、それでもお父様の目を盗んで出来る限り私のそばにいてくれていたのを知っている。


「……」


 ただ、こうしてルカから実際にそう言ってもらうと、やはり実感する。


 でも、それはそういった経験のない私にとってなかなかにくすぐったいモノであり、それでいて「どうすればいいんだろう?」という気持ちだ。


「好きに過ごされれば良いと旦那様もおっしゃっていたではないですか」

「そ、それはそうだけど……」


 普通であれば夫婦は同じ寝室……と思っていたのだけど、シュヴァイツにとって「それは結婚式が終わってから」なのだそう。


 きっと彼にとっても「結婚式」というのはそれだけ大事な『儀式』という事なのだろう。


「……」


 今までと比べると「かなり大事にされている」だからこそ……。


「どうしよう……」


 そんなライオネルに私は何を返せるだろうか……そんな不安がポロッとこぼれ、きれいな星と共に流れ落ちて消えた――。

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