ただ点数が高いだけじゃだめだ。時代は『早さ』だ

「やったぜ! ようやくTOEICで900点を取ったぞ!! 苦節10年、払った試験料はいざ知らず……毎月毎月受験してなんとか900点台に届いた! これでやっと英語自慢ができる! 各界隈にマウントがとれる! よし、そうときたら早速SNSで語学アカウント(笑)に突撃してマウント取ってボコボコにしてやろう! お、こんなところに可愛い女の子のアカウント発見! 早速DMをと……」


『こんばんは。可愛いお姉さんが英語を勉強していると聞いて飛び込んで参りました。俺、先月のTOEICで900点取ったんですよ。よかったら仲良くなりませんか?』


『こんばんは、えっ、すごいですね! 私大学生で、これでも毎日英語を勉強しているんですけど800点までしかいけなくて。素敵な方でうっとりしちゃいます。あの、お差し支えなければ一緒にお茶しませんか?』


「うぉお! すげえ、TOEICで高得点取ったばっかりに女の子からお茶誘われたぞ! なんという力だTOEIC!! えっと、『もちろん、行きましょう! 一緒にシャードイング楽しみですね!』と、これで送信だ」


『はい。あの、ところでお兄さんは何ヶ月勉強して900点に届いたんですか?』


『10年勉強しました!』


『えっ…… ちょっとそれってシャバくないですか? ドン引きです』


「あれ、女の子が引いているぞ、なんでだ?? 何が悪かったんだ? 10年間コツコツと勉強したんだぞ。ここはステキポイントだろうが! えっと、『なんでですか? 900点台ですよ! シャバくないですよ!』」


『そんな時代は終わりましたよ。ただ点数が高いだけの人なんて興味ありません。今はいかに早くTOEICの点数を伸ばせるかが大事なんです。10年もかかって900点とか論外です。私は3ヶ月勉強して800点に到達しましたよ。そんなカメみたいな男とは付き合えないですね。もう話しかけてこないでください、さようなら』



 ──なんて世の中が、すぐそこまで来ているのがTOEIC界隈だ。


 TOEIC界隈における点数というものは、一般人の認識とは少し異なるということを今回は話していきたい。

 

 TOEICは990点満点のテストで、いかに高い点数を取るかで評価が決まってくる。高い点数の人は凄いし、低い点数の人は人権が認められない。残酷な話であるが、そういうテストなのでそんな評価が下されている点に関しては『まぁ、そうだろう』という感じだ。癪だけど。


 企業も、学校も、高い点数のTOEIC結果を持ち込めばどこだって温かく迎え入れてくれる。パーティまで用意してくれるだろう。

 なので、どんなに時間がかかったって何回も受験して一番いい点数が出さえすれば、君はもれなく人権が与えられるのだ。


 しかしながら、TOEIC『界隈』となるとこの点において全く話が異なってくる。


『いかに早く、ある点数を取ることができるか』『いかに勉強時間を短くして点数を伸ばせるか』


 これらが彼らの評価基準なのだ。

 短時間で高得点を叩き出す……これこそが、TOEIC界隈における『偉さ』の基準であり、10年もかけて900点を取ったなんて言ったら、恐らく鼻で笑われるだろう。


 皆もきっと、どこかで見たことがあるだろう。見たことがなければ、今すぐにでもホームページや動画サイトで『TOEIC』と検索してみるといい。こんな言葉がすぐに出てくるはずだ。


『4ヶ月で300点アップしました!』『3ヶ月で800点に到達!』


 そう、君も気づいただろう。TOEICを語るのに必要なのは、ただ単に点数だけではないということを。『何ヶ月』といった時間も必要であるということを。


 動画サイトを探せば腐るほど出てくる『私はこの勉強法で3ヶ月間で300点アップしました!』的なサムネ、タイトル……


 まるで世界中が『いかに短期間に点数を伸ばせるといった競技』をしているようである。点数の高さなんて二の次、時代はスピードなんだと言わんばかりの謳い文句の多さに、のんびり思考の私は常々うんざりしている。なぜみんなしてそこまで生き急いでいるのかと……


 とはいっても、これにはしっかりとした理由があるため分からないでもない。

 TOEIC受験生は基本的に社会人だ。もちろん学生もいるのだけど、受験する社会人の多くは、仕事の合間に勉強しているため時間が無い。とても忙しいので、長いことTOEICになんか付き合ってられない人が多数だ。


