ゼロ円グルメ

あべせい

ゼロ円グルメ


 

 商店街を4人の男女が歩いている。

 1人は、昔はウレた時期もあったが、いまはパッとしない中年タレントの小士朗(こしろう)。あとの3人はテレビ局の下請け制作会社のスタッフで、20代の女性カメラマン・星真世(ほしまよ)、音声収録担当の30代男性・川場、あと1人は、照明を兼ねた中年の男性ディレクター、ガンさんこと岩代幾次(いわしろいくじ)。いま流行の食べ歩きロケだが、低予算のため、スタッフは最少人数だ。

「ガンさん。ホントに、気になった店に飛び込んでいいの? 打ち合わせでは、そう聞いたけど……」

 タレントの小士朗が、ディレクターの岩代に問い掛けている。

「時間がなくて、仕込みは一切なし。小士朗の嗅覚と眼力に頼るつもりだ。ただし、打ち合わせでも言ったが……」

「わかっています。今回のロケのテーマは。おれ、この街でロケと聞いたときから、1度寄ってみたい店があってね……どこだっけ、そォ、この辺り……」

 小士朗、五街道の1つの旧道に沿って軒を並べる古い店の看板を順に見ていく。そして、1軒の店を指差す。

「ガンさん、ここ、ここだよ。伝統和菓子の……」

 岩代、それを遮るように、

「真世、こっち、こっち」

 岩代、小士朗を置き去りにして、カメラマンに指示して、3軒向こうの焼肉店に行く。

 小士朗、仕方なさそうについていく。

 岩代、焼肉店の前に立ち、

「まず、この店からやってみる。小士朗は、後回しでいいな」

「ええ、まァ……」

「ここは、おれが去年、義理を欠いた店で、今回は外すわけにはいかないンだ」

 と言って、カメラマンの後ろに回る。

 小士朗、ちょっと不安になる。

「義理を欠いた、ってですか。今回、これで義理が果たせるンですか……」

 と言いながら、焼肉店のドアを開ける。

 その途端、中から、どなり声が。

「開店はまだ、だ!」

 小士朗、つい、

「すいません」

 と言って帰ろうとするが、後ろにいる岩代と目が合い、岩代が「イケ、イケ」と目で指示している。で、再び踝を返し、声がした方に進む。

「ごめんくださァーい。ご主人、おられますか」

 レジを通り過ぎ、テーブル席の間の通路を進み、厨房らしきカウンターの前で止まり、小さな声で、

「どなたか、おいでになりませんか?」

 いきなり、暗い厨房から何かが飛んできて、小士朗の額にピタリッと張りついた。

「ヒェッ!」

 小士朗、命中した額に手を触れ、それを剥がしてみると、スライスされたマッシュルームの一片だ。

「だれダ。おれさまの大事な昼寝の時間を邪魔するやつは!」

 岩代らスタッフは、こそこそと後ずさりして、逃げていく。

 スキンヘッドの大男が、厨房の中からヌーッと現れた。店主だ。

 小士朗は慌てて、ペコリと頭を下げ、

「すいません。ちょっと、グルメのロケでうかがった者です」

「ぐるめのろけ?」

「はい、グルメのロケ……」

 店主、ニヤついて、

「いきなり、なんだ。おれが新婚だからって、ノロケ話を聞かせろ、ってかッ」

 機嫌よく、笑う。

 無気味だ。岩代ら、いつの間にか、こっそり小士朗を後方から見守っている。

「のろけ!? グルメのろけ……」

