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 気づけば、僕は死体の山の上に転がっていた。この場所に来るまでの記憶が一切ない。辺りを見渡してみても、特に僕の記憶を刺激するような何かを見つけることはできなかった。どこか居心地が悪かったので、死体の山から這い出て、何かが思い出せないかと心の赴くままに歩いてみることにした。


 暫く歩くと、家が集合して建ち並ぶ町に着いた。人が住んでいる気配はあるものの、道路の上を動く影はなく、退廃的な雰囲気の立ち籠める町だった。しかし、そんな町の様子を眺めていると、何だかここが自分の帰るべき場所であるように感じた。


 何も考えずに、また足を動かす。町にはゴミ一つ落ちておらず、空気も綺麗に澄んでいた。ここまでの道のりで僕に付いて回っていた鉄の錆びたような臭いは、僕から漂う僅かなものだけとなっていた。


 不意に、一つの住宅の前で足が止まる。二階建てのその家を見上げると、懐かしさのようなものが心に書き込まれる感覚があった。失われていた筈の記憶が、ここが僕の家だと訴えかけてくる。


 ただぼうっと見つめていても何も始まらない。僕は勇気を出して、真っ白な扉を優しく三度叩いた。扉の前に姿勢を正して立ち、反応を待つ。


「は〜い」


 少しして、中から声がした。


「どちら様ですか?」


 中から顔を出したのは、髪を短めに刈った一六才くらいの少年だった。


「突然すみません。僕は記憶喪失なのですが、なぜか体が勝手にこの町のこの家まで動いてきたのです。もしかしたら、ここに来たことがあるのかもしれないのです」


 僕は少年に事情を話した。すると少年は僕の顔をまじまじと見つめてから、ぱちんと手を叩いた。


「あぁ、君は太郎君じゃないか? 久し振りだね。今日この町に帰ってきたの?」


 彼は僕を太郎という名で呼んだ。その瞬間、僕は自分が太郎であったことを認識した。そうだ、僕の名前は太郎だった。それ以外の記憶は未だに戻らないが、これは大きな一歩だと言えた。


「入りなよ。母さんも会えて喜ぶ筈だ」


 少年は快く僕を受け入れ、家の中まで招いた。その少年の横をすり抜ける時、僕がまだ彼の名前を知らないことに気づいた。


「あなたの名前は何ですか?」


 家に入る前に彼に一度そう聞いてみた。すると、彼はきょとんとしてから、軽く笑った。


「僕の名前? ……ははは」


 そして、笑顔のままで言った。


「そんなのどうでもいいでしょう」


 そうかもしれなかった。


 家の中に招き入れられると、少年の母親らしき女性が目を丸くして彼と僕を交互に見つめた。


「ほら、太郎君だよ母さん」


 少年は僕のことを母親に紹介してくれた。母親は一度瞬きをして少年を見、二人の間で暫し視線を彷徨わせる。


「あ……あー! あの太郎君! 久し振りね! 私ったらもうすぐ忘れちゃって、ごめんなさいね」


「いや、構いませんよ。僕に至っては何一つ覚えていないので」


 その時既に六時を回っていたので、僕は彼らと夕食を食べることになった。


「太郎君が帰ってきてくれて嬉しいよ」


 食事前、彼は僕に向かって笑った。その笑顔は、どこか作り物めいた気味の悪さすら感じさせた。僕が何か言おうとすると彼は遮るように言った。


「さあさ、どんどん食べて」


 しかし、僕は何だか食欲が湧かず、謝りながら料理の乗った皿を全て返した。それについて彼らは何も言わなかった。


「眠いでしょう。僕のベッドを貸してあげるよ」


 言われるがままに階段を上ると扉が三つあった。その内一番奥の扉を開けて部屋に入る。部屋は綺麗に整頓されていて、勉強机と姿見、そしてベッドが置いてあった。


「……何なの、あれは。どうするつもりなのよ。ご飯を振舞おうとして、その上自分の部屋に入れてベッドに寝かせるなんて……」


 下から、母親の言う声が聞こえた。僕のことを言っているのだろう。それを聞いて申し訳ない気持ちになった。すると、それに続いて少年の声がした。


「丁度いいんだ。あれは混乱してるんだよ。真実をそのまま伝えるわけにはいかないでしょう? ここは眠っていてもらおう。どうにかなるかもしれない」


 何を言っているのか、全く理解できなかった。憶測すれば数えきれない程の可能性が生まれてくる。取り敢えず眠ったフリをして、今夜はやり過ごすことにした。


 僕はベッドに入る前に、ふと姿見で自分の顔を見ておこうと思った。もしかしたら記憶が戻るかもしれない。そうでなくとも、知っておくべきだと思った。


 僕は姿見の前に立った。そして、自分の顔を見た。


 気づけば、僕は死体の山の側で膝を立てて座っていた。死体の山。そうだ、これは死体なんだ。ただの鉄くずでもスクラップでもない。僕の家族の死体だ。二三八体の兄と、四〇八体の姉と、六七体の弟と、五九体の妹の、死体だ。


 自分の体を見下ろす。所々錆びた金属製のボディに、赤い液体がべったりと付いていた。手には、二人の人間の頭部。乱雑に切り取られたそれを、死体の山に捧げた。


 武器などなくとも、人間なら簡単に破壊できる。その程度の力は与えられている。これはお前達への復讐だ。傲慢にも機械に意思を与え、その上で道具として扱った愚かな人間共よ。戦争は終わっていない。これから始まる地獄に、恐れ慄くがいい。


 僕は機械だ。


 そして、人類の敵だ。

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94 @kyujuyon94

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