 加えて、自分の勤める会社から『早く高得点の結果を持って来い』と詰められている(会社によっては一定以上のTOEIC点数を取ることが出世要件になっているらしい)こともあり、大急ぎで結果を残そうと必死になっている。そうなると自然と結果に結びつく速さまで求められるようになり、結果として『短期間で点数を伸ばす』という、スポーツじみたことが流行ってしまうのだ。


 これに足元を見た英語ビジネスが、このようなことをさらに加速させ、マイペースに受験している人を焦らせてくる。そうなると、私みたいな無知な輩まで英語ビジネスにのまれてしまい、高価な教材を買ってしまうような被害が後をたたないのだ。なんという卑劣な策。しかも挙げ句の果てに思うように点が取れなかったら『君の実力不足』とか『勉強不足』とか言って責任を免れようとするのだ。こんな邪智暴虐な思想を持つ人間が蔓延っているのは全くもって許せないことだ。TOEIC界の恥晒……おっと、ヒートが上がってしまいました。みっともないところを見せてしまいすみません。


 しかしながら、TOEICにおいて早さというものは本当に需要が高く、英語ビジネスの上手い出汁にされるはTOEIC系動画配信者の配信収益にされるは、ブログのアフィ稼ぎにされるはで、散々である。ここまでくると『他にいうことはないのか!』というくらい『何ヶ月で何点あがりました!』的なフレーズが飛び交っており、私みたいな英語ビギナーが飛びつくさまを待ち伏せしているのが伺える。そんな私も『闇』を感じているとはいえ、これに飛びついてしまうため、上手いビジネス戦略であると認めざるを得ないのが現状だ。悲しいことに……


 もちろん短期間で結果を残すことは、プロ選手っぽくてかっこいいのが確かであるが、私みたいにゆっくりと勉強していくスタイルには全く合わないし、需要が少ないのか『10年かけて900点取ってみよう』的な動画も出てこない。非常に息苦しい世界になってしまった。


 そしていつの間にかTOEICの点数というものは、別の意味合いを持つようになってきてしまったように感じる。高さだけでなく、早さまで求められるものであると。


『4ヶ月で300点アップ』……素晴らしいことには変わりはないが、この文句が流行りすぎて競技みたいなことになっている。

 そのうち『1ヶ月で900点アップ』なんて鬼才が現れるのも時間の問題だ。そうなると、他の謳い文句の価値が暴落し、新たなTOEICの点数価値が生み出されてしまうそうだ。


 どうだろう……『いかにお金をかけずに、高得点を叩き出す』とか、そんな新たな競技が流行りそうだ。

 

 もしこれから、『TOEICタイムトライアル』に挑む方がいたら、ぜひ頑張って欲しい。他者をギャフンと言わせる新記録を叩き出して新時代を切り開け!



 ──────



 Q1:本文よりTOEICにおいて単に高得点を出すことはどのようなことが示されているか?


 A:女子大生からモテモテになる


 B:アフィリエイトで稼げるようになる


 C:場所によっては歓迎会を催してくれる


 D:語学アカウントを作成できる



 Q2:本文において、どうして世の中はTOEICの点数を早く高得点にすることを求められているのか?


 A:取らないと上司から怒られるから


 B:大学の単位認定で必要だから


 C:英語ビギナーから嫌われるから


 D:そういう競技が流行っているから



 Q3:本文における筆者について、正しく述べたものを選択してください。


 A:社会人として働いている


 B:あるビジネスのターゲット層となっている


 C:新たな時代を切り開こうとしている


 D:動画配信者である


 Q1の解説:Cが正解。本文より『企業も、学校も、高い点数のTOEIC結果を持ち込めばどこだって温かく迎え入れてくれる。パーティまで用意してくれるだろう』と述べられており、これを言い換えたCが正解。Aの選択肢について、そんなわけがない。


 Q2の解説:Aが正解。本文より『加えて、自分の勤める会社から『早く高得点の結果を持って来い』と詰められていることもあり』と述べられておりこれを言い換えたAが正解。Bの選択肢について、確かにそのような大学もあるようだが、本文では言及されていない。


 Q3の解説:Bが正解。本文通して、筆者は英語ビジネスのターゲットとされているのが示唆されている。Cにおいては、最後にそのようなことを待ち望んでいるだけであり、自分の手で切り開こうとはしていないので不正解。Aについては言及されていない。

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TOEICとその界隈に潜む何かを見た 〜光と闇と英語ビジネスに飲まれてしまった一人の男の体験記録〜 一木 川臣 @hitotuski

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