 小士朗、店主の勘違いにようやく気がつくが、雰囲気がよくなったので、

「ご結婚はいつですか?」

「先々月だ。いきなりやって来て、新妻の顔が見たいっていっても、そうはいかん」

「いえ、たいへんな美人だという噂をお聞きしまして、テレビで紹介できないか、と……」

 おそるおそる反応を見た。

「テレビ、だ!? おれの美人の恋女房をテレビカメラで撮るって、か!」

「いけませんか?」

 店主、ハッとして思い出す。

「そうだ。テレビといやァ、ガンの野郎! さくらテレビのガンはいるか!」

 小士朗、振り返る。

 ついてきているはずの岩代らがいない。

「もうすぐ、来ますが……」

 店主、表情を和らげ、

「しかし、あのガンの野郎のおかげで、アイちゃんと出会えたのだから、許してやるか」

「そうですか。それはよかった。それで、ですね……」

 と、後ろから、

「ご無沙汰していまーすッ! 矢来さん」

 岩代、真世と川場を引き連れ、店主の前に現れる。

 店主の矢来、岩代を見て、

「ガン! おまえ、よく来られたな。さんざんタダめし食って、タダ酒飲んで、2時間以上もカメラを回して、それで放送しなかったンだからな。おまえを詐欺罪で告訴してやってもいいンだ」

 岩代、ヘラヘラと笑って、

「ですから、きょうはそのお詫びも兼ねて、やってきたンじゃ、ないですか。アイちゃん、お元気ですか」

「なにッ? アイちゃん、だ! この野郎、聞いていやがったな」

 矢来、女房のことを考えると、頬がゆるむのだ。

「社長の恋女房ですよ。一回り以上、年下なンでしょう?」

「ゲェ、おまえ、なんで知っている?」

「知っていますよ。ご結婚は2ヵ月前の日曜日。あんなきれいな花嫁を見たのは、初めてだって、この町を別のネタで取材した同僚が言ってました」

「あの式場は歴史的にも有名な神社だ。そういえば、神社にロケに来ていたのが、いたっけ……そうか、そんなにきれいな花嫁だったか。ヨシ、取材させてやる」

 岩代、小士朗に告げる。

「ここから、カメラを回すから、やれ。真世、しっかり頼む」

 小士朗、満を持して、矢来に向かう。

「で、ですね。社長!」

「なんだ。うまい焼肉、食べたいか」

「ハイ!」

「しかし、高いぞ、うちの焼肉は、うまいから、高い。当然の話だがな」

「そ、そうですが……」

 やりにくい。小士朗、グッと気合いを入れ直す。

「社長! 今回の企画は、ゼロ円グルメです。ゼロ円で、どれだけうまいグルメにありつけるか。グルメレポーターどうしで、競争するンです」

 矢来の顔がみるみる変わる。小士朗の後ろでライトを構えている岩代を睨みつけた。

「やい、ガン! てめえ、まだ懲りずに、そんな詐欺ロケをやろうというのか!」

 岩代、進み出て、

「社長、詐欺なんていわないでください。これは、いま流行りの企画なンです。庶民は不景気で、なかなか美食にありつけない。そこで、なんとか工夫して、出費を減らして、豪華な……」

「おまえ、アホか。この世にタダのものって、どこにある。あるなら、ここにもってきて、見せてみろ。タダ、タダと言って煽っているのは、儲けるために、タダに見せかけているだけだ」

 小士朗、割って入る。

「でも、山に行って山菜とったり、キノコを採ったり、海で貝を拾ったり、できるじゃないですか」

「自分でとりにいっても、交通費、食費がかかるだろッ。まして、他人さまがそれをしたら、人件費として、価格に反映されるンだ」

「それはそうですが……」

 岩代、小士朗の肩を叩き、

「小士朗、ダメだ。ほかを当たろう。この店は高級すぎる。ゼロ円グルメとしては、敷居が高すぎる」

 小士朗も合点して、

「そうですね」

 矢来、岩代を睨み据え、

「帰るか。帰るなら、去年のタダめし、タダ酒の分、いま請求書を出してやるから、きっちり払ってから帰れ!」

「エッ!?」

 岩代、小士朗、わけがわからない。

「鈍い男だ。条件次第でゼロ円グルメにしてやってもいいと言っているンだ」

 そこへいきなり若い女性の声が。

「ただ、いまッ」

 矢来、急にそれまで見た事もないような笑顔と、信じられないようなかわいい声で、

「アイちゃん、お帰りィ!」

 岩代たち、呆然と見ている。

「スーパーで、いやらしいことをされなかったか。あそこの社長、とんでもない女タラシだから。これからはおれがついて行くからな」

 女房の愛、岩代たちの脇を通り、矢来のそばに来て、

「あなた、平気よ。あんな、ハゲミミズ」

「ハゲミミズって!?」

 小士朗、興味を示す。

 愛、小士朗たちを振り向いて、

「ハゲてて、ミミズのように細くて気持ち悪いからでしょ。あなた、なに、この薄汚い人たち……」

「取材したい、って来ているンだ」

「あっそ。いい加減なテレビ屋か」

 岩代、愛に向かって、

「奥さまですね。いま社長から、いろいろお話をうかがいました。ぜひ、奥さまがホールでお仕事なさっているようすをカメラに収めさせてください!」

「あら、わたしを撮るの? あなた、いいの?」

 満更でもなさそうだ。

 矢来、レジから紙とボールペンを引き寄せ、

「ガン、それじゃ、ロケ取材の条件を決めるか」

 岩代、元気がなくなる。

 10数分後。

「エーッ! 社長、こんなこと、とても……」

 岩代、矢来とテーブル席で向き合っている。

 小士朗は、隣のテーブルで、愛とおしゃべりに夢中だ。

「おまえ、前回のことを忘れたというつもりか」

「しかし、この番組は深夜の30分番組です。そこに、こちらの焼肉店を25分も流して、しかも、こんなネタで。とても、もたないですよ」

「だったら、時間を半分にして、2週に分けてもいい。それ以上は譲れン」

「それは無理だ、ムチャだ。ムチャクチャだ」

「なにがムチャクチャだ。去年、しめて13万円分をタダ食いして帰った男の言うことか」

「あれ、13万円もしたンですか」

「ばか野郎! 4人でA5ランクのブランド和牛ばかり食いやがって。13万だって、大幅に割り引いた価格だ。正規の値段で請求書を作り直そうか」

「いいえ、けっこうです。しかし、ゼロ円グルメはこの店だけということはできないですよ。私がよくても、局のプロデューサーが承知しない」

「だったら、さっさと13万払って、帰れ! おれだって、てめえのような悪徳ディレクターとつきあっている暇なンか、これっぽっちもないンだ」

 と、隣のテーブルから愛が、

「あなた、この人たち、わたしを撮ってくれないの?」

 岩代、イロっぽい愛に見つめられ、

「撮ります、撮ります、が……」

「この野郎、放送しない可能性があるから、違約したときは、警察に告訴するって念書を書かせているところだ。そうでもしないと、この野郎は、約束を守らない」

「そうなの。ガンちゃん」

 愛、立ちあがって岩代の隣に坐り、テーブルの陰で岩代の太股に豊かな尻をグイと押しつける。

「ィチュッ!」

 岩代、思わず発した声に、矢来、

「なんだ、ネズミが車に轢かれたような声を出しやがって!」

「わかりました。わたし、プロデューサーを説得します。死に物狂いで、やります。念書は書きます

 岩代はそう言い、悲壮な決意で、ボールペンを握った。


 笹竹が生い茂る山はだを進む岩代たち。小士朗は浮かない顔だ。

「ガンさん、ゼロ円グルメですよね、こんどの番組の企画」

「そうだ」

「こんな山の中に、ゼロ円グルメってあるンですか」

「おまえも言っていただろう。これが究極のゼロ円グルメだ」

「って?」

「猟師だ。山で獣を獲って、さばいて食べる。これ以上のゼロ円グルメはあるか」

「猟師なら、そうでしょうが、肝心の猟師はどこにいるンですか」

「もうすぐ、わかる」

 そのとき、「ズドーン!」と銃声が響き渡る。思わず、伏せる小士朗と岩代。

 小士朗、恐る恐る顔をあげて、辺りを見渡す。

「なんですか。いまのは」

 岩代、怖そうに辺りをうかがいながら、

「き、決まっているだろう。猟銃だ。猟銃なんだが、猟師の姿が……」

 岩代も次第に不安がこみあげてきて、つぶやく。

「おれは13万円の恨みで撃ち殺されるのか……」

「ガンさん、いま何か言いましたか」

「いや……」

 そこへ、ヌッと2人のハンターが現れる。

「惜しかった。どこかに当たったはずなンだが……」

 小士朗、ハンターを見て、

「矢来さんに……エッ、奥さん、愛さんですか」

 岩代たちの背後で、矢来と妻の愛が、散弾銃を手に、山を見ている。

 小士朗、岩代に問い掛ける。

「これって、取材条件の1つですか」

 岩代、頷き、

「さっき、店の中で決めたンだ。店内の取材はやめる。しかし、前回の借りがあるから、その代わりに、究極のゼロ円グルメとして取り上げるンだ」

 矢来、後ろから、小士朗を説得するように、

「いま、店ではジビエが人気なンだ。地元の獣肉が食べたいというお客が多くて、ウチでも週末の2日だけ、ジビエを出すようにしたが、その仕込みがひと苦労なンだ」

「猟銃の所持許可と狩猟免許はお持ちですか」

 と、小士朗。

「おれは最近、もらったが、女房は7年のキャリアがある」

「その若さで」

 小士朗、サマになっている愛のハンタースタイルに見惚れる。

「おいガン。きさまらは何もすることがないだろうから、イノシシをそっちから追ってくれ。そうしたら、おれと愛で、草むらから出てきたそいつを仕留める」

「いいですよ」

 岩代、軽く受ける。

 小士朗、不安から小声で、

「ガンさん、そんなことをして、おれたちに間違って銃弾が飛んでくることはないンですか」

 岩代、並んで進みながら小士朗にささやく。

「いいか、小士朗。おれはさっき、あの亭主がトイレに行ったすきに、店の隅で、あの若い奥さんにささやかれたンだ。狩りには誤射がつきもの。間違って当たっても、殺人にはならない。悪くても猟銃の所持許可をとりあげられるくらい、だって」

 小士朗、びっくりして、岩代を見る。

「どういうことですか」

「そういうことだ。愛ちゃんは、結婚して間違いに気がついたそうだ。あの亭主は、金は持っているが、金遣いに細かい。自由に使わせてくれないって。その代わり、2人とも保険にはしっかり入っている……」

「イーッ」

 小士朗、後ろのほうでこちらを見ている矢来夫婦を振り返る。

「あとは想像しろ」

「じゃ、どうして、おれたちはここにいないといけないンですか。焼肉屋の亭主と奥さんで勝手にやればいいじゃないですか」

「おまえには想像力というものがないのか」

「エッ」

「おれとおまえは、目撃証人だ」

「カメラマンと音声を帰したのは?」

「証人は2人いれば十分だからだ。それ以上いると、秘密が洩れやすい」

「しかし、撮影は?」

 岩代、手に持っているカメラを示し、

「おれが、こうしてハンディのデジタルカメラを持っているだろう。これで、撮っておけばどうにでもなる」

「証拠映像としても使えるということですか」

「わかってきたじゃないか」

「ということは、13万円はチャラにできると……」

「そう……」

 と言いかけた、そのとき、銃声が轟いた。

 同時に、悲鳴があがる。

「あなたーッ、どうしたの。大丈夫!」

「仕留めたゾ。さっきの手負いだ。愛、こんどはおまえの番だ」

 矢来、愛が横2連式の散弾銃に散弾を装填するようすを見つめる。

「おい、その散弾、色が違わないか」

「これ? これは特別なの。威力が増すように、ふつうより大粒の散弾を詰め直したのよ。大物用ね」

 一方、小士朗、

「ガンさん、もし焼肉屋の亭主が亡くなったら、あの奥さん、どうするつもりですか。一人であの店を切り盛りするつもりですかね」

「おまえ、バカか。決まっているだろうが。どこかの珍奇なテレビ局の下請け会社でこきつかわれている、優秀なディレクターが亭主の後釜に納まる、ってことだ」

 小士朗、信じられないという顔で、

「ウソでしょう」

 そのとき、再び銃声がする。

 同時に、中年男の断末魔の叫びが、長く尾を引いていく。

「アーッー、アッーー!」

「ガンさん!」

「ガンちゃん、ごめんね。誤射しちゃった」

                 (了)

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ゼロ円グルメ あべせい @abesei